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第一章★第一幕 姫と従者 ☆星々の物語★

今後分割版へ全て移行させていただきます。

皆さまにはご理解・ご協力お願い申し上げます。

―星降る神楽の夜―


篝火の熱が肌を刺す。

民の怒声が夜空を裂き、姫――菜垂(なたれ)――は足場に立っていた。

その目には恐怖ではなく、静かな覚悟が宿る。


だが、民の狙いは姫ではない。

白き面の従者――玖音(くおん)――なる者の姿が縄に縛られ、火刑の準備をされている。

民の目には、あの舞の所作も刃の閃きも、すべて“妖術”として映ったのだ。


〔民衆〕「妖しき者を討て!術に惑わされるな!」


――どうして、ここに至ったのか。


時は遡る。

星降る神楽の夜、姫と玖音は里の人々の前で舞を舞っていた。

袖を翻すたび、舞は光と影を織りなし、祈りは夜空に響く。

足を踏み鳴らすたび、地に宿る穢れを祓うかのように篝火が揺らめく。


その傍らで、玖音は白き面を付け、姫の所作に呼応するように扇を翻した。

影と光が交わり、二人の舞は一幅の絵のごとく夜空を彩った。


姫が袖を振れば、玖音の扇が風を導き、舞い散る桜は渦を描いて夜空へ舞い上がる。

影と光が重なり合い、二人の舞はひとつの鼓動を宿した。


人々は涙し、手を合わせ、神の顕現を見たかのように震えた。


だが――その祈りの中に、別の囁きが混じり始める。


〔里の者共〕

「……今年も実りがなかった」

「舞の力など、もう失われた」

「面の下に潜むのは妖だ」


囁きは波紋のように広がっていく。


姫は必死に舞い続けた。

民のために、里のために、ただ祈りを込めて。


突如、里の若い男が刃物で菜垂姫を襲う。


玖音が放った術は男を退けるに十分であったが、

常人をはるかに凌ぐ速さを帯びたその動きは、群衆の目に妖の証と映った。


〔里の者共〕

「なんだあれは! 人の身では、ありえない…!」

「あの噂は本当だったのか……!」

「あれは鬼の術だ!」

「奴を討たねば皆飢えて死ぬ!」


恐れと怨嗟が、祈りの場を狂気へと静かに変えていった。


だが、祭典はそのまま行われ、やがて例年通り供物の膳が差し出された。


「しかし……」と玖音は拒んだ。


だが、菜垂は静かに微笑み、両の手を合わせた。


「人を信じる心を、舞と共に絶やしてはなりません……」


民の囁きが疑念へと変わっても、菜垂の瞳には揺らぎはなかった。


〔菜垂姫〕

「たとえ誰に裏切られようとも……私は、この里を信じます。」


その姿に、玖音は胸を打たれる。


だからこそ、毒見役として膳へと手を伸ばしたのだ。


供物の器に手を伸ばした瞬間、玖音は迷うことなくそれを掴み取り、

姫よりも先に口へと運んだ。


喉を鳴らして飲み込んだ刹那、玖音は力任せに姫の前の供物を手で薙ぎ払い、

その膳を遠くへと打ち散らした。


〔玖音〕

「…がっ…ッ、……。」


次の瞬間、その身が震え、毒を受けたかのように膝から崩れ落ちた。


〔菜垂姫〕

「玖音!」


菜垂姫が駆け寄り、震える腕で玖音を抱き寄せた。

面の隙間からのぞいた唇は血の気を失い、

触れた感触はひどく冷えびえてゆくように思えた。


〔菜垂姫〕

「なぜ……なぜこんなことを!?」


だが返ってきたのは怒声だった。


〔里の者共〕

「その者こそ妖だ! 討たねば里は滅ぶ!」

「姫様、惑わされてはならん!」

「その面の下に潜むのは鬼よ!」


怒号はやがて刃を呼んだ。

槍が突き出され、刀が振りかざされる。


菜垂姫は必死に玖音を抱きかかえた。


〔菜垂姫〕

「この方は……私の命の恩人! 決して妖などではありません!」


しかし群衆は耳を貸さない。


本来ならば、大領の姫が里へ降りるとき、二人きりなどありえぬことだった。

例年は十余の供回りを従え、重々しくその身を護られていた。


だが今年に限って――姫の傍らに立つのは、ただ白き面の従者のみ。


民の目には、それすら「天が姫を見放した証」と映っていた。


〔里の者共〕

「捕えよ! 姫様までも妖に魅入られておる!」

「鬼の魂は……火で滅びると聞いたぞ…! 斬るだけでは死なん! 火にくべろ!」


それは人々の反乱だった。

長い年月を経て積み重ねられてきた疑念。


荒れ狂う声と共に縄が投げかけられ、

姫の細腕は無惨に縛り上げられていった。


〔菜垂姫〕

「離して……! 私は……玖音を……!」


――里の一部の者たちは、姫の悲しげな瞳に心を動かされ、密かに語り合っていた。


〔里の者共〕

「せめて囚われの姫様だけでも、逃がして差し上げたい……。」


彼らは恐怖と怒りの渦中にありながらも、同じ痛みを知る者たちであった。


そのため菜垂ひとりをこっそりと解放し、夜の闇に紛れて里の外へ逃がした。


けれど菜垂は逃げなかった。

暗がりの中、そっと引き返し、囚われの玖音の元へと戻ったのだ。


〔菜垂姫〕

「玖音……! どうか、目を覚まして……!」


何度も呼びかけても動かぬ従者の胸元に、ふと硬い感触を覚えた。

震える指で探ると、小さな木の筒が忍ばされていた。


〔菜垂姫心中〕

(……これは……玖音が、私を守るために父へ願い出て、用意してくれた解毒の薬……)


菜垂は急ぎ蓋を開けた。

苦い香草の匂いが鼻を刺す。


だが、唇に近づけても玖音は口を開かない。

もはや、自力で飲む力すら残されていなかった。


〔菜垂姫〕

「……玖音、お願い……生きて……!」


姫はためらわず薬を口に含み、そのまま従者の唇に重ねた。

震える吐息と共に、命を分けるように薬を流し込む。


涙が頬を伝い、混じり合いながら、わずかに玖音の喉が動いた。

しばらくして、その胸がかすかに上下する。


毒に蝕まれていたはずの血色が、ほんのわずかに戻り始めた。


〔菜垂姫〕

「……よかった……これで……」


安堵の吐息を洩らしたその瞬間、菜垂は気づく。

玖音の呼吸は穏やかすぎ、まるで深い眠りに落ちたかのように動かない。


〔菜垂姫心中〕

(……これは……毒を抑えた代わりに、強い眠りの成分……!)


そう、玖音が自ら用意していた薬は、命を救う代わりに長い眠りを与えるものだった。


非力な姫の力では、眠る玖音を抱えて逃げ切ることはできない。

もし見つかれば連れ戻され、今度こそ玖音の命は奪われてしまう。


だからこそ――菜垂は決意する。


ふたりは容姿こそ瓜二つ。

ならば、自分が玖音の身代わりになるしかない。


〔菜垂姫〕

「……玖音。あなたを守れるのは、もう私だけ……」


菜垂は眠る玖音の傍らに膝をつき、その黒衣を脱がせた。

そして己の十二単を静かにかけ、白き面を顔に押し当てる。


まだ完全に覆いきれぬ面の隙間から、

優しさと慈愛に満ちた微笑みが柔らかくこぼれた。


〔菜垂姫〕

「玖音、これで……あなたの命は、必ず繋がる。」


そう呟いたとき、菜垂はもはや“姫”ではなく、

囚われの「外法の巫女」となっていたのである。


――だがその選択は、姫の願いを確かに叶えながらも、

決して望まなかった未来を呼び寄せることとなった。


篝火の揺らめきは怪物の影を映し、

因果の舟は、姫の祈りとは異なる川筋を静かに下り始める。


星はなお瞬き、誰も気づかぬまま運命を見下ろしていた。

その光は、やがて千年を越えて語り継がれる因果の始まりを、静かに照らしていた。

拙いながらも最後までお読みいただき、ありがとうございます。

読んでくださったあなたに、心から感謝します。

あなたの御印ひとつ、次なる幕を灯す光といたします。

なにとぞよしなに。ひとしずくの灯火のごとく、希望を宿しましょう。

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