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第7話 襲来


 不知火しらぬい火月かげつは生まれた時から、進むべき道を決められていた。


 物心ついた時から両親から言い聞かされていた、本家の人間に負けてはいけないと。


「いいこと。火月は絶対に本家の人間に負けたらダメよ」

「負けたら……ダメ?」

「えぇ。あなたは私たちの分も頑張るのよ」

「うん……!」


 まだ純粋だった火月は自分が頑張れば頑張るほど両親が褒めてくれるので、それが嬉しかった。


 しかし、本家のトウヤの噂は嫌でも入ってくる。


「本家のトウヤはなんであんなにも要領がいいの……!? 火月と同い年でしょう!? 廊下ですれ違った時、まるで自分の全てを見透かされているようだったわ……」

「おい。落ち着け。相手はまだ三歳だろう? 気のせいだ」

「そ、そうよね……」


 夜。両親がそんな話をしているのを火月は耳にしていた。本家にいる同い年であるトウヤという存在。火月は初めて会った時、ただ──怖いと思った。


「あ……えっと……」

「火月、だよな? よろしく」

「う、うん」


 トウヤが火月に握手を求める。まるで大人のような立ち振る舞いに、どこまでも見透かしてくるような目。


 自分の心の奥底まで覗かれているのではないかと錯覚するほどに。


「ねぇ。聞いた?」

「えぇ。本家のトウヤ様、本当に凄いんだってね」

「きっと当主はトウヤ様になるでしょうね」


 それからトウヤは天才だという噂が耳に入ってきた。既に読み書きは十分にできて、身体能力も高い。心技体。幼少期にしてその全てが揃っている天才。


 そして、火月は覚醒の儀に臨む。彼には血統魔術があり、魔力も十分あることに両親は安堵した。


 同時にトウヤが魔力の無い忌み子であることが露呈した。


「トウヤには──血統魔術はありません。そして魔力も……」


 火月の両親はそれを手放しで喜んだ。彼の肩を痛むほどに掴み、両親は過度な期待を寄せる。


「火月! あなたこそが不知火家の当主になるのよ!」

「あぁ! お前には才能がある! 本家のトウヤなんて比較にならないほどの、圧倒的な才能が……!」


 火月もそれを信じ込み、トウヤのことを見下すようになる。


(そうだ。俺には才能がある。あのトウヤなんて、比較にならないほどの……! あいつは忌み子で俺は天才だから……!)


 所詮は忌み子、自分の才能の足元にも及ばない存在であると。


 そして火月はデバイスを扱えるようになり、トウヤとの立ち合いをすることになった。それは火月の両親が仕込んだものだった。ここで本家との差を決定づけるために。


 そう──思っていたが、勝ったのはトウヤだった。


「あ……」


 火月は見上げる。自分の目の前に立っている、異質な存在を。立ち会った火月は、トウヤの奥底に何かが眠っているような感覚を覚えた。


「何で負けたの、火月!!」

「忌み子に負けるなんて、本当にお前は努力していたのか……!?」

「私たちに恥をかかせるなんて、自分が負けた意味が分かっているの……!!」

「……申し訳ありません。母上、父上」


 火月は両親からの厳しい叱責を受ける中で、その責任の所在をトウヤに求めた。


(あいつがいるから──! あいつのせいで俺は……! でもデバイスがあれば、絶対に負けない……!)


 そうして、火月はデバイスの性能が最も発揮できる魔境深夜帯ナイトメアにトウヤを呼び出した。今度こそ、勝利するために──。



 †



「うわアアアアアアア……ッ!」


 火月は乱暴にデバイスを振るう。炎を纏うその刀が漆黒の闇の世界を照らしつける。デバイスによって身体能力も向上している火月は、尋常ではない勢いでトウヤに襲い掛かる。


 それをトウヤは丁寧に捌いていく。いや、もはや刀で受け切る必要も無くなっていた。あまりにも単調な攻撃であり、それはただ速くなっただけだからだ。


「お前さえ、お前さえいなければああああああ!!」


 もはや怨念にさえ昇華した感情。その憎しみをトウヤは真正面から受け切り、彼は上に火月のデバイスを弾く。


「う……!」


 火月の胴がガラ空きになる。そこにトウヤは思い切り蹴りを叩き込んだ。


「ぐあ……っ!!!」


 無造作に転がっていく火月はあまりの痛みにその場にうずくまる。


 トウヤは悠然と火月の方へ歩みを進める。


「分かっただろう。デバイスに使われているお前では、俺には勝てない」

「何で、何でだよ! お前には才能がないのに……! 忌み子の劣等者なのに……!」

「何度も言ったが、生まれだけで全てが決まるわけではない」

「うるせえええええええええ! うわあアアアアアアア……ッ!」


 火月は立ち上がってから、全力で地面を踏み締めてトウヤへと肉薄する。


 激しく交わる剣戟の中で、トウヤは対話を試みる。


「俺たちは親の言いなりなのか? 血統に縛られた人生なのか?。人生とは自分の手で掴み取るものじゃ無いのか」

「うるさい、うるさい! 俺は……俺はお前と違って才能があるんだ!」

「才能の有無だけで全ては決まらない。もちろん重要な要素ではあるが、それに溺れては本末転倒だ」

「ぐあ……っ!」


 トウヤは再びガラ空きになった胴に、今度は刀を押し込む。鞘があって致命傷にはならないが、それでも鳩尾に入り込んだ攻撃だ。


 火月は脂汗を流し始め、デバイスから炎が消え去る。火月はもうデバイスの発動を維持することはできなかった。魔力もすでにほぼ尽きてしまっている。


 トウヤは諭すように火月に話しかける。


「火月。お前には確かに才能がある。だから両親のためでもなく、俺を超えるためでもなく、自分自身のために強くなるべきだ。自己を見つめ直せば、お前はもっと強くなるさ」


 トウヤは別に火月のことを憎んではない。彼がこうなってしまったのは、不知火家の歪な構造のせいである。それを分かっているからこそ、トウヤは火月に語りかける。


「自分のために……?」

「あぁ」


 火月にとってそれは考えても見ないことだった。両親のために、トウヤを超えるために、稽古を積んできた。


 そこに自分の意志はなく、両親の操り人形そのものだった。だからこそ、トウヤの言葉は火月に影響を与えた。


「……自分のために、強くなる」


 火月は初めて理解する。


 今まで両親を含む一族の面々は、火月のことを分家の長男としてしか見ていなかった。《分家の長男》という役割が火月の全てだった。


 不知火しらぬい火月かげつとして見てくれた人間は誰もいなかった。


 けれどトウヤは違った。トウヤだけでは火月のことを役割ではなく、個人として見た。


 その事実を理解して火月はデバイスを手放し、膝をついて静かに涙を流した。


「う……うぅ……」


 もう、火月に戦い意志は残ってはいなかった。


「トウヤ……」


 全てが終わり、静かに見守っていた葵が近寄ってくる。


「すまないな。巻き込んでしまって」

「ううん。その……色々とあったんだね」

「あぁ。でもきっと、火月はまた立ち上がれる」

「そうだね」


 今回の件は無事に解決した。後は、葵と火月を家に送り届けるだけだ──そうトウヤは思っていたが、上空から何かが落下してくるのをトウヤはいち早く察した。


 着地した際、ドン! と大きな音がこの空間に響く。


 落下してきたのは──夜魔だった。


「ふ、ふふ。あぁ。今日はなんていい日なんでしょう。美味そうな子どもが三人もいる。ククク……アハハハハハ!!」


 全長は二メートル弱。一見すれば人間にも見えるが、それは頭部だけで手足は異様に長く、背中には漆黒の羽が生えている。指先は鋭利な爪がこれでもかと伸び切っている。


 蛇のような鱗に覆われた尻尾もあり、それは人間ではないことは一見すれば理解できる。


 女性の顔つきをしているが、その顔は酷く歪んでいた。そして、ぐるりと首が回って、三人のことを爛々とした目で見つめてくる。その目はぐるぐると回転し、あまりにも奇怪な様子だった。


「……ひっ!」


 その異様な行動と視線に、葵は恐怖のあまり声が漏れ出す。


 トウヤが初めて出会った夜魔、それもその脅威段階は──


「……ステージ3」


 トウヤは呟く。最近近隣で暴れ回っている夜魔が──自分達の目の前に現れてしまったのだと。


 その夜魔は両手を広げ、高らかに告げる。


「さ、全員皆殺しよ」


 トウヤそっと自身の持つデバイスに手を添える。不知火家初代当主のみが使用できたその刀は、全く反応を見せない。


 まだトウヤにはその刀は──抜けなかった。

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