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宵星の巫女―鬼封神楽―  作者: いろはにぽてと
序章・鬼と宿命の物語
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9話 サモン



私は従者でありながら、

姫の衣をまとったまま、背すじを正した。


一度、静かに息を整える。


「これより……昨夜から、

 今日に至るまでの出来事を、お話しいたします」


「姫も、ご存じのことが多いでしょうが……

 順を追って、語らせてください」


ろうそくの火が揺れ、

黒衣のナタレ姫は、ひざを正したまま、うなずかれた。


「……はい」


私は目を伏せ、淡々と語り始める。


神楽の夜、供え物にまぜられた毒により倒れ、

目を覚ました時には、里はすでに炎に包まれていたこと。


姫が身代わりとなり、

すでに火に沈んでいたこと。


語るほどに、

ろうそくの火が、小さく揺れる。


「里の者たちは、自分たちの過ちに気づき……

 皆、泣きくずれていました」


ナタレ姫の指先が、わずかに強ばる。


「鬼火が里をおおい、

 死んだ者は……鬼を生む、依代(よりしろ)となりました」


「その混乱の中で、“鬼神(きじん)”が現れました」


「……それで、クオンはどうしたの?」


「多くの敵に囲まれ、

 私は姫のなきがらを守るため、陰世へと退きました」


そこまで語り、

私は一度、言葉を切る。


「……その後、宇治の地で、

 その中の一体と、向き合うことになります」


ナタレ姫は、静かに聞いていた。


依代(よりしろ)となっていたのは、

 姫のよく知る者です」


私は、あえて名を出さずに答えた。


一瞬、沈黙。


「……誰ですか」


声は静かだが、

逃れられぬ予感が、にじんでいる。


「サモン殿です」


その名が落ちた瞬間、

ろうそくの火が、大きく揺れた。


ナタレ姫は、何も言わない。

だが、その手が、ふところへ伸びかけて、止まる。


「……サモン様はどう、なったのですか?」


ここで、話の流れが変わった。


私は悟る。

――姫が知りたいのは、もう、それだけだ。


「サモン殿は……

 最後まで、人でした」


「人……?

 鬼になったのでは、ないのですか」


「宝珠を持たず、鬼に取りこまれた者は、

 理性を失います」


「ですが、彼は、ちがいました」


刃を向けてきた魔物たち。

だが、どれも、命を断つ太刀筋ではなかった。


「サモン殿は、民を逃がすため、

 自ら、鬼のように振る舞っていたのです」


「……わざと、にくまれる役を?」


「はい」


「時をかせぎ、逃げ道を作り……」


「最後に――

 自分が、いずれ鬼にのまれると悟り」


一拍、置く。

姫が、受け止められるように。


「鬼として討たれる前に――

 人として、終わることを選びました」


「――自ら、首を……」


私と姫の間で、

ろうそくの火が、揺れた。


ナタレ姫は、ふところから小さな人形を取り出す。

ふるえる指で、それを胸に抱いた。


「……約束を……

 守って、くれたのですね……」


「彼は、多くを語りませんでした」


「ですが、サモン殿がかせいだ時で、

 多くの民が、逃げることができました」


「それだけは……確かです」


私は、それ以上を語らなかった。


沈黙が、落ちる。


やがて、

ナタレ姫は立ち上がり、私を抱きしめた。


「……クオン。

 あなたは、本当に、いい子よ……」


その先の言葉は、

姫の涙に、溶けていった。


私は――涙を流さない。

だが、肩が、拳が、

悔しさに(にじ)み、(ふる)えていた。


サモンは、死んだ。


だが――

彼が残した(いつく)しみの()は、

必ず、私が(つな)ぐ――。

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