2話 赫桜
――昨夜、私は姫と共に神楽を舞った。
その宵を境に、世界は壊れた。
ナタレ姫が死に、
この地に、鬼が現れた。
抗ったのは、私一人。
姫に仕える従者――クオンだった。
姫と幼い日に交わした誓いを守るため、
鬼から民を救おうと、立ち向かった。
だが、力の差は明らかだった。
山科の里は焼かれ、
民は喰われた。
私は――退くほかなかった。
唯一、逃げのびた先。宇治の地で、
私は蠢鬼と向き合っている。
宇治を治める郡司殿と兵たちは、
鬼が生み出した木々に囲まれ、逃げ道を断たれていた。
陰の術を使えば、
私一人だけなら、逃げられる。
だが、それは選べなかった。
――逃げれば、この場にいる者は皆、死ぬ。
頭に浮かんだのは、
共に戦ってきた者たちが、喰われる光景。
蠢鬼が吐き出した眷属の顔は、
山科で鬼火に焼かれた民だった。
私は、眷属を斬り伏せた。
残るは、
蠢鬼の――霊体のみ。
「……守ると誓いながら、
誰一人、救えなかった……」
言葉は、誰にも届かない。
だが、今度こそ。
退くわけには、いかない。
民の血を浴び、
姫の願いを踏みにじられたこの地にこそ、誓いは立つ。
「我が主、姫の名にかけて――
必ず、貴様を絶ち滅ぼす!」
胸に燃え上がったのは、使命ではない。
憐れみと、慈しみだった。
私は低く構え、術を解き放つ。
「――陽世の術――」
全てを込めた一刀に、
命のきらめきが宿る。
一閃。
太陽のような光が天を貫き、
蠢鬼の巨体を断ち切った。
鬼は悲鳴すら上げられず、
灰となって散った。
――勝った。
だが、次の瞬間。
膝が折れた。
全身から、力が抜けていく。
その時、風が熱を帯びた。
桜の大樹が、朱に――染まる。
焦げたにおい。
――山科で感じた、あの気配。
天を仰いだ瞬間、
私の胸に、絶望が落ちた。
赤き猿が、
炎の翼を宿し、舞い降りる。
赫鬼。
勝利の余韻は、
一瞬で、打ち砕かれた。
(……ここまでか。
せめて、兵だけでも――)
身体はきしみ、
逃げ道も、ない。
私は、衣の内で、
ナタレ姫の御霊を封じた人形を、強く握りしめた。
――もう一度、あの姫に会いたかった。
それでも、ここで朽ち、
御霊を喰らわせるわけには、いかない。
「蠢鬼は討った!
――残るは貴様だ、赫鬼!」
叫びは、炎に呑まれた。
だが私は、まだ知らない。
霧の奥で、
さらに“何か”が、この戦いに潜んでいることを――。
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