第5話 立ち会い
翌日早朝。
珍しく朝にノックの音が鳴り、トウヤはそれにすぐに応じる。
「はい」
「トウヤ」
「母上。どうしましたか?」
母の彩花がやって来るのは珍しかった。日に日にやつれていき、トウヤとの会話も少ない。今となっては、トウヤはこの一族で会話をする人間はほとんどいない。
それほどまでに孤立していた。もっとも、本人は特に気にしていないのだが。
「……道場に来てほしいと」
「道場ですか。珍しいですね」
トウヤはすでに道場で稽古をすることを許されていない。半ば出禁になっているので、トウヤは疑問に思う。
「トウヤ」
彩花はトウヤの肩をしっかりと掴んで、真剣に目を合わせる。
「逃げても……いいのよ」
その言葉だけでトウヤはその道場で何が起こるのか、何となく察した。もちろん、ここでトウヤが逃げ出すことはない。
「逃げません。道場に向かえばいいのですね、母上」
「トウヤ……」
トウヤはすぐに道場へと向かう。彩花はそんなトウヤを呆然と見つめるしかなかった。
「お。来たぞ」
「忌み子だ」
「さて、お手並み拝見だな」
道場の中に入ると、そこには一族の面々が揃っていた。覚醒の儀以来の集まりであり、トウヤを見た瞬間彼には厳しい視線が送られる。
そこには当主である煉次も立っていたが、彼は黙ったままだった。
「よぉ。久しぶりだな」
ニヤニヤと笑いながら近寄って来るのは、火月だった。体も少し大きくなり、トウヤは火月もそれなりの鍛錬をしているのだと理解する。
「あぁ」
「今日は俺と立ち合いをしてもらう」
「なるほど」
「お前と俺、どっちが上かをここではっきりと決めるためにな」
それだけのために一族ほぼ全員を招集するとは仰々しいな、とトウヤは思う。
「火月。分かってるわね?」
「お前の実力を示しなさい」
火月の母親と父親がそう声をかける。分家の二人ではあるが、二人の態度はまるで本家の人間のようだった。
そして、互いに稽古用の木刀を持って、トウヤと火月が向かい合う。
「二人とも準備はいいな?」
『はい』
二人の声が重なる。父である煉次がトウヤのことを憂いているのは、トウヤも分かっていた。
(母上、父上、そして栞。俺はここで示すよ。この悪しき風習を断ち切るためにも)
トウヤは覚悟を決める。彼はいつかこのような日が来ると分かっていた。そのために、鍛錬を欠かしたことは一日もない。
「では──始め!」
煉次の声と同時に駆け出したのは、火月の方だった。彼は体内に宿る魔力を全身に流し込み、さらには木刀にも魔力を纏わせている。
デバイスは使用していないが、それでも十分な魔力運用だった。
「おぉ!」
「あの年齢で身体強化ができるか」
「しかも、木刀にも魔力を纏わせている。これは流石の才能だな」
感嘆の声を上げる不知火家の面々。火月の父と母は歪な笑いを浮かべる。
その様子をまるで祈るように見守っているのは、彩花と栞だった。二人は寄り添うようにして、トウヤの無事を祈る。
「はああああああ──!」
火月は高速で移動し、上段から思い切り木刀を振り下ろす。火月は確信する。勝負は、ここで決まると。
しかし──トウヤは余裕を持ってそれを避ける。受けることもせずに、僅かに体を横にズラすだけで。
「──動きが直線的過ぎだ」
そう言ってトウヤはカウンターを叩き込む。火月はそれを防御することができず、横っ腹に攻撃を喰らってしまう。
吹き飛ばされた火月は受け身も取れず、呆然とトウヤのことを見つめる。
同時に周囲の人間たちも唖然とする。トウヤに魔力はない。身体強化を使った兆候もない。
つまり、トウヤは素の身体能力だけで一連の動きを実行したのだ。
「どうした? 来ないのか」
トウヤはそう発言をするが、それは純粋に尋ねたものだった。けれど、火月は煽られたと受け取る。
加えて、火月は両親の厳しい視線を感じる。
「火月! 何をしているの!」
「やれ! 忌み子なんて敵じゃないだろう!」
今日もこの立ち合いの前に、本家との因縁をここで断ち切ると言い聞かされたばかりだった。
自分には才能があり、当主になるだけの実力があると。この半年、懸命に稽古を続けてきた。絶対にトウヤを倒すために。しかし、幼いとはいえ本能的に理解する。
トウヤの奥底に宿る──異質な才能に。
「う、うわアアアアアアア……ッ!」
それはまるで悲痛な叫びのような動きだった。何度も何度も火月は木刀を振るう。魔力によって強化された肉体によって、火月は高速での戦闘を可能としている。
が、それだけだった。
トウヤは火月の直線的な動きの隙を逃さない。軽く手首に木刀を当てて、火月の木刀を弾き飛ばす。
「あ……」
火月から声が漏れ、トウヤはスッと木刀の切っ先を火月の喉に突きつける。
「それまで。勝者はトウヤだ」
当主である煉次は極めて冷静にそう発言した。
勝敗が下された結果、周囲には動揺が広がっていく。
「忌み子が勝った?」
「身体強化してるんじゃないのか?」
「でも、魔力兆候はないはず……」
「じゃあ、素の身体能力ってことか……凄まじいな」
驚愕が広がると同時に、一族の面々は恐怖心すら覚えつつあった。では仮に、トウヤに魔力があればどれだけの実力があるのかと。
「火月! どうして負けたの!」
「油断したんじゃないだろうな!」
火月が道場の隅で叱責されていた。彼の母親は火月の頬を打って、赤い跡がそこには残る。火月は静かに涙を流していた。
「そこまでにしてください」
それに割って入ったのは、トウヤだった。
「火月は十分に努力をしていました。それは立ち会った自分だからこそわかります」
「な、何よ……! 忌み子のくせに、口出しするつもり? 本家の人間だからって、調子に乗らないで!」
火月の母はヒステリックな様子でトウヤに食ってかかるが、彼は冷静に応じる。
「本家と分家。その関係性が歪なのは理解しているつもりです。しかし、自分達は夜魔に対抗するために実力を磨いているのでは? 今一度、何のために退魔師は存在しているのかを考えた方がいいと思います」
「くっ……!」
あまりにも理路整然とした様子のトウヤに彼女は何も言えなかった。トウヤはそうして、道場から出て行きいつものように森に向かおうとするが──トウヤは背後から確かな憎悪を感じていた。
その視線は火月のものだったとトウヤは気がついていた。
(まだ、この因縁に終わりはないか……)
一連の騒動が終わり、不知火家の情勢は複雑になっていた。確かにトウヤは魔力の無い忌み子だが、その身体能力は特筆すべきものがある。例外的ではあるが、実力があるのならば退魔師にしてもいいのでは。
そんな声も出て来るほどだ。一方の分家の勢いは衰えていき、今となっては以前までのような勢いはなかった。
「ふぅ。今日も疲れたな」
夜の帳が降りた。
屋敷の離れに戻って来るトウヤ。室内に入ると、彼はそこに一枚の紙が置いてあることに気がついた。
《午前0時、森にて待つ》
書いてある内容はそれだけだった。
「0時……魔境深夜帯に指定するとは、本気だな」
トウヤはそれを読み、すぐに準備を始める。彼が向かったのは、道場だった。道場内に入ると、彼は初代当主が使ったと言われる刀のところへと向かった。
「……やはり、何かある気がする」
それは予感だった。何か根拠があるわけではないが、呼ばれているようなずっと感覚をトウヤは覚えていた。
トウヤは誰の了承も得ることなく、その刀を手に取った。
そして全ての因縁に決着をつけるために、颯爽と森へ駆け出していくのだった。この先に自分の予想しないものが待っているとも知らずに──。