3話 冥界の門
私はただ、姫に仕えるだけの従者。
生涯において、人を斬ったことはない。
刀の構えは形だけは整っている。
だが、そこに宿る力も、技も、未熟だった。
対する相手は、十傑の赫鬼。
「儂を、あのような霊体と同列に扱うとはな
――笑止!」
先の蠢鬼とは違う。
血と肉を持つ、完全な異形。
赫鬼が踏み込む。
巨大な朴刀が振り上げられ、炎が空を引き裂いた。
(首を断つだけでは、終わらない)
空は赤黒く染まり、熱と煤が肺を焼く。
焔を纏う赤き猿――災厄そのものが、迫ってくる。
「苛立っておったのだ!!
貴様を灰にして、鬱憤を晴らすとしよう」
炎が薙ぎ払われ、大地が轟音を上げて割れた。
(……息が、できない)
私は反射的に身を沈める。
影が足元を呑み込み、次の瞬間、私の姿は掻き消えた。
――だが、長くは保たない。
(まずい……力が……)
引き戻される感覚。
身体が、現世へ叩き返される。
「……っ!」
炎と黒煙。
逃げ場は、ない。
「まだ遊んでいるだけだ。
本気を――見せてやろう!」
赫鬼が朴刀を天へ突き立てる。
雲が吸い込まれ、赤黒い熱が渦を巻いた。
「――陽鬼の術」
一撃。
それだけで、大地が抉れた。
一目で分かる。
掠れば、終わる。
腕は限界。
回避の余力もない。
――それでも。
(ここでは、死ねない)
私は印を結ぶ。
「――陰世の術」
地面へ身を投げ、
結界の内へ、落ちる。
その瞬間――
“何か”が、腕に絡みついた。
視界が闇に沈む。
業火が、世界を焼き尽くす。
轟音が遠のき、静寂に包まれる。
私は、結界の中を落ちていた。
やがて光が満ち、
慣れた動きで、着地する。
朱と金に彩られた異界。
水面に映るのは――赫鬼。
(……追っては、来られない)
そう、思った。
――だが。 腕が、冷たい。
見ると――
長い髪のような糸が、皮膚に食い込み、
脈に合わせて、微かに蠢いていた。
――まるで、生き物のように。
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