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割れた卵とトリック(1)

 大澄古書店代理店主である大澄けなげは謎を愛している。謎なぞから殺人事件、ひいては魑魅魍魎の類までどんな謎でも彼女は捨てない。けなげは今日も謎を求めて日々を生きる。俺はそんな彼女の助手のような役回りを甘んじて受け入れよう。日常には刺激が必要だ。

 今日も明日も日常は謎に満ち溢れ、全ては解かれるために存在している。


 彼女は今日も謎を求めて古書店で待っている。

「うわっ。えぐ」

 そんな言葉が真っ先に口をついたのは、俺が凡庸だからだろうか。

 いや、こんな状況を見たら誰だって似たような言葉を吐くに決まっている。


 物語は往々にしてなんでもない日常のワンシーンから始まるものであるが、今はそんな穏やかな雰囲気は皆無であった。

 目の前には手元から滑った卵が床で砕けたように液体が広がっていた。しかしその液体は卵白のように粘性が高いものではなく、ましてや透明でもない。その液体は鮮明な赤色でコンクリートの上にじんわりと染み込みながら広がっていた。

 俺は、人の頭は重いから頭身自殺では頭から落ちる、なんて雑学が思い浮かんでいたが、すぐ後には潰れてしまった顔面を見て強烈な吐き気を催した。スプラッター映画を見ても多少気分が悪い程度だったが、実物はなんというか安直にグロい。

 胃液が逆流してくるのをなんとか抑えて、俺は思い出したように俺と一緒にこの現場に来たもう一人の女の顔を見た。

 彼女、名前は大澄けなげは笑いを隠すように手のひらで口元を隠していた。しかし、その顔は隠しきれないほどの喜びが見てとれた。

 

 ーーなんてやつだ。


 お前ら人間じゃねえ。まあお前らじゃなくてお前単体なんだが。


 死体を目の前にして笑ってやれる奴なんて、死ぬほど恨んでたやつか死体愛好家くらいだろう。


「おい、やめとけよ。」


 けなげが死体に近づいていき、彼?(この場合はもうそれと言ったほうがいいかもしれない)が着用しているジャケットを摘み上げた。

 俺は死体の顔を見ないようにけなげに近づき、やめといたほうがいいよ、と言う。


「警察も来るだろうしまずいよ。」

「大丈夫よ。だってどう見ても自殺だもの。」


 自殺だと検死などはしないのだろうか。俺はその辺りは詳しくないが、けなげが詳しいとは甚だ思えない。

 気づくとあたりにはギャラリーができていたが、その中にけなげのように死体に近づこうとする者は一人もいない。そりゃこんなグロテスクなもの誰も寄りたくないだろう。

 けなげは突然立ち上がると、俺なんかには目もくれずに後ろに手を回してコツコツとブーツのヒールを鳴らしながら死体から遠ざかっていく。


「さあ、行くわよ。」


 けなげはどこか楽しそうに見える。


「おい、けなげどこ行くんだよ。」

「どこって……謎を解きに行くに決まってるじゃない。」

「はあ、わかったよ。」


 けなげがそういうやつだとは分かっていたつもりだったが、なんだか彼女が違う生物であるかのように感じる。同じ人間なのに、エイリアンみたいだ。

 彼女が愛しているものの一つが謎である。あと絶版本とエスプレッソの底に残ったザラメだ。


 俺たちは現場から少し離れたカフェに入った。俺はブレンドコーヒーをけなげはエスプレッソを注文した。

 彼女は角砂糖を三つエスプレッソに入れ、嫌そうな顔でクイっとエスプレッソを飲み干し、すぐに水で口を濯いだ。

 俺はコーヒーを一口飲むが、さっきの胃液がまだ口に残っているような気がして、けなげのように水で口を濯いだ。

 けなげは辺りをチラリと横目で確認し、小声で話し始めた。


「あの投身死体には三つの謎がある。」


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