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第4話 ナイトメア


「本日のニュースです。行方不明の事件に関してですが──」


 トウヤが今日も森に行こうとした時、テレビからそんな内容が聞こえてくる。一族内でも共有されているが、幼児が行方不明になる事件が多発しており、それは夜魔の仕業だと言われている。


 トウヤは一応気をつけるべきだな、と思いながら屋敷の外へ出ていくのだった。



「よし。今日もいい鍛錬ができた」


 一人で森に篭るようになって半年が経過した。トウヤは自分でトレーニング内容を決め、それを愚直にこなしていった。


 森という実戦に近い環境での鍛錬はトウヤにとってかなり身になるものだった。


 トウヤは退魔師が生来持ち得る魔力回路が無い。血統魔術もないため、他の退魔師たちよりも五感が優れていた。

 

 魔力が無い点を除けば、トウヤの実力は既に上位の退魔師にも肉薄するほどだった。


「トウヤ! お疲れ様!」


 軽く汗を拭いているトウヤの元にやってくるのは、葵だった。同い年である二人が仲良くなるのは、それほど時間はかからなかった。 


「あぁ。葵も稽古が終わったのか?」

「うん! トウヤと会えるのが楽しみで、頑張ったよ!」

「そうか。俺も葵と会えて嬉しいよ」

「……!」


 葵はそう言われて、顔を赤く染める。


 葵はもう完全に恋に落ちていた。トウヤの所作全てに惹かれ、その声色を聞くだけで胸が高鳴る。が、トウヤの発言に悲しくも特に他意はなかった。


「そういえば、最近は夜魔の台頭がいちじるしいようだな」

「ん……?」

「あぁ。えっと……」


 トウヤは自分の発言が難しいものだと気がつき、訂正する。


「夜魔が活発に活動しているらしいな」

「あ。そういう意味ね。トウヤってば、本当に難しい言葉知っているよね」

「はは。すまない」


 そんなやりとりをしつつ、二人は話を夜魔に関するものに戻す。


「私も聞いたけど、強い夜魔がこの辺りにいるんだよね?」

「ステージ3(スリー)らしいな」

「ステージ3……?」

「夜魔に関する分類は知らないのか?」

「う……お勉強したけど、そのあんまり覚えてないかも」


 トウヤは夜魔に関する説明を葵にすることにした。


「夜魔の強さは五段階に分類される。ステージ5が一番弱くて、ステージ1が一番強い。退魔師も同様に五級から一級に分類されるんだ」

「なるほど……!」

「そして、ステージ5と4の夜魔に知性はないが、3以上になると知性があり魔術も使用してくる」

「え……! じゃあ、今ステージ3がいるって、凄い危険なんじゃ……」

「あぁ。危険だ」


 夜魔はステージ5と4は巨大な化け物であり、ステージが上るごとに人間に近くなっていく。そして、ステージ1になると対処できるのは国内でも限られた一級退魔師のみになる。


魔境深夜帯ナイトメアの時間帯は絶対に出歩かない方がいいだろうな」

「な、ないとめあ……?」


 トウヤは追加で説明をする。


「深夜0時から夜明けまでの時間帯のことだ。夜が深くなればなるほど、魔力濃度が上がっていくことは知ってるよな?」

「うん。デバイスの稽古は夜にあるし」


 葵は小さく頷いて、トウヤの言葉を肯定する。


「退魔師は夜になればなるほど強い力を発揮できるが、夜魔も同様だ。実際は夜魔の方がその恩恵を得やすい。だからこそ、魔境深夜帯ナイトメアは三級退魔師以上でないと外出は許されないんだ」

「なるほど……だから、お父様も私に夜には外に出るなって言うんだね」

「あぁ」


 トウヤもまだ魔境深夜帯ナイトメアの時間帯に外に出たことはないし、まだ夜魔を見たこともない。


 不知火家にいる三級以上の退魔師たちが出ていく姿は見ているが、それだけだった。また現当主である煉次は準一級退魔師という、少し特殊な階級である。


 これは一級に上がるほどの実力はないが、家柄を考慮して制定された階級だ。それほどまでに、一級退魔師になるというのは特別なのだ。


「葵も十分に気をつけろよ」

「う、うん……!」



 †



 トウヤは葵には教えていないが、彼の実家での状況は悪化していた。現在、トウヤは今まで生活をしていた母家おもやにはいない。


 彼は離れの小さな部屋で生活をしている。それは一族の決定であり、トウヤの父と母でさえ覆すことはできなかった。


 それが忌み子の末路。もはやトウヤは存在しないものとして、扱われていた。


 トウヤはもう何ヶ月も、妹の栞と火月には会っていない。


「あ……」


 離れに帰ってくると、近くにいた妹の栞とトウヤの視線が交わる。栞は気まずそうに声を漏らし、なんて言っていいか分からない様子だった。


「し──」


 栞、とトウヤが呼ぼうとした瞬間、栞はすぐに振り返って去っていってしまった。


 もうそこには仲睦まじい兄妹の姿はなかった。栞は去り際、微かに涙を流していた。


(栞……すまない……)


 決して嫌われたわけではないのは、トウヤも察していた。現在、妹の栞に不知火家の重圧が押しかかっているのはトウヤも理解している。女性の当主は珍しいが、存在しないわけではない。


 今は栞と火月、どちらが当主になるべきか。それが争われているのだ。


「……」


 トウヤは小さな灯りを照らし、本を読んでいた。ぺらと本を捲る音だけが室内にはあった。


 読書は彼にとって情報収集でもあり、娯楽もでもあった。学習することは嫌いではなく、常にトウヤは深い思考をしている。


 全ては前世のような後悔をしないために。


 その時、コンコンとドアがノックされる。


 こんな時間に誰かが来るなんてあり得ないと思うが、トウヤはゆっくりと扉を開けた。


 そこにいたのは──妹の栞だった。


「お兄ちゃん……」

「栞。入るか?」

「うん」


 以前のような快活さはなく、顔は暗くなっている。この離れの部屋は、ベッドと本棚。それに机があるだけだった。あまりにも狭い部屋に、栞は驚いてしまう。


「お兄ちゃん。ここで生活しているの……?」

「あぁ」

「……そっか」


 幼いながらにも、栞は聡明だった。彼女もまたトウヤに匹敵するほどの頭脳を持ち合わせているからだ。


「私ね、次期当主になるかもって」

「そうか」

「火月くんもその可能性があるけど、今のところは私が優勢だって言うけど……よく分かんないよ」


 ポロポロと涙を流する栞。それを見て、トウヤはぎゅっと栞のことを抱きしめる。


「みんな、みんなね……お兄ちゃんのことを馬鹿にするの……! お父様もお母様も何も言えないみたいで……どうして、こんなことになったんだろう……」


 その理由をトウヤは知っている。トウヤに退魔師としての才能がないから。それが全てだった。


「すまない、栞。お前に全て背負わせることになって」

「どうしてお兄ちゃんが謝るの……?」

「俺に力がないからだ」


 栞はその時、思った。父と母は肩身が狭く、兄のトウヤに至ってはこの家に居場所がない。ならば自分がその場所を作ればいいのではないか──と。


「お兄ちゃん。私が当主になって、お兄ちゃんの居場所を作るよ」


 急に立ち上がって、栞はそう言った。その瞳は幼いながらにも、確かな覚悟が宿っていた。


「あぁ」

「だから待っててね。私、絶対に立派な退魔師になるよ……!」

「俺も栞に負けないように、努力を続けるよ。離れ離れになっても、俺はずっと栞のことを想っているからな」

「うん……!」


 トウヤも立ち上がって、再びまだ小さな栞の体をしっかりと抱きしめるのだった。


 トウヤもまた、さらなる研鑽を積んでいこうと誓うが──彼の人生の分岐点となる瞬間ときはもうすぐそこまで迫っていた。

 

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