22話 ムネチカ
ショウメイが丘から姿を消した。
だが、夜の人波の中で探すのは困難だった。
私たちは刀鍛冶の館へと戻る。
朝を迎えたが、刀鍛冶の師も未だ戻らず。
「稀にでございますが……戻らぬこともあり……」
弟子は心配に想い、私らと共に水場へ向かう。
ショウメイの行方も知れず、不安が募った。
だが、今は――居ない方が都合が良いのかもしれない。
森を裂き、深緑の海を抜けた先に伏見稲荷大社が姿を現す。
その傍らには水煙を纏う水場が広がっていた。
――ムネチカは陽光を全身に浴び、濁流の如き滝に呑まれていた。
「ムネチカ様、お客人が見えております」
その言葉を受けて刀鍛冶師は静かに目を見開く。
滝から姿を現したのは、腰布を巻いた仙人のような者。
老齢を疑う程に、屈強な筋肉を宿した男こそムネチカその人だった。
私を見た、ムネチカは開口一言。
「……クシナ姫」
どこかで聞いた名――ナタレ姫の母君の名だ。
ショウメイが居ないことを確かめ、私は告げる。
「私は従者のクオン。こちらはクシナ様の御娘、ナタレ姫にございます。
今は故あり、身分を隠しておられます。どうか御内密に」
水場をかき分け、水飛沫を纏いムネチカが這い上がる。
「従者……?
ぬしの立ち振舞いが、どこかクシナ様に似ておる。」
長く伸びた髭の水を撫でるように絞り落とし、私を睨む。
「クシナ様は、既に亡くなられております」
「なんと……。よく見れば……確かに若い。
クシナ様を小娘と見間違えるなど、儂も耄碌したかもしれん。
しかし、何用なのだ」
「荘官のスケロク様からお話を伺いました。
秘蔵の刀とやらを譲っていただきたいのです」
その刹那、ムネチカの態度が一変し、身の震えと共に罵声を浴びせた。
「……ならん!
あれは門外不出の刃――決して世に出さぬ!!」
眉間に皺を刻み、瞳には咎を背負った深い闇。
ムネチカの怒声は滝の轟く波音すらも黙らせ、皆が息を呑んだ。
「金ならある」
私は金袋を掲げた。
「金ではない……業を背負いたくないだけだ」
「業……?」問うが、ムネチカの鋭い眼光が私を睨み返す。
「…誰を殺すつもりだ。少なからず貴様らが欲しい代物ではない」
「人ではなく、鬼を倒すためです」
「鬼……各地を脅かすと噂される、あの異形共。
女の身で渡り合おうなどと――」
ムネチカは言葉を止め、何かに気付いたように私を見つめた。
沈黙を貫いていた姫がムネチカに問う。
「母をご存じですか」
「刀を打ったことがある。
邪鬼払いを生業としておったと聞いた」
姫は折れた刀の破片をムネチカの前に差し出す。
その茎には宗近の名。
「これは母の形見。ですが鬼に折られてしまいました。
どうか、新たにいただけませんか。
並の業物ではクオンが生き残れません」
ムネチカは腕組みし、瞳を閉じたまま黙り込んだ。
滝の水が岩肌を叩きつける音だけが反響する。
ジゲンが宿が無いと説明するのが聞こえ、ムネチカはそれに頷いた。
「今は世が世。仕方あるまい……。
クシナ様の御娘君なら泊る分には構わん。
……銭さえ払えばな」
「だが刀はやらん。それでよろしいな」
ジゲンは小さく言う。
「刀は明日、また頼みましょう。それよりもショウメイです」
姫と私は一旦頷いた。
まずは、十字を刻む刃の行方を追わねばならない。
ショウメイは里を裏切り、全員を貶めた影かも知れない。
それが行方知れずというのは、あまりに不気味だった。
――私の胸奥に、
居心地の悪い冷たさが、飛沫のごとく張り付いていた。
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