4話 ジゲンの願い
門の裂け目から、女が現れた。
「……誰だ!」
それは、小柄な娘だった。
「――私は、クオン殿の味方です」
昼、森から現れ、
蠢鬼に追われていた――なぞの少女だ。
からみついた糸は、霧のように消えた。
「宇治で見た、おなごか……
その身のこなし、ただ者ではあるまい」
私は身を低くし、身がまえる。
少女は姿を正し、膝をついた。
「クオン殿。
私です。山科を治めていた、里長――ジゲンでございます」
「……ジゲン?
若返ったのか……まさか、そなたも鬼か」
声は、疲れでかすれていた。
「桜塚大領より、
ナタレ姫を生き返らせよとの命を受けております」
ジゲンは、宝珠を差し出した。
「八国殿が心を五つに分け、
我らに与えて下さった宝珠の一つです」
「……大領が、魂を分けた……? まさか――」
ジゲンは、静かに首を振る。
ナタレ姫の父上が亡くなったなど――信じがたい。
だが、ジゲンは嘘を嫌うと、聞き及んでいる。
それでも。
(鬼となった者を、信じるな――)
教えが、頭をよぎる。
私は刀を抜いた。
だが、腕はふるえ、目の前がゆれる。
それでも――
刃を収めることは、できなかった。
「ナタレ姫の、御遺骸は……
どちらで、お休みでしょうか」
その問いに、背筋が凍った。
「やはり、姫が目当てか」
声には、押さえきれぬ殺気が滲む。
だが、ジゲンは怯まない。
静かに立ち上がり、胸に手を当てた。
その動きは、鬼でありながら――
いや、鬼だからこそか、異様に落ち着いていた。
「この珠の力で、姫を生きていた姿に戻せます。
今日を逃せば……二度と叶いません」
その言葉に、胸が強く鳴った。
「火あぶりの夜。
私は、民を止めることもできず……
あなたと同じく、縛られ、何もできませんでした」
「……謝るな。何を言いたい?」
突き放すように言った。
「……ナタレ様が、いつも身につけていた髪飾り。
あれは……姫が幼い頃、私が渡したものです」
ジゲンの声はふるえ、
やがて、こらえきれず、頭を下げた。
思い出す。
たしかに、姫は言っていた。
――大切な方から、もらったものだと。
「どうか……どうか、お願いいたします。
姫を、救わせてください。
私は鬼となった今も……
あの子を、我が子のように愛しております」
その姿は、鬼ではなかった。
たとえ、血は繋がらずとも――
娘の命を願う、ただの母だった。
その時、胸の奥で――姫の声がよみがえる。
『――人を信じる心を、失ってはいけません』
……この者を信じられぬなら。
私は、姫の従者にふさわしくない。
「……もう、何も言うな。ついてこい」
そう言いながらも、
どこか鋭く――冷たく、言い放った。
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