8話 カヲル
私は、戦いの果てに倒れた。
次に意識が浮かんだ時、畳のにおいがした。
――生きている。
目を開けると、
郡司邸の天井が見えた。
外は、にぎやかだ。
笑い声と、酒のにおい。
だが、この部屋だけは静かだった。
寝台のそばに、ナタレ姫がいる。
従者の黒衣を、身につけたまま。
その手が、私の髪に触れていた。
「……クオン」
名を呼ばれた瞬間、胸がきしんだ。
私は、顔を伏せる。
言うべき言葉が、見つからない。
――民を、救えなかった。
それだけが、頭から離れなかった。
自分の姫衣に手をかけると、
そっと、止められる。
「着替えなくていいわ。
そのままで、聞かせて」
少しの沈黙の後、
姫が、たずねた。
「……サモン様は……?」
その名で――私は、息が止まった。
忘れるはずがない。
鬼にのまれながらも、最後まで抗い、
民を逃がすために、命を使い切った男。
ナタレ姫が、ただ一人、思い続けた人。
私は、首を横に振る。
ナタレ姫の息が、乱れた。
「……父上は……!?」
答えられない。
「……里の、皆は……?」
私は、うつむいたまま、動けなかった。
次の瞬間、
姫が、私にすがりついた。
子どものように、
声を殺して、泣いている。
――山科の里は、地獄だった。
炎。
悲鳴。
逃げ場のない夜。
私は、叫び続けた。
それでも、誰も助けられなかった。
私は――
一人も、救えなかった。
それでも、
もう一度、立たねばならない。
赫鬼に折られた刀の柄を、
無意識に、にぎりしめる。
――まだ、終わっていない。
これからが、始まりだ。
――たとえ刃がなくとも、
戦わねば、ならない。
立ち上がろうとして、
ひざが崩れた。
「クオン!」
姫が、私を支えてくれた。
「……赫鬼は、どうなりましたか……?」
「縛られているわ。
今は、動けないはずよ」
その言葉に、息が抜けた。
「……よかった……」
だが、手の震えが――止まらない。
赫鬼が、怖い。
それに、姫はすぐ気づいた。
私の手を、強く包みこむ。
そのぬくもりが、痛かった。
――その時。
ふすまが、乱暴に開いた。
「あんた、やっと起きたんか。
死んだか思たわ」
京言葉。
鋭くて、まるで遠慮がない。
「飯、まだやろ?」
場ちがいな声が、空気を切る。
「作ってくるさかい、待っとき」
出て行く前に、もう一言。
「おらんかったリ――
寝とったら、飯は出しまへんで」
静けさが、戻った。
「……今の方は……?」
「グンシ様のお子様です。
カヲル、と申してました」
私達に。あのような物言いをする者など、
今まで、いなかった。
思わず、姫も私も、少し笑う。
だが、すぐに声がかれる。
ナタレ姫が、私を見た。
「……続きを、聞かせてください」
――逃げ道はない。
私は、息を整える。
姫に、語らねば、ならない。
皆の最期を――。
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