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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
序章・鬼と宿命の物語
3/37

2話 赫桜



――昨夜、私は姫と共に神楽を舞った。

その宵を境に、世界は壊れた。


ナタレ姫が死に、

この地に、鬼が現れた。


抗ったのは、私一人。

姫に仕える従者――クオンだった。


姫と幼い日に交わした誓いを守るため、

鬼から民を救おうと、立ち向かった。


だが、力の差は明らかだった。


山科の里は焼かれ、

民は喰われた。


私は――退くほかなかった。


唯一、逃げのびた先。宇治の地で、

私は蠢鬼(シュンキ)と向き合っている。


宇治を治める郡司(グンシ)殿と兵たちは、

鬼が生み出した木々に囲まれ、逃げ道を断たれていた。


陰の術を使えば、

私一人だけなら、逃げられる。


だが、それは選べなかった。


――逃げれば、この場にいる者は皆、死ぬ。


頭に浮かんだのは、

共に戦ってきた者たちが、喰われる光景。


蠢鬼(シュンキ)が吐き出した眷属の顔は、

山科で鬼火に焼かれた民だった。


私は、眷属を斬り伏せた。


残るは、

蠢鬼(シュンキ)の――霊体のみ。


「……守ると誓いながら、

 誰一人、救えなかった……」


言葉は、誰にも届かない。


だが、今度こそ。


退くわけには、いかない。


民の血を浴び、

姫の願いを踏みにじられたこの地にこそ、誓いは立つ。


「我が主、姫の名にかけて――

 必ず、貴様を絶ち滅ぼす!」


胸に燃え上がったのは、使命ではない。

憐れみと、慈しみだった。


私は低く構え、術を解き放つ。


「――陽世(ヨウセー)の術――」


全てを込めた一刀に、

命のきらめきが宿る。


一閃。


太陽のような光が天を貫き、

蠢鬼(シュンキ)の巨体を断ち切った。


鬼は悲鳴すら上げられず、

灰となって散った。


――勝った。


だが、次の瞬間。

膝が折れた。


全身から、力が抜けていく。


その時、風が熱を帯びた。


桜の大樹が、朱に――染まる。


焦げたにおい。

――山科で感じた、あの気配。


天を仰いだ瞬間、

私の胸に、絶望が落ちた。


赤き猿が、

炎の翼を宿し、舞い降りる。


赫鬼(アカオニ)


勝利の余韻は、

一瞬で、打ち砕かれた。


(……ここまでか。

 せめて、兵だけでも――)


身体はきしみ、

逃げ道も、ない。


私は、衣の内で、

ナタレ姫の御霊を封じた人形を、強く握りしめた。


――もう一度、あの姫に会いたかった。


それでも、ここで朽ち、

御霊を喰らわせるわけには、いかない。


蠢鬼(シュンキ)は討った!

 ――残るは貴様だ、赫鬼(アカオニ)!」


叫びは、炎に呑まれた。


だが私は、まだ知らない。


霧の奥で、

さらに“何か”が、この戦いに潜んでいることを――。

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