第一章★第三幕 鬼との邂逅
―報いと赦し―
燃え上がるは、遠き山里のひと隅。
草木は焦げ果て、赤き焔は民の逃げ場を奪っておりました。
その中にて、ひとつ影がありました。
――それは、菜垂姫の亡骸。
衣の裂け目よりのぞく、小さき礼の品を目にした老いた里長は、崩れ落ちて嗚咽しました。
「……姫……なぜ……。
あの子ほど清らかで、優しい御方はなかった……。
それを……なぜ……!」
彼はただひとり、玖音の処刑に異を唱えた男でございました。
しかし誰も耳を貸さず、やがて声は封じられ――
今こうして、ただ嘆き、涙を流すほかありませんでした。
民はその姿を見て思い出しました。
菜垂姫こそ、この里の希望であったことを。
民の中から、ひとりの女がすすり泣きながら小瓶を取り出した。
それは、かつて菜垂姫に無理やり飲ませた、あの眠り薬でございました。
彼女はふるえる手で蓋を外し、躊躇うことなく口に含みます。
「……せめて、姫様のそばへ……」
やがて次々(つぎつぎ)と人々(ひとびと)も、その瓶を手に取り、炎の中で静かに身を横たえてゆきました。
奇しくも、姫の顔だけは焔に焼かれず、安らかなまま残されておりました。
その姿を前に、人々(ひとびと)は己の罪を悔い、赦しを乞うように、
嗚咽しながらひとり、またひとりと命を絶っていったのです。
眠るように――しかし二度と目覚めぬ眠りへと。
――やがて時が満ち、死者の血と肉を喰らいて、十体の鬼が生まれ落ちたり。
赫、蒼、碧、黑――
それぞれ異なる色をまといし鬼たちは、獣に似て、されど人にあらず。
その姿は人のごとくもあり、
また猿や犬、鹿、豚、鷹、蛇、狼、馬、狐といった異形の獣の影を宿す者もいた。
古の物の怪を思わせながらも、どこか人の面影をなぞるような、不気味なる風貌にて現れたのでございます。
これらの鬼たちは、喰らいし人間の記憶を己が内に取り込み、
言葉を話し、身のこなしすら人に近づけていきました。
赫の鬼が、忌まわしき悦びをもってこう申しました。
「ふむ……これは、良き気分だ。
酒が飲みたい……飲んだことはないが、今すぐ飲みたくてたまらぬ……」
その言葉に、他の鬼たちも、ひとつ、またひとつと喉を鳴らしはじめる。
さらに黑き鬼が叫びを上げます。
「飢ゑ、飢ゑるぞ……! 人を喰らはねば……人を、喰らはねば……!!
この身、枯れ果てるぞ……!」
このようにして、鬼たちは己を律することなく、
飢えと渇きに呑まれ、狂気に身を焦がしていったのでございます。
人に似て、されど人を喰らい、
人に近づくために、さらに多くの人を求め、地を這い、影を歩く。
――まさに、これぞ人の姿を真似た獣にして、禍の象徴なり。
そのとき――
燃え尽きた大地に、一陣の白き風が走った。
炎を裂き、灰を払うように。
そこへ、白き羽衣を纏い、炎に焦がれし姫の面影を宿した影が舞い降りたのです。
それは、かつて姫君に仕えし忠義の巫女、玖音でございました。
玖音は、穏やかな眼差しをもって、そっと姫の亡骸に白布をかけ、祈りを捧げた後――
静かに、腰の剣を抜き払います。
「おいたわしや……姫様……
その魂は、この手が守り通してみせましょう。
鬼どもよ、来るがよい。
血肉を喰らい、欲に溺れ、太る前に……この手で引導を渡してくれよう!」
その声音に、迷いは一片もなし。
かくして、鬼の世に剣を掲げし
ただひとりの巫女が、静かなる戦いの幕を開けるのでございました。
彼女の刃は怒りではなく、“誓い”にて鍛えられしもの。
そしてその刃こそが、のちに語られる「鬼狩り伝説」の、最初の一振りとなるのです――。
あなたの御印ひとつ、次なる幕を灯す光といたします。
なにとぞよしなに。ひとしずくの灯火のごとく、希望を宿しましょう。