1話
私が住む家は、街から少し離れたところにある。
古びた一軒家で、外壁はくすみ、黒カビが目立っていた。蔦が伸び家に絡みつき、庭があるものの、草木は自由に伸び放題。玄関の蛍光灯はチカチカと点滅し、不気味さを醸し出している。家を囲むにようにある石造りの外壁にはヒビが入っている。
この前、街に住んでいる子供たちがこの家のことを「お化け屋敷」と呼んでいた。屋敷ほど立派ではないけど。
さて、私が何故こんなオンボロの家に住んでいるかというと、家賃が安いからだ。
街から離れているため買い物も不便で、建物自体も古い。おかけで、私の安い給料であっても住むことが出来た。
もう一つの理由は、庭に池があることだった。
住みはじめた頃は池になんて興味はなかった。けど、友達のおかげで好きになった。
夜、私は裸になり庭に出る。
池までの道のりには木の板を置いているので、地面を踏む必要ない。
池に足をつける。
「うん……」
季節は夏で、温度は丁度良い。
池の淵に座り、池に入る。
「ふぅ……」
雲一つない空で、月明かりがはっきりと見える。
「真里……」
かつての親友の名を呼ぶ。
相川真里。唯一の友達で、彼女が行方不明となってから一年が経とうとしていた。
***
私、宮村小鳥と相川真里が出会ったのは職場だった。
当時の私は派遣社員として、食品を扱う冷蔵倉庫で仕分け作業をしていた。
夏は涼しいが冬は地獄。
重いものも運ぶから腰に湿布は必需品だった。
「ほら、手を止めない! 早く動きなさい!」
とろくさい私は社員から疎まれ、周りからも冷ややかな目で見られていた。
「……」
私には居場所がない。
どんな仕事をしても、同じ扱いを受けていた。
「……はぁ」
私はただ静かに暮らしたいだけ。ちゃんとご飯が食べれて、寝るところがあって、そんな普通の生活が私にとっては難しいことだ。
「相川真里です! よろしくお願いします!」
明るい声と明るい笑顔。
ショートヘアの髪型に、程よく焼けた肌が特徴の同じくらい年齢の女性。
私には縁がないタイプだ。
真里はあっという間に周りに溶け込んだ。誰とでも笑顔でコミュニケーションも取れるし、仕事の方も私よりも出来ていたし、ミスしても笑顔で許してもらえる。
昼休み。私は会社から少し離れた公園で過ごす。
一人でベンチに座り、家で握ってきたおにぎりを食べる。
「宮村さん」
「っ……」
視線を上げると、相川さんがいた。
「一緒にお昼食べよ」
相川さんが私の隣に座った。私は端の方へ移動する。
相川さんのお昼はコンビニで買ったカツサンドだった。
「宮村さんて、年いくつ?」
「……二十五です」
「あ、私と同い年だ。名前で呼んでいい?」
「え、えーと……」
戸惑っていると、相川さんはカツサンドを一口食べた。
いけない、何か言わないと……!
『突然、話しかけてごめんね』
『あの子、やばいよね』
『人と話せないて、社会人として大丈夫なの?』
過去の言葉が脳内で再生される。
人とのコミュニケーションを避けてきたつけが、社会人になって回ってきたのだ。
「ゆっくりで良いよ」
「……っ」
相川さんの優しい言葉で、私のノイズが止んだ。
顔を上げると、相川さんが笑顔を浮かべた。
「……名前で呼んで」
「ありがとう!……あ、私宮村さんの名前知らない……」
「……小鳥」
「小鳥か……可愛い名前だね」
「あ、ありがとうございます……」
そんなこと言われたのは初めてだった。
「あ、私のことも名前で呼んでね。後、敬語も禁止で」
「……うん……後、私も相川さんの名前知らない」
「あはは……」
相川さんは足をバタバタし、お腹を抱える。
目からは涙も出ていた。
「私の名前は……相川エリザベス……!」
「エリザベス……! もしかして、海外の人?」
それとも、ハーフ?
エリザベスの顔を見ていると、エリザベスは笑った。
「ごめん、嘘嘘……! 私の名前は相川真里。よろしくね小鳥」
「うん、真里」
私と真里は握手を交わした。
「あっ……」
おにぎりを食べていたせいで、真里の手に米粒がついた。気がついた真里は米粒を食べた。
「うん、美味しい!」
「……一個食べる?」
私がおにぎりを差し出すと、真里は瞳を輝かせた。
「ありがとう! お礼に一つあげる」
「……うん」
真里はビニール袋からあんぱんを取り出して、私にくれた。
「真里はどうして、ここでお昼を食べてるの?」
「それは……」
言うかどうか悩んだけど、私は答えることにした。
「会社に……居場所ないから……」
休憩室は狭くて、休むとしても人との距離が近くなる。人付き合いが苦手な私にとっては拷問のような空間。
「そっか……」
真里は言葉を続けた。
「じゃあ、これからは一緒にここでご飯食べない?」
「……良いの?」
「うん」
「でも……私と仲良くしたら……周りから浮くかも」
「ああ……その時はその時! それとも、小鳥は私とお昼一緒は嫌?」
よよよと嘘泣きをする真里。
「嫌ではない……」
「じゃあ、決定」
こうして、私達は一緒にお昼を食べることになった。