24話 刀術
模擬戦の場は、月光に照らされた川辺だった。
水面は静かに揺れ、虫の声だけが、夜を満たしている。
ジゲンは無言のまま髪を硬質化させ、刀の形を成した二本の棒を作り出した。
それを、私とショウメイへ放る。
「これで打ち合え、ちゅうことか」
ショウメイが低く笑う。
「せやけどな……本気で振ったら、姫さん死んでまうで」
その一言で、場の空気が張り詰めた。
「……手加減は不要です」
ジゲンは感情を挟まず告げる。
「ただし、剣技以外の力を使うのは反則とします」
――そうだ。
相手の攻撃を躱すための陰世の術は、禁止されている。
「始め!」
合図と同時に、私は息を呑んだ。
(……受けは、苦手だ)
姫の父――八国殿から叩き込まれたのは、攻めに特化した型。
瞬速の先手必勝。
そこに陰陽術を絡めるのが、私の戦法だ。
だが相手は、残る九傑鬼の一角・ショウメイ。
鬼の力を使わずとも、圧倒的な力と技量を誇る存在。
背に刻まれた十字の刀痕が、不吉に月光を反射していた。
――しかし。
振るわれた一撃には、どこか甘さがあった。
致命を外す、慈悲の残る太刀筋。
「……ショウメイ、なぜ手を抜く」
ジゲンが静かに責める。
「気が乗らんだけや」
ショウメイは肩をすくめた。
「なにが悲しゅうて、女子に手ぇ上げなあかん」
ジゲンが、わずかに目を細める。
「……ならば、条件を変えよう」
そう言って、顎で私を指した。
「ショウメイが勝ったら――姫を、一日好きに連れ回していい」
空気が、変わった。
「……姫さん、堪忍してや」
その瞬間だった。
ショウメイの指先に握られた二本の棒が、唸りを上げる。
風を裂く音――否、空気そのものが引き千切られる。
常軌を逸した速度で旋回する模擬刀。
当たれば、即死を免れない。
砂埃が舞い上がり、突風が視界を歪ませる。
前を見ることすら困難な中、ショウメイは二本を宙へ放った。
黒の垂布をはためかせ、低く身構える。
交差した腕――。
次の瞬間。
模擬刀は寸分の狂いもなく、その手中へ戻った。
握った刹那、音が爆ぜる。
衝撃波が走り、土埃が霧散した。
月明かりが、私とショウメイを照らし出す。
遥か後方で、ジゲンと、半面を付けたナタレ姫が息を呑む。
――笑みは、ない。
鋭い眼光が、私を捉えた。
正真正銘の本気。
「わてが編み出した“刀法”……」
ショウメイは低く告げた。
「ちと、見せましょか」
倒れ込んだ――と思った瞬間、姿が消える。
気付けば、私の右斜め下。
低く伏せた影が、翻る。
二撃。
辛うじて受けきる。
だが、腕が痺れ、力が抜けた。
(……重い!)
全身のひねりを叩き込んだ、渾身の二撃。
私の身体が宙に浮く。
逃さぬとばかりに、胴へ追撃。
一撃は弾いた。
もう一撃――躱す。
軽い。
致命を外した。
私は後方へ跳ね退いた。
反撃に転じるが、二本の武器が、私の攻めを容易くいなす。
「宵冥流刀術・始式――月詠」
低く身構えた刹那、連撃が走る。
左右対称の軌跡が、月光を裂いた。
模擬刀のはずのそれは、私には本物の刃にしか見えない。
振るわれるたび、空気が震え、
肌を撫でる風は、死の冷たさを孕んでいた。
八つの斬撃。
私は、死に物狂いで捌ききる。
――これは、単なる剣術ではない。
合理を極限まで突き詰め、磨き抜かれた“型”。
付け焼刃ではない。
本物の強者の技。
(……これを、会得できれば)
依代を持つ鬼とも、対等に渡り合える。
圧倒的な強さ。
その技量に、胸が高鳴る。
私は――笑っていた。
この極限の刃こそが、
私の才覚を、目覚めさせようとしている。
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