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第9話 無銘


無銘むめい──起動アクティベート


 不知火家初代当主しか抜くことの出来なかったデバイスを遂に、トウヤは抜いた。


 彼の周囲には純白の粒子が舞う。莫大な魔力が溢れ出すが、それらは全てトウヤの体に集約していく。


 その圧倒的な濃度に思わず鵺はたじろいで後退する。


「な、なに……?」


 鵺は理解できないという表情をする。今まで魔力はなかったのに、突然莫大な魔力を発生させたトウヤに戸惑うのも無理はなかった。


 トウヤは自分の手をじっと見つめ、感覚を確認する。


「うん。悪くない」


 右手に握っている刀の刀身は純白に染まっていた。


 まるでそれは、この薄暗い夜の世界を照らしつけているようだった。


(これが魔力に満たされた感覚か)


 トウヤは五感だけではなく、魔力的にもこの世界を感じる。


 彼はデバイスから自身の身体に魔力を流し込み、身体強化をして──鵺に向かって踏み出す。


 たった一歩。しかし、それだけでトウヤは鵺との距離を完全に詰め切った。


 一閃。


 トウヤは目にも止まらぬ速さで刀を振って、鵺の右腕を切断した。


「……くっ!?」


 かろうじて致命傷を避ける鵺はバックステップを取ろうとするが、トウヤはそれにピッタリと張り付いてくる。彼の目はどこまでも鵺の動きを追いかけている。


(今までは素の身体能力だったけど、それに魔力による上乗せで尋常じゃない速度になってる……! 何、なんなの! このガキは一体なんなの……!)


 鵺は依然として戸惑っていたが、なんとかトウヤの攻撃を避け続ける。


 鵺は腐食の液体をトウヤに向かって散らしていく。拡散されたその液体をトウヤは避けることはしなかった。腐食がトウヤに襲い掛かるが、それはトウヤを覆っている魔力壁に防がれた。


「防いだ……!? なんて魔力濃度なの……!!」


 トウヤは分かっていた。今の自分の魔力量であれば、鵺の腐食は防ぐことができると。彼の体には幾重にも重なり合った魔力防御領域が展開されている。


(やはりな。鵺の魔術運用はそれほど高度ではない。魔術的な性質を利用しているだけ。それならば、俺の魔力で防御できる。そして鵺が次に取る行動は──)


 そう思考しながらも、トウヤは鵺の左腕を斬り落とした。


 鵺は慌ててトウヤに蹴りを叩き込むが、彼はそれを刀で受け止める。


 再び距離が空くが、優勢なのは圧倒的にトウヤだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 鵺は肩で呼吸をして、切断された箇所を再生する。夜魔は人間とは異なり、容易に回復することができる。一瞬で切断された両腕は再生してしまうが、トウヤはその様子を冷静に見つめていた。


 じっと、まるで鵺の全てを見透かすような瞳で。


(底が……底が見えない……)


 鵺は緊張した面持ちでトウヤを見つめる。


 莫大な魔力はもう溢れ出していない。代わり、トウヤはその魔力をまるでコートのように着込んでいる。


 幾重にも重なり合うように展開されている魔力防御の壁は、鵺も自分の腐食の魔術では突破できないと理解する。


 しかし、鵺はニヤリと笑みを浮かべる。



「ふ……ふふ! 一番不味いと思ってたやつが、一番の極上だったなんて! ははは! 今日は本当にいい日だねぇ。それでさ、私の魔術を防いだとしても──そもそも、自力が違うんだよねぇ」



 鵺は今まで魔術に回していた魔力を全て身体強化に回す。


 その体は変化していき、さらに巨大に膨れ上がっていく。生えている尻尾はさらに鋭くなり、両手の爪も同様により鋭利なものに変化していく。


「夜になればなるほど、有利になるのはこっち。私の魔術を防いだ程度で、どうにかなるわけはない。そもそも、人間と私たちでは肉体の性能が違うんだからねぇ……!」


 夜になるにつれて上昇していく魔力濃度。そして、その魔力に対する適性は人間よりも夜魔の方が高い。


 夜の祝福は──夜魔に降り注ぐ。



「お前は全身全霊をもって殺してあげるわ。光栄に思いなさい? 私に本気をださせたことを──!」



 刹那。鵺はその場から消え去り、トウヤの眼前へと出現。それは消えたと錯覚するほどの高速移動だった。


 鵺は全力で右腕を振るう。ビキビキと血管が走り、内部にある筋肉が膨れ上がって尋常ではない速度でトウヤに襲いかかる。


 トウヤはその攻撃を受け止めるが──彼の持つ刀は粉々に粉砕されてしまう。


「はははは! やっぱりね! 私の攻撃に耐えれなかったようねぇ!! これが人間と夜魔の決定的な差だよ!!」


 今度こそ勝利を確信する鵺だが、トウヤは既に攻撃動作に入っていた。


「決定的な差か。確かに人間と夜魔で身体能力に大きく差があるのは認める。しかし、それだけで勝敗は決しない」


 その手には刀はないというのに、トウヤは動き始めるが──彼の手の中には一瞬で純白の刀が生成された。


 一閃。その攻撃を予測していなかった鵺は左肩から右の腰にかけて、深く斬り裂かれる。


「──は?」


 あり得ない、と鵺の表情は語っていた。けれど鵺もこれで倒れるわけはない。鵺はすぐに斬られた箇所を回復して、再びトウヤに肉薄する。


 鵺の攻撃はトウヤの持つ刀を再び砕くが、次の瞬間には新しい刀をトウヤは持っていた。


「ふざけるな! その能力は一体なんなのよ──!」

「別に特筆したものではないさ。見た通り、俺は刀を生み出すことができるだけだ」

「く……舐めるなあああアアアアアアア……ッ!」


 トウヤの魔術は──無銘。彼は銘の無い武器を生成することができ、それは彼の魔力が残っている限り創造できる。だが、他者のデバイスなどを再現することはできない。

 

 あくまで無銘の、何の変哲もない武器を作り出すだけの魔術だ。属性や特殊な魔術的な性質を付与することは出来ない。


 その魔術自体に特筆したものはない。


 一撃必殺の強力な魔術でもない──が、それは担い手次第で一撃必殺の魔術すら凌駕する。


 トウヤは既に勝利への道筋を完全に思い描いていた。


「刀を作れるなら、追いつかないほどに砕き続ければいいだけ──!」


 鵺はさらに出力を上げて、トウヤの生み出す刀を砕き続ける。その速度は徐々に上がっていき、わずかにトウヤの方が遅くなっていく。


 砕かれ続ける刀はまるで雪のように舞い散って、地面に落ちていく。


 そしてついに、トウヤが刀を生成するよりも速く、鵺の攻撃がトウヤへと迫る──!


 しかし、トウヤはもう新しい刀を生み出してはいなかった。それを諦めと判断した鵺はニヤリと笑う。


った──!」


 鵺は勝利を確信して、トウヤの頭部に全力の拳を叩き込もうとするが──それが届くことはなかった。


 夜の祝福は夜魔だけではなく──退魔師トウヤにも降り注ぐ。



珀吹雪はくふぶき



 トウヤがそう呟くと、周囲に散っていた刀の破片が突如として魔力を帯びる。


 そして、地面に落ちている刀の破片が鵺を囲むように一気に舞い上がった。


 それはまるで雪が舞い散るような、幻想的な光景だった。


「──しゅう


 トウヤは指先を鵺の首元に指すと、その刀のカケラは指向性を持って鵺に襲い掛かる。


 ただの刀の破片、されどそれも数が増えれば圧倒的な攻撃力を持つ。


 バラバラになった刀の破片は全て鵺の首へと集約していく。


「……がっ!!」


 鵺は声を漏らし、首からは大量に鮮血が舞う。あまりの衝撃に鵺は体勢を維持することはできない。鵺は前方に大きく傾き、地面に倒れ込むことしかできなかった。


 トウヤは一本の刀を生み出し、ゆっくりと鵺に近寄っていく。


「さ、誘ったのね……」

「あぁ。刀はあえてもろい性質にしていた。お前は自分の攻撃が俺に有効だと錯覚して、刀を砕き続けた。それこそ、俺の狙いだった」

「ふ、ふふ。こんなガキにやられるなんてね」


 鵺は呆然と満天の空を見上げ、その鵺に対してトウヤは刀を振り下ろす。


「さらばだ、夜魔」


 首を切断されて自身の肉体を維持できなくなった鵺はパッと漆黒の粒子になって消え去っていった。


「終わったな」


 トウヤはゆっくりと刀を鞘に収める。


 前世からの戦闘経験があるからこそ、無銘の能力をトウヤは最大限に引き出すことができた。


 変幻自在に刀剣を生成して、あらゆる戦闘環境に適応することができる──これこそが無銘の真髄である。


 こうして後に世界最強と呼ばれるようになる、一人の退魔師が生まれ落ちるのだった──。



 †



 トウヤは葵と火月を無事に送り届け、その後はすぐに父親の煉次の元へとやって来ていた。


 トウヤは父の煉次に、先ほど起こったことの経緯を話すのだった。


「そうか……抜いたのか。トウヤ」

「はい。魔力は体内ではなく、外にあったようです」

「外か。具体的な所在は分かっているのか?」

「いえ。ただ自分はそこにアクセスが可能になり、いつでも自由に魔力を引き出すことができます。原因の究明は今後していこうかと」

「なるほど」


 その後、トウヤは自分の魔術についても説明した。おそらくは、初代も同じ魔術であるという所感も交えて。


 トウヤは淡々と報告するが、煉次は扱いに困っていた。トウヤが只者ではないことは分かっていたが、ここまでの能力を外に公開してもいいのか。


 一族内でも共有するのははばかられるほどのものでは、と彼は考えていた。


(トウヤの魔術を開示すれば、次期当主になるのは間違いない。が、あまりにも不明瞭なところが多い。それに初代の刀を抜いたとなれば、退魔師界にも大きな影響が出る……国内ならまだしも、国外にも知られるとマズいな……)


「くそ……朔夜さくやがいれば」

「朔夜?」

「あぁ。トウヤと栞には言っていなかったが、二人には兄がいるんだ。しかし、五年前に家を出ていった。今となっては勘当扱いになっている」

「それは初耳です」


 まさか自分に兄がいるとは、トウヤも予想はしていなかった。


 そんな時、急に部屋の襖が開いて一人の人物が現れる。


 真っ黒な長髪がサラリと後ろに流れ、そのまま室内に入ってくる。


 その顔はトウヤにとてもよく似ていた。



「父上! 朔夜、ただいま戻りました!」



 そう。それは他でもない。


 勘当されたはずの朔夜だった──。

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