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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
1章・見えざる刃、牙の残影
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33話 裏切り者

歪む影の殺気が、空間を締め上げた、その瞬間。

雷鳴が夜を裂き、嵐の闇を押し分けるようにして――

一つの影が、私たちの前に割り込んだ。


「――玖式くしき 宵桜よいざくら無明むみょう


桜が散るような斬閃が走る。

歪む影の干渉が、わずかに乱れた。


――ショウメイだ。


私と姫を庇うように、

彼は迷いなく前へ出る。


「二人とも無事か!」


「ショウメイ!」


ナタレ姫の声に、ためらいはない。


「姫さんと同じ顔がもう一つ……!?

 一人は刺されたんか……遅れてすまん」


私は地に伏せたまま、その背を見ていた。


構え、間合い、呼吸。

どれを取っても――敵ではない。


歪む影が嗤う。


「生かされている分際で、牙を向くか」


身体が、動かない。

意識はあるのに、筋だけが命令を拒んでいる。


同じ異変が、ショウメイにも走った。


「ショウメイ。二人を、殺せ」


命令と同時に、

彼の腕が、意志とは無関係に持ち上がる。


ナタレ姫の肩が、強張った。


だが――

刃は、振り下ろされなかった。


震える腕。

引き上げられた位置で、必死に止まっている。


歯を食いしばる横顔。


「……ショウメイ?」


揺れる姫の声。


次の瞬間、

彼の刃先が向いたのは――私たちではない。


歪む影だ。


「――壱拾弐じゅうにしき 紫苑しおんちかい


誓いを刻む連撃が、歪む影へと叩き込まれる。


刃を受け止めるが、両者は対等ではない。

ショウメイは、自分の身体を削るような戦い方をしていた。


呼吸が乱れ、動きが鈍る。


「鬱陶しい!」


歪む影が、苛立ちを滲ませる。


「使えぬ駒に、用はない!」


掠れた声。


「……戻れ。――器よ」


歪む影の腕が伸び、

掌がショウメイの胸に触れる。


「……ッ!

 やめろ……くるな……!」


悲鳴。


「何をしたのですか!」


「見ておれ。

 そやつは、仲間ではない」


ショウメイが、こちらを見る。


短く、息を吐く。


「……そうか」


「奪われとった。

 記憶も、身体も」


一瞬の、苦い笑み。


「姫さん……すまん。

 里の裏切り者は――己や」


次の瞬間、

歪む影が、指を鳴らした。


あかの宝珠が、

ショウメイの身体から引き抜かれる。


刀と装いだけを残し、

彼の身体は、音もなく灰となった。


笠と衣は、嵐に呑まれて消える。


ナタレ姫が一歩、踏み出す。


掴んだのは――

温度のない灰だけだった。


「……そんな。

 ショウメイ……!」


歪む影が嗤う。


「忌々しい宝珠だ。

 噛み潰したくとも、砕けん」


赫の宝珠が、歪む影に呑み込まれる。


その瞬間――

赫珠が、牙の奥で猛り返った。


朱に染まった腹の中心から、

張り付いていた幻が、引き裂かれる。


幻が剥がれ落ち、

影の正体が露わになる。


現れたのは、

狼の貌を持つ鬼。


裂けた口元。

眼には、隠しきれぬ悪意。


そして、その肩に――

もう一体、鬼がいる。


――狐の鬼。


その位置から、声が落ちてくる。


それは、

これまでずっと、私の頭の奥に響いていた声と、

まったく同じ位置だった。


その刹那、

二つの地鳴りと共に、

嵐の中から、

騎馬――と思われる何かに跨り、ジゲンが現れる。


バキの騎手と馬も――

地に、縫い留められている。


勝った。

助けが来る。


――そう、思った。


……否。


ジゲンが体勢を立て直そうとした、その瞬間。

彼女の腹が、内側から跳ねた。


遅れて、理解する。


投げ放たれた槍が、

ジゲンの腹を深く裂いたのだ。


息を呑み、視線を走らせる。


見えたのは――

信じがたい光景だった。


騎手は、

人の関節ではあり得ない角度で四肢を歪め、

自らの肉体を引き剥がすようにねじり取り、

それを、躊躇なく放っていた。


――違う。


あれは、

意志を持つ生き物の動きではない。


そう、直感が告げる。

あれは狐の鬼に使い潰しにされた“なれの果て”だ。


声は、聞こえなかった。


ただ、

ジゲンの身体が、音もなく崩れ、

地へと落ちていくのを――

私は、見ていることしか、できなかった。


もう、誰も助けには……来ない。


私は、狐を睨む。


立ち上がろうとするほど、

身体は、さらに動かなくなっていく。


もはや、息すらできない。


印を結べ。

姫だけでも――逃がすのだ。


だが、両の手は、

微塵も動かなかった。

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