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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
序章・鬼と宿命の物語
14/36

13話 泣いた赫鬼

篝火の赤い光が揺れる、宇治の夜。

森も町も深い闇に沈み、緊張が肌を刺していた。


その中で、ジゲンが笑い声を漏らす。

「赫鬼……また大げさなことを……くくっ、あはは」


甲高い声。


だが、いつもの軽さとは違う。

どこか、胸の奥をざらつかせる笑いだった。


私は肩を震わせる。


張り詰めていた糸がふいに緩み、

次の瞬間、腹の底から音が洩れた。


「……グゥ……」


しまった、と思ったが遅い。


カヲルの言葉が脳裏をよぎる。


――居らんかったら、飯は無い。

「……急いで、郡司邸に戻らねば……」


思わず口にした言葉を、

ナタレ姫は視線ひとつで制した。


半面を被った姫は、静かにうなずく。

何も言わず、だが確かに、何かを訴えていた。


その横顔を見て、胸が痛んだ。


――かつて、会話を禁じられ、

里を歩いていた頃の自分を思い出す。


もう、戻れない。

その時、篝火に踊る影が近づいてきた。


「おおっ! クオン殿ではありませんか!

 どうされたのです!」


現れたのは、千鳥足の郡司だった。

鼻をつく、強烈な酒の匂い。


「……郡司殿。

 ずいぶん、酔われているようですが……」


「姫の勝利を祝っておりましてな!

 ……ですが、ちと熱が籠りまして……」


「夜風で涼もうと思った折、

 すごい音がしたので駆けつけましたぞ!」


その瞬間――

大地が、低く唸った。


赫鬼の朴刀が地を貫き、

その掌に、再び鬼火が宿る。


先ほどとは、比べものにならない。


十にも重なったような、黒い炎。

もはや鬼火ではない。

赫鬼の魂そのものの――黒々しい炎だ。


「儂の話はどうなったァ!!!」


赫鬼の怒声が宇治を震わせ、

悪鬼の圧が、全員を呑み込む。


――郡司殿を、除いて。


「おお、よせよせ!

 こんな所で火を使うとは、馬鹿者め!」


千鳥足のまま、

郡司は赫鬼へ歩み寄り――

そのまま、抱きしめた。


私は、息を呑んだ。

ナタレ姫も、ジゲンも、動けない。


赫鬼が硬直する。


紅の面が軋み、瞳が揺れた。

怒りが、戸惑いへと変わる。


次の瞬間、

赫鬼は鬼火を弱め、

自らの口へと飲み込んだ。



喉奥で炎が爆ぜ、

白い煙が夜に散る。


焼け爛れた赫鬼は、

篝火に照らされながら、

ただ郡司を見つめていた。


「……腹が、減っていたのか?」


郡司は、にこりと笑う。


「なら、一緒に帰ろう!

 カヲルの焼き魚は、天下一品だぞ!」


赫鬼の肩が、震えた。


やがてその震えは大きくなり、

次の瞬間――

赫鬼は、郡司を抱き返した。


胸に顔を押しつけ、

幼子のように、泣き叫ぶ。


「……ぉ……ぉ……おおおおおおっ……!」



それは、怒号ではない。

悲しみの、嘆きだった。


溢れた涙が郡司の脚を打ち、

蒸気を上げる。


「アツッ! アツチチ……!」


それでも郡司は笑い、

赫鬼の背を叩き続ける。


誰もが、ただ、その光景を見守っていた。


「……鬼の感情は……分からん」


私は、ぽつりと呟く。

ふと、ナタレ姫を見る。

半面の下から、涙が止めどなく落ちていた。


――そうだ。

姫もまた、父を失っていたのだ。


その事実が、

改めて胸に突き刺さる。


「泣くな、泣くな!

 さぁ、うちに来い!」


郡司の陽気な声に、

誰もが心の中で呟いた。


――もう、なるようになれ。


夜風が篝火を揺らす。

笑い声と酒気が混じる中、

私は赫鬼を見て思った。


(……郡司殿は、とんでもない人物かもしれん)

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