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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
序章・鬼と宿命の物語
12/37

11話 宵火に咲く

人ごみの中、足を取られそうになる私を、

ナタレ姫とジゲンが左右から支えて進んでいた。


森は暗い。

宇治川の氾濫で町は崩れ、息をしていない場所のようだった。


それでも――

桜の大樹のまわりだけは、無数のかがり火に照らされている。


人々は火を囲み、身を寄せ合っていた。

祭のまねごとだ。


笑い声はない。

食べ物も乏しい。

ただ、不安を火に沈めるためだけに、ここに集まっている。


「赫鬼はどこだ」


私の問いに、

ジゲンが顎で示した。


「人垣から、少し外れた影に」


そこに――いた。


大きな鬼の面。

盛り上がった筋を持つ体。


だが、どこか縮んで見える。


長い朴刀を背負い、面の奥からは、

滅びのあとに残るような哀しみが漂っていた。


「あれが……赫鬼か」


「拘束は?」


「炎の鬼です。

 鉄のように固めた私の髪も、焼き切られました」


「……では、何をしている」


「ご覧のとおり。

 酒と、花見です」


花見……?


荒れた町の真ん中で、鬼が。


胸の奥が、熱くなり、同時に冷えた。


「鬼火で子どもを誘い、踊らせました。

 やがて、大人も皆、輪に」


その時だった。


赫鬼の手のひらに、火がともる。

丸く締まった鬼火。


ただの火ではない。


「――下がれ!」


叫び、反射的に刀へ手を伸ばす。

だが、そこに柄はなかった。


折れた刀は、部屋に置いたままだ。


背中を冷たいものが走る。

術で削られた体は重く、膝が笑った。


赫鬼が空を仰ぎ、腕を振る。


鬼火が夜を裂き、天へ飛ぶ。


轟音。


空が、爆ぜた。


一拍遅れて、光の雨が降りそそぐ。

火花が枝々に広がり、衝撃が胸を打った。


その光に照らされ、

桜の大樹が浮かび上がる。


闇に沈んでいた花びらが、

宵空に、もう一つの花を咲かせた。


――まるで、

鬼と人が一夜だけ共に描く祝祭のようだった。


「……きれい」


ナタレ姫の口から、思わず言葉がこぼれた。


赫鬼は、次々と鬼火を放つ。


人々の肩から力が抜け、

止めていた息が、戻っていく。


敵だ。

分かっている。


それでも、心が震えた。


許すな。

心を、許してはならない。


そう思うのに、

胸の奥で「美しい」と認める声がささやく。


その時だった。


鬼火が弾け、子供たちが声を上げて笑った。


転び、跳ね、手を叩く。

ただ楽しい、それだけの顔。


私は、思わずそちらを見てしまった。


「……いいなぁ」


赫鬼が、ぼそりと言った。


低く、真面目な声だった。


鬼面の奥の視線は、子供たちに向いたまま。


「わしも、まざりたい」


……。


声は届いたはずなのに。

誰も、何も言わない。


私は拳を握った。

許す気はない。


赫鬼が刃を振るう瞬間、

この身を代償に、皆を陰世へ逃がす。


それが――

今の私に残された、最後の役目だ。


赫鬼が笑う。


「今宵は無礼講ぞ。最後まで楽しめ!」


殺意はない。

だが、いつでも刃に変わる危うさがある。


「ジゲン……あれは、何のためだ」


「分かりません」


ジゲンは肩をすくめた。


「……いつもそうです。

 奴を理解した、と思えば裏切られる」


「怒り、戯れ、情け。

 すべてが、同じ面の裏側にある」


最後の火の花が夜に咲き、

静寂が落ちた。


赫鬼は朴刀で地を軽く突き、

盃をあおる。


祭は、まだ続く。


だが――

終わらせる者の気配が、前から迫っていた。


赫鬼が、こちらを見る。


指先で、手招く。


来い、と。

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