14話 ショウメイ
夜明け前、
私たちは郡司邸へ向かった。
桜並木の道。
篝火が等間隔に置かれ、
枝々に焔の花が咲いている。
――そのはずだった。
前方から、ひとつの影が現れる。
深く笠をかぶった、黒髪の少年。
背には二本の刀。
笠の垂れ布は闇と溶け合い、顔の輪郭をも呑み込んでいた。
私は足を止め、ジゲンに問う。
「……昼間、助けた少年か。
あれも、鬼なのか」
「宝珠を持つ者です。
害は……。
……ありません」
だが、その声には、わずかな濁りがあった。
篝火の光が、笠の奥を照らす。
――御剣・宵冥。
山科で見た、里の者。
「いやぁ、助かりましたわ。
武器も無うて、危ないところでした」
屈託のない笑み。
「……それにしても。
一度死んだはずの姫さんが、
どうして生きてはるんですか?」
私は息をのんだ。
返答しかけた唇を、姫の手が静かに制する。
ただ手を引かれ、
言葉は、そこで途切れた。
宵冥は一瞬、唖然とした。
だがすぐに、何事もなかったように笑みを取り戻す。
そして、踵を返した。
闇へ溶けるその背中を、
引き止めはしなかった。
「……なぜ?」
姫に問い返しても、
黙せ、という仕草をするだけだった。
私はジゲンを見る。
「宝珠を持てば、赫鬼のように
暴れることはないのか」
「赫鬼は例外です」
静かな声。
「ただし、誤解なきように。
宝珠がもたらすのは、理性の回復ではありません」
一拍。
「依代の記憶に、鬼の記憶が重なる。
二つが溶け合い、ひとつの人格を形づくる――それだけです」
「……では、お前の中にある
“ジゲン”という人格も……」
「ええ」
否定はなかった。
「山科のジゲンの記憶に、
鬼の記憶が積み重なったもの。
それが、今の私です」
短い沈黙。
「……ただし」
声が、ほんのわずかに低くなる。
「永い時の中で――人格は乖離しました。
重なり続けた結果、
ひとつでは保てなくなったのです」
「それは、つまり……」
「ええ。
鬼と、人の魂に」
その言葉が、胸の奥に静かに沈む。
赫鬼の涙も、
郡司の笑いも、
宵冥の微笑も――
すべて、同じ闇の中にある。
それでも、私は思う。
闇の向こうに、
確かに“人の光”はある。
夜明けは、まだ遠い。
それでも――信じたかった。
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