海の上の約束
夏の終わりに、私たち三人は小さなクルーズ船に乗った。
両親が再婚してから数年。
新しい父親が家族の形を壊さない為にと用意されたぎこちない旅行だった。
しかし、母と義理父は仕事の予定が入り来れなくなってしまった。
妹の紗凪は22歳。高校卒業後、カフェでアルバイトをしている。
華菜。姉の私は24歳。大学を卒業後、インテリアデザイナーになった。
そして義理のお兄さん――直希さんは26歳。
父の連れ子で、社会人だ。
船は横浜を出て、伊豆諸島を回る三泊四日のコース。
私は最初、この旅行を「強制的家族サービス」だと思っていた。
血の繋がらない兄と、私の恋人を奪い続けてきた妹。
気まずい沈黙ばかりが続くはずだ。
出港してすぐ、急に波が強くなり気付いた時には私は海へ投げ出されていた。
一番端で海を眺めていたからだ。
バッシャーン!!
「華菜ちゃん!」
直希が声を上げたと同時に紗凪が海へと飛び込んだ。
なんとか姉の元へ辿り着く。
「バカ!何で私を助けに・・・」
「だって、大事なお姉ちゃんだもん!助けに来るのは当たり前でしょ?」
「え?だってあんたは私を嫌いなんじゃ・・・」
「違うの!ごめんなさい、今までお姉ちゃんの彼氏取って。
好きになったなんて全部嘘なの。
お姉ちゃんを取られたくなくて・・・」
「え?・・・」
係の人たちと義理兄の協力を経てなんとか甲板に戻った。
休憩室。
「昔、お姉ちゃんがあんたにもマフラー作ってるって言ってくれたことあったでしょ?」
「え、ええ」
「あの時は嬉しかった。
私も待ってたらもらえるんだって。」
「彼氏のついでだって紗凪も知ってたでしょう?」
「うん、知ってた。
私、許してくれなんて言わないよ、だけど嫌いにならないで・・・お願い」
「華菜ちゃん、紗凪ちゃんが言っているのは本当だよ」
「え?」
「華菜ちゃんは確かに嘘をついていた。
でもそれは姉を守る為だったんだよ」
「え、直希さん何言ってるの?・・・」
「最初の彼氏は隠れて浮気ばかりしていたし、
二番目の彼氏は賭け事ばかり、三番目は自分より弱い者を痛め付けてた」
「うそ、そんなの嘘よ」
「本当だよ」
「紗凪、嘘よね?あんたは私が嫌いで嫌がらせしてたんでしょ?」
ブンブンと首を横に振る紗凪。
「じゃあ私、ずっと何の為にあんたを恨んできたのよ・・・」
「紗凪ちゃんは彼氏さんのことを言わなかった、言っても自分の言葉より彼氏の言葉を信じると分かっていたから」
「そう、ね・・・」
「私が勝手にやったことだもん、恨まれたって仕方ないと思ってる」
「紗凪、あんた・・・ほんとバカね」
「うん、ごめんね」
二人は強く抱き合った。
そして、初めて妹は泣いた。私も泣いた。
理由は自分でもよくわからない。
何に対しての感情なのか、何かに対しての断罪なのか。
水平線に沈む夕陽が、海を真っ赤に染めていた。
次の日、船は神津島に寄港した。
紗凪が言った。
「ねぇ二人ともこの船から降りても、家族でいようね」
「ええ」
直希は静かに頷いた。
島に着いた頃。
荒れていた波の音はザザン・・・と優しく響いていた。
まるで私たちのわだかまりを取り払ってくれたかのように。
今はただ穏やかに私たちを見送ってくれた。
横浜に戻る頃には私たちは前よりずっと仲良くなっていた。
この夏の、たった四日間の奇跡だった。




