第3話 幼馴染
トウヤは依然として鍛錬を続けていた。火月と共に父である煉次の元でその実力を伸ばしていったが、やはりそれでも魔力がない忌み子という悪評は付きまとう。
「忌み子なのに、なんで努力するのかしら」
「頭はいいんでしょう? 研究者でもいいのに」
「まだ子どもなんだから好きにさせたら?」
そんな声はまだあり、トウヤの状況は何も改善していない。しかし、トウヤ本人はそうではない。彼は自分の実力が確かに伸びていることを自覚していたし、鍛錬自体を楽しんですらいた。
「トウヤ」
「はい。父上」
本日の稽古も終わり、トウヤは煉次に声をかけられた。
トウヤは軽く汗を拭いて、それに応じる。
「最近調子が良いな」
「はい。体の動かし方も分かってきました。これも父上のおかげです」
「……そうか」
実際、トウヤの年齢のことを考えれば、彼の才能は破格のものだった。魔力があれば自分すら容易に超えていく器だと──煉次は思っていた。
けれど、トウヤには魔力がない。それはあまりにも決定的な欠点だった。
「く……っ!」
あまりの疲労に地面に手をついている火月。同じ稽古をしているというのに、トウヤは息も切らさずに平然としていた。
(何だあいつは……!? 俺はもうデバイスも持っていて、魔力による身体強化もできるのに……!)
火月は日に日に感じる。トウヤのその異質さに。
魔力による身体強化もできない、デバイスによる魔術の向上も見込めない。才能のない非凡でしかないのに、トウヤの実力は飛躍的に伸びている。
火月は幼い頃からずっと父と母に言われ続けていた。本家のトウヤを超える退魔師となり、ゆくゆくはあなたが不知火家当主になるのだと。
トウヤは魔力もない上に、血統魔術もない。不知火家当主になるなんてあり得ないが、火月が焦りを感じるのも無理はなかった。
「……?」
トウヤは道場から出て行こうとすると、忌々しそうに火月が睨みつけてきていることに気がついた。
この時のトウヤはまだ気がついていなかった。火月の憎しみが徐々に膨れ上がっていることに。
†
現代退魔師における頂点に君臨する三家のことを、御三家と呼ぶ。不知火家、有栖川家、桜小路家の三家である。
その勢力は均衡を保っているが、不知火家に忌み子が生まれたことは既に噂になっていた。
不知火家は勢力争いから落ちていき、有栖川家と桜小路家が台頭する。退魔師の界隈では、そう噂されていた。
「ふぅ。今日はこんなものか?」
トウヤは本日は一人で鍛錬をしていた。家から近い森の中を走り回り、軽く汗を流していた。
その理由は、もう道場に来るなと父に言われたからだ。それは一族の決定であり、現当主に師事するのは火月と栞の二人になった。
トウヤは深く頭を下げた父の言葉を了承し、今は一人で鍛錬を続けている。
そんな時──ガサっと音がする。
トウヤが振り向くと、そこに転んでいる一人の少女を見つける。
栗色の髪は首元で綺麗に切り揃えられている。スッとまっすぐ通る鼻筋に、大きな瞳。肌は純白で、一切の穢れも存在していないかのようだった。
「いてて……」
トウヤは彼女に近寄り、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「え。あ、うん」
トウヤが手を差し伸べ、少女は彼の手を取って立ち上がる。
「この森は道もしっかりと舗装されていないから、あまり来るのはオススメではない」
「えっと……そ、そうなの?」
「あぁ」
少女はトウヤの話し方に驚く。同い年にしか見えないのに、まるで大人のように話をするからだ。
「どうしてここに?」
トウヤはなんでこんなところに来たのか気になって、訊いてみることにした。彼女は顔を少しだけ俯かせて、ボソリと呟くように答えた。
「……稽古がつらくて」
「稽古?」
「うん。私、天才なんだって。だからいっぱい稽古をして、立派な退魔師にならないといけないって……」
その話を聞いて、トウヤは彼女が何者かを察する。
「君、名前は?」
「有栖川葵……」
「なるほど」
御三家の一つである有栖川家の令嬢。近隣に有栖川家があることはトウヤも知っていたが、交流は特にはなかった。
彼はまさかこんなところで会うとは、と軽く驚きを示す。
「あなたは?」
「俺は不知火討夜」
「あ……! あの忌み子の……!」
と、そこまで言って葵は慌てて自分の口を手で覆う。まだ幼い葵だが、それが失礼だということは分かっていたからだ。
「まぁ、事実だ。俺は魔力のない忌み子だ」
「えっと……でも、その。どうしてあなたはここにいるの?」
「トウヤでいい。俺も葵でいいか?」
「う、うん」
葵はこくりと小さく頷く。初めて会った同世代の男の子。それにやけに大人びている。葵の頬は微かに朱色に染まっていた。
「俺はまぁ、鍛錬をしに来てな。実家の方では道場が使えなくなったんだ」
それからトウヤは経緯を話する。すると、葵は驚きのあまり声を漏らす。
「え……一人で稽古してるってこと?」
「あぁ」
「魔力はないんでしょう?」
「ないな。でも、それだけの理由で鍛錬をしないわけにはいかない」
「な、何でそこまでするの……?」
葵は理解できなかった。仮に退魔師として才能があれば、そこまで努力するのは理解できる。嫌々ながらも、葵は自分の才能の責任について理解つつあったからだ。
しかし、トウヤには何もない。才能がないのならば、責任を果たす必要はない。
「──俺は《《もう》》後悔はしたくはないんだ。誰かを守るために、俺はこれからも研鑽を積むよ。たとえ、才能が無かったとしても」
「……」
トウヤはどこか遠くを見据えながら、そう言った。
葵はその意味を完全に理解したわけではなかったが、トウヤに対して憧憬を抱いた。その姿は、あまりにも気高いものだったから。
それから二人は定期的にこの森で会うようになった。
「トウヤ!」
「葵。今日はどうだったんだ?」
「今日も厳しかったよ〜。でも、トウヤが体の動かし方を教えてくれたから、かなりよくなってるって!」
「そうか」
トウヤは微笑を浮かべる。葵はそんな彼のことをぼーっと見つめる。
「どうした? ぼーっとして」
「な、何でもないよ……!」
「?」
葵の顔は赤くなっていたが、トウヤはそのことに関しては疎い。前世の記憶があっても、葵の気持ちの変化には気がついていなかった。
「トウヤはどうなの?」
「俺は調子が良いな。最近は世界がより鮮明に見える気がする」
「そっか」
(トウヤって……只者じゃないと思う。動きはウチの誰よりも洗練されているし、教え方もとっても上手。でも、魔力がないんだよね……)
葵はトウヤの実力を認めていたが、魔力が無いことに同情していた。仮にトウヤがデバイスを操ることができれば、絶対に誰よりも強くなるはずなのに。
葵は自分のことのように悔しがっていた。
「じゃ、そろそろ戻るか。またな、葵」
「うん。バイバイ」
トウヤは別れを告げ、屋敷へと戻っていくが──その際、誰かに見られているような感覚を覚える。
「──誰だ?」
バッと振り向くが、そこには誰もいなかった。
「気のせいか……」
トウヤは魔力による感知能力がまだない。そのため、相手の存在に気がつくことはなかった。仮にあれば、気がついていただろうが。
何かがいたであろう場所には、地面には黒い液体が滴っていた──。