仕事が好きな公爵夫人、仕事以外はしたくないらしい
思いつきを書き出すだけのリハビリ。
やまもおちもいみもないです。
2025-06-09
異世界恋愛〈すべて〉日間7位・週間36位!?!?!?!?
想定外の数字すぎる!ありがとうございます嬉しいです!
他作品全然更新出来てませんが裏側で書いていますのでぼちぼちよろしくお願いします!
2025-06-11
ほぎゃー!月間に載りました!快挙すぎる…ありがとうございます!!読んでくださる皆様のおかげです!!今日はケーキ買って帰ります!!
短編をシリーズにまとめましたので、他の作品もぜひ暇つぶしのお供にどうぞ。
伯爵令嬢のアイリーン・モントールは仕事という行為が大好きだった。
仕事、と一口に言ってもそれは新聞配達、パンを焼き売ること、羊飼い、吟遊詩人、行商、ハウスメイド、侍女、文官、音楽家、大臣、父の伯爵領の運営も、母の家を取り仕切る女主人としての振る舞いも、長兄が父について学ぶことも、次兄が騎士団で励むことも、弟が家庭教師に教えを乞うことも、七歳下の産まれたばかりの妹が大きな声で泣くことも……この世のありとあらゆる「与えられた役割をこなすこと」全てが大好きだった。
伯爵に言わせれば、娘はきっと人が好きなのだろうな! であったが実情は少し違う。彼女は人というよりも、労働という行為そのものが好きだった。本人にも自分は変わり者かもしれないという自覚はあった。大体の人間は労働なんて嫌いだからである。平民には平民の、貴族には貴族の勤めがある。あーあ、毎日お菓子を食べて生活したいなあ、またそんなこと言って! 明日も頑張ろうね、あはは、というのが実情だ。これは身分も国もあまり関係ない。
彼女の中の「仕事」というのは、どちらかというと演劇の役割に近い認識だ。適役があり、オーディションがある。この場合オーディションとは生まれ育ちなどの環境のことで、たとえばアイリーン・モントールは貴族の生まれなので普通のコースで生きていると畑を耕すことはない。彼女に与えられた役割は他家に嫁いで縁を繋ぐこと、それが一番の「適職」だった。
そのために彼女は「子役」として基礎学習やお稽古事に力を入れた。同じくらい沢山遊んだ。それが子役としての務めであったから。
思春期になり淑女教育と教養学習に力を入れた。お茶会のような社交をし、流行を追いかけて、化粧をしてドレスも仕立てた。それが少女役としての務めであったから。
こうして一見、健全に伸び伸びと、それでいてしっかりと教育を受けたお嬢さんに見せかけだけは育ったので最高位の公爵家に嫁入りすることになったのだった。
つまり彼女の生活は全てが「演技」の延長にあったのだ。本人にそんなつもりがなかったとしても。
さて。
そんな彼女であるから、人生という労働をつぶさに丁寧にこなそうとする。それは婚約期間も結婚式も輿入れ後の公爵夫人としての役割も全てが対象だ。
だから彼女はいままで経験がなかった。
「お前に公爵夫人としての役割は期待していない、なにもしなくていい。大体私は結婚なんてしたくなかったんだ、私にはジュリアという大切な……」
仕事をしなくていい、と言われた経験がなかったのである。
え、期待していない? どころかなにもしなくていい? この人の前では仕事をするなということ?
アイリーンからしてみれば死活問題である。だって彼女は仕事が大好きな仕事中毒なのだ。それをやめろとは酷な話だ。困る。非常に困る。人生とは労働なのに死ねと言われたようなものではないか。
「お言葉ですが、たとえ公爵様が期待せずとも使用人たちには関係ないでしょうし困ると思いますわ。まさか女主人を差し置いて執事頭が舵をとるわけにも参りませんでしょう? それに私、お友達が多いので落ち着いたらお茶会の誘いを受けておりますの。侍女を連れていくこともあるでしょうね、でも誰しも清廉潔白で口の堅い人ばかりとは言えないのではございませんこと? 第一息子は登城することが多いから、という先代公爵閣下の御要望で私は嫁いでまいりましたの。であればその閣下の御要望を承るのが私の務めではございませんこと?」
アイリーンなりに、ヴェールを何枚も折りたたんで包んだ物言いだった。お前が決めるな、城で働くなら私の動向に対しては黙ってろ。
「そこまでして公爵夫人の肩書きが欲しいのか! これだから伯爵家の女は!」
「でしたらそのジュリアとかいう女を連れていらっしゃいまし。働かせて差し上げてもよろしくてよ、ちゃんと給料をお支払いしてね」
公爵がどう言おうが結婚してしまった以上、この家を取り仕切るのがアイリーンの仕事だ。それを邪魔だてしようというならまったく愛してもいない男のなにを聞いてやる必要があるだろうか。
ベッド脇にあったベルをけたたましく鳴らすと慌てた執事頭がやって来る。
「奥様! いかがなさいましたか」
「この結婚には問題があるわ! 至急すべての使用人をダイニングにお呼びなさい!」
「貴様っ、何様のつもりで」
「私はここの女主人になりましたの! 家の事ですわ、外で働く殿方はお黙りあそばせ!」
通常より三倍も四倍も大きな獅子の顔が見えたような気がした、と後々執事頭は語っている。淑やかに、伸び伸びと、育ってきたお嬢様……だと聞いていた。こんなに気性の荒い獅子だなんて聞いていない! と当の公爵は目を白黒させたという。
◆◆◆
「あなたがた、よろしくて? まず公爵様にはジュリアという愛する女性がいるそうですの。ご存知の方はどれほど居られるのかしら、正直に手を挙げて」
嘘をついたら喉を噛みちぎられるのでは、と使用人たちはおずおずと手を挙げた。全員である。というか先代公爵も夫人も散々言ったのにまだ身辺整理をしていないのか、と使用人たちの目は冷ややかだった。
公爵は実質一人息子だ。兄は五歳の頃に病死、十も年の離れた弟は先天的な病で、どちらにせよ家を継ぐことは出来ず生まれてすぐ地方の親戚の家で静養している。
だからこんなに好き勝手に育ってしまったのだ。
「そう、全員なのね。手をおろして。公爵様は私に女主人の役目を求めないそうですわ、そうなると私の仕事を奪われたも同然。私はここにいる理由がないの」
「そんな! 困ります旦那様! 私共は奥様が来て下さるのを心待ちにしていたのです!」
「そうですよ! 大体結婚するまで黙っていたなんて伯爵家の方に詐欺だと訴えられたら公爵家と言えども!」
「大体坊っちゃまは昔からそうです! 勝手になんでも一人で決めてやらかして片付けは大奥様に丸投げで!」
「ええいうるさい! あと坊っちゃまと呼ぶな!」
公爵はこうだが使用人たちは先代のおかげかわりと好き勝手に意見できるくらいの関係性であるらしい。それが分かっただけでも僥倖だとアイリーンは考える。
「公爵夫人」としての仕事を全うしたい自分と、愛する女性を尊重したい公爵。であれば「女」の仕事はその人に投げてしまえば自分はもっと「女主人」としての部分に時間を割くことができるのでは?
言ってはなんだがアイリーンもかなり自分本位だった。
「わかったわ、ではこうしましょう」
ぱんぱん、と小気味良い手拍子がダイニングに響く。全員がスッと静かにするとアイリーンはニッコリと微笑んだ。
「この家を取り仕切ること、社交で情報を交換すること、これだけは私が行いますわ。公爵様は夜伽はそのジュリアさんとなさって彼女が子供を産んだらその子を跡取りになさればよくてよ。夜会のエスコートもその方を連れていけば良いわ。私の役目は妻として隣に立つことではないのだもの」
何を言っているんだこの人は。使用人たちの目が点になる。文字通り仕事の部分だけを請け負って女としての部分はまるっと愛人に投げるとそう言ったのだ、伯爵家とはいえ伝統ある青い血の女性が。
「なななななんてことおっしゃるんです! おやめ下さい、相手の女性はアグラブ男爵家のお嬢様なのです! どちらにしても認められたものではないのですよ!」
「まあ男爵家の! それは公爵様を手放せないわけだわ」
なんせこの国の男爵は当代限りで世襲が出来ない。つまり実の娘や息子を貴族と地続きにしなければ、平民として生きていくしか方法がないのだ。とはいえ男爵家の人間として生まれてしまった人間は少なからず貴族としての振る舞いを期待される。つまり世襲できないから後々平民になってねなんて言われてはいそうですかとはならない。
「私と公爵様の寝室は別、子供を作るようなことは一切しないわ。在宅中でも顔を合わせないようにして、食事も別にいたしましょう。公的な行事の際だけ前日に打ち合わせを致しましょうね。でも家のことは私にやらせていただきます、外で働くのであれば外のことを全うなさいませ、国王陛下の信任を裏切るようなことだけは決してなさいませんように」
もうやってるんだよな〜と言いたくなるのを使用人たちはぐっと呑み込んだ。いかに仕事が出来ようが身分が高かろうが不貞は不貞だ。大体政略結婚が大多数のこの国の貴族の最高位をいただきながらそれが不満だと言う二十代の男をどう擁護すればいいのか皆目見当もつかない。
「どうせお前も他の女と同じだろう、俺の顔や身分があるからと寄ってくる奴ばかりでうんざりだ!」
「あら、その男爵令嬢が絶対に違うと言いきれますの? 大した自信だこと。よくてよ。では今言ったこれらを契約書としてサインなさいませ!」
喋らない、近づかない、話さない、同衾しない、口を出さない、手を出さない。やむを得ないときだけ第三者を設けて打ち合わせをする。
ビジネスにしたってもっとマシな契約書になるであろうそれにサインをする公爵を見て使用人たちは思った。
どうにかして奥様に公爵位についてもらえないものだろうか、と。
◆◆◆
さて、読者諸氏には見え透いた展開だっただろうが案の定アイリーンが一切媚びずにテキパキと、というよりバリバリと采配を振るうのに感化された公爵は身を焦がすほどの大恋愛だと宣った男爵令嬢とはすったもんだありつつ関係を清算し、心を入れ替えてアイリーンと歩み寄るための努力をしようと考えた。
のだが。
「ダメです旦那様、奥様に話しかけないでください」
「ちょっと旦那様、そこ奥様のお部屋ですよ。鉢合わせたら困りますからこの付近には近寄ってはなりません」
「なにしてるんですか旦那様、もう奥様はお食事を済まされたので待っててもいらっしゃいませんよ」
「なんなんだお前たち! 主人が妻に歩み寄ろうというのを邪魔するなんて!」
公爵とアイリーンが仲睦まじい夫婦になったとして困ることなど何も無いはずだ。というよりそうなったほうが絶対有益なのに使用人たちはこぞってダメだの、邪魔だの、近づくなだの、なんならこちらの動向をアイリーンに伝えてアイリーンが避けられるように手助けまでしている。
「旦那様が不義理だからですよ。契約書作ってサインなさっていたでしょう」
そうだそうだと執事も馬番もメイドも庭師もコックも全員が頷いた。たしかにサインをしたが、だからこそ話しかけねば解決しないではないか。
「いいですか、旦那様。奥様はお仕事が大好きなんですよ」
「……仕事が、好き? それが?」
「奥様は常々おっしゃっておられます。仕事が大好き、仕事こそ人生、仕事以外はしたくない、と」
「し、しかし、お前たちは休みの日に彼女と邸内で同じテーブルで食事をしたりするんだろう?」
通常、使用人が貴族と同じテーブルにつくなんてことはありえないのだがアイリーンがそうしようと提案したのでコックに調理だけ頼んで、でもその後はみんなで交代しながらアイリーンと食事をしたりする。
「私たちは休みの日のイベントとして楽しんでますけど奥様にとってはあれも仕事です。私たちを労う、という」
「奥様にとっては人生がお仕事なんです」
人生が、仕事。
聞いた事のない言葉の組み合わせに目が回りそうだった。私の部分がひとつもないと? どんな思考回路でそうなるんだ。彼女にとっては家のことも家族のことも友人のことも仕事だと? いやしかし、そうあるべきという振る舞いであれば貴族としては正しいし、しかし仕事かと言われると……?
混乱してきたが居住まいを正して「つまり?」と先を促す。執事頭が大きくため息をつきながらこう言った。
「旦那様は仕事に関係ない人だから、使うお時間がないのだそうです。手始めにお手紙をお送りしてはどうですか? もちろん、お仕事として」
こうして同じ家に居ながらビジネスライクな文通が始まった。
一応、念の為、記しておくが公爵は「仕事の関係者」にはなれたそうである。
その後そこに愛があったかは、本人たちのみぞ知るのであった。