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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
1章・見えざる刃、牙の残影
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番外編 償う者

始まりは――

サモンの飼い犬を、蹴り殺してしもうたことや。


奴の家へ向かう途中、

道の先からユキが走ってきた。

尻尾を振って、ひょこひょこと。


「おう、ユキ」


そう声をかけて、

一度――まばたきをした。


次の瞬間、

ユキの身体が宙を舞い、

道の端へ転がった。


抱き上げた時には、もう動かん。

小さな身体は、冷えていくばかりや。


足元を見る。

草鞋に、血がこびりついとる。


……わてや。


サモンに、自白しようとした。


せやけど――

気が付いたら、次の日になっていた。


それからや。

気づくと、刀を握っとった。

何を斬ったのかすら、分からん。


わては、

人であることを、

少しずつ失っとった。


誰にも言えん。

サモンは、何も聞かん。

ただ、ナタレ姫の隣に居た。


まるで、

わての存在など――

見えとらんふりをするみたいに。


サモンと二人で出かけた日、

その間に、里が燃えた。


思えば――

あの日の用事は、

最初から決まっとった気がする。


山科は壊れ、

姫は火に包まれていた。


サモンは亡骸を抱いて泣き、

わては、その横で立っとった。


止められへんかった。


――元凶は、わてや。


その自覚だけを抱えたまま、

わては、完全に呑まれた。


闇に。


狼の腹の底。

音も、風もない場所。


『……本当に、そうか』


声がした。


「……誰や」


『名乗るほどのものではない』


女とも男ともつかん、

低く、湿った声。


「ここは……どこや」


『お前が落ちた場所だ。

 ここは、狼の腹の中』


「死んだんか」


『体はな』


闇の中に、

ぽつりと光が灯る。


豆粒ほどの、小さな光。


「……ちっさ」


思わず、漏れた。


『これで、足りる』


宙に浮かぶそれは、

掌に収まるほど小さいのに、

異質な五光を放っている。


「なんや、それは」


『星だ』


『――選べ』


「何をや」


『このまま、

 すべてを失うか』


一拍。


『それとも、

 お前の命一つで、

 外の者たちを生かすか』


「……外の者言うんは」


『ナタレ。

 ジゲン。

 それから――もう一人』


胸の奥が、ひくりと疼いた。


「……助かるんか」


『今は、死なない』


「代償は」


『お前だ』


「……魂か」


『違う。

 お前を人に留める、宝珠だ』


「それが無くなったら、

 わては……」


『――喰われるな』


沈黙。


「……それでも、か」


『償いたいんだろう』


言葉が、底へ沈んだ。


ユキの毛並み。

サモンの笑顔。

姫の横顔。

里の声。


誰にも言えなかった、嘆き。


「……町はどうなる?」


『彼女たちを鍛えよう。

 我らが戻るまで、時は縛る』


「……」


突飛な話や。

できるかどうかも、分からん。


それでも、

掌の星を生み出した者の言葉を、

疑う理由はなかった。


胸元を握り、息を吐く。


「ほな、この命を……使え」


『――ならば、この星を呑め』


「最後に一つだけ……」


『なんだ』


「姫から、

 わてのことを忘れさせてくれんか」


わずかな沈黙。

答えが返る。


『――罪は、死ぬまで背負え。

 それは、お前が存在していた証だ』


「……そやな」


星を呑み込んだ。


「……ガっ!」


喉が焼け、

身体が崩れ、

声が消える。


魂が、ほどけていく。


――これでええ。


声が、聞こえる。




『 慰めるつもりはない。

  だが――お前の選択を称えよう 』




(あか)の宝珠が爆ぜ散り、

あの闇で語っていた、気配は――静かに去った。







――世界は音を止め、静寂に包まれた。







宵星の巫女 ― 鬼封神楽 ―


第一部 完







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