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第29話 決着


「くそ……! くそ……! 一体、どういうカラクリなんだ……っ!?」


 ルークは確実に焦っていた。


 彼の魔術である風流完全領域シルフィードスフィアは、魔力の流れを完全に把握できるものだ。


 生まれてからこれまで、この魔術で知覚できなかった相手はない。


 この世界の万物には、少なからず魔力が宿っている。それは路傍の石ころでさえも、微量な魔力が含まれているのだ。


 この世界は完全に自分の支配下にある。その自負がルークにはあった。


 しかし──何事にも例外は存在する。



「どこにいる……!? くっ……ウオオオオオオオオオッ!!!」



 トウヤの存在を知覚できないルークは二丁拳銃デバイスを乱射するしかない。


 円を描くように不可視の弾丸をばら撒いていくが、そのどこにもトウヤは存在しない。


「──悪手だな」

「がっ……!?」


 頭上から突如として現れたトウヤは、そのままルークの頭部に拳を叩き込むとすぐに離脱する。


 その動きを途中までは追えているルークだが、それもすぐに失ってしまう。



(俺の周りを飛んでいる剣にはかなりの魔力が込めらている。どれだけ撃ち落としても、次の瞬間には飛翔している。くそ……っ! ん? 待てよ。待て待て、そういう……ことなのか……!?)


 ルークは理解してしまう。


 トウヤの存在をなぜ、風流完全領域シルフィードスフィアで感じることができないのか。



「俺の魔術は──魔力のあるものに反応するが……魔力の無いものは反応できない。魔力量を調整できる特異体質だが、まさか……! まさか、まさか……!!」


 

 あり得ない、とルークは考えるが、彼の予測は的を射ていた。



「正解だ。俺は──魔力を完全に《《遮断》》することもできる」

「がは……っ!!」


 そう。トウヤは外部魔力貯蔵庫アウトストレージから自分への魔力供給を完全に遮断していたのだ。


 そして、再び背後からトウヤの攻撃が襲い掛かる。すぐにルークは二丁拳銃デバイスを乱射するが、もうそこにトウヤはいない。



 縦横無尽に展開される高魔力の漂剣ひょうけん


 この動きを把握するためには、風流完全領域シルフィードスフィアを展開するしか対処はできない。



 しかし、風流完全領域シルフィードスフィアは魔力を自動的に感知する魔術領域。魔力の無い無機物を追いかけることは──できない。



 仮に漂剣を解除すれば、その魔力リソースを視覚か防御に回してトウヤに対応はできる。


 けれど、その場合は自由自在にそらを舞っている漂剣に対応できない。



 二律背反。そんな状況にルークは陥っていた。



(くそ……くそ……くそ……! こいつ、俺との戦闘直後にここまで考えていたのか……っ!? どんな脳みそしてやがる……!!)



 今更になってトウヤの狙いを察するが、もう遅い。


 ルークは風流完全領域シルフィードスフィアを解除することはできない。そうすれば、漂剣によって串刺しにされる未来は確定してしまうから。


 けれど、風流完全領域シルフィードスフィアを展開している間、彼は全く魔力のないトウヤの攻撃を受け続けることになる。


 串刺しよりはマシだが、それでもダメージは蓄積していく。


「が……っ!」

「ぐううっ!!」

「かは……っ!!!」


 ヒットアンドアウェイ。風流完全領域シルフィードスフィアを展開し、漂剣を迎撃している間を縫って、トウヤはルークに攻撃を入れ続ける。


 全く魔力の無い──身体強化されていない彼の攻撃だが、的確に急所を狙っているそれは、たとえ魔力防御を展開しているとしてもジワジワと痛みを与え続ける。


 まさにトウヤの存在は天敵。


 そしてそんな天敵トウヤに対して、ルークはなす術もなく蹂躙されるしかない。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 脂汗が流れ、呼吸も荒い。


 ルークはこれまでの人生でここまで追い詰められたことはない。痛みも感じたことはない。だからこそ、どうしていいのか分からなかった。


 トウヤの攻撃速度はさらに上がっていき、魔境深夜帯ナイトメアによって上昇していく魔力濃度の恩恵は──全て、漂剣に注いでいる。



(こいつ……一撃でも俺の攻撃が当たれば即死だというのに、ここまでの立ち回りをするなんて……くそ、くそ……! 正気の沙汰じゃねぇ……! なんなんだ、こいつは……っ!!! これが十五のガキのやることか……っ!?)



 実際のところ、トウヤは魔力によって身体強化もしていないし、魔力防御も展開していない。仮にルークの不可視の弾丸が掠めただけでも、体はバラバラになってしまうだろう。


 それでも、トウヤに恐れはない。その目はどこまでも、ルークのことを捉え続けている。


 前世での経験値があるからこそ、トウヤはこの立ち回りをすることができていた。

 

 彼は、ただの十五歳ではない。


 苦渋をめ、辛酸をめ、全力を尽くしたが、誰も守りきれずに前世では命を落とした。


 しかし、今世では絶対に後悔はしない。そんな強い想いから、彼は努力に努力を重ね続けた。

 

 それが、零級特務退魔官エクストラナンバーである不知火討夜という人間だった。



「どうする? まだ続けるのか?」



 トウヤは背後に漂剣を展開しながら、ルークへと問いかける。


 傷ひとつなく、呼吸も全く荒れていない。


 かたやルークは完全に満身創痍。すでに勝敗はついているとトウヤは突きつけるが、ここで諦めるようなルークではない。



「ふざけるな……! 俺様の才能は世界でもトップクラスのものだ……! お前みたいなデタラメに負けていいはずがないんだよ……!!!!」

「認めるよ。お前の才能は確かに、素晴らしいものだろう。でも、それだけだ。才能に溺れた人間の限界は直ぐに来る。お前の戦闘には努力の足跡すら感じない。それがお前の敗因だ」

「うるせえええええええええ! 俺はまだ、負けてねえええええええ!!」



 ルークは最後の最後、ここで魔力が完全に尽きてもいいという覚悟で全てを絞り出す。莫大な魔力の出力により、目と鼻から血が滴っていくが、もうなりふり構っていられない。


 次の戦闘で決着する。


 それは互いに分かっていた。



(ここまで追い詰めたが、まだ目は死んでいない。確実に勝利するためには──)



 トウヤはそう思考するが、既に彼には勝利への道筋が見えていた。


 一方のルークも、今になってやっと冷静に思考する。


(一撃だ。裏を返せば、相手は魔力をオフにしている間しか、俺の風流完全領域シルフィードスフィアを無効化できない。一撃さえ当てることができれば、俺の勝ちだ──)



 トウヤは再び魔力を完全に遮断して気配を消し、代わりに漂剣に全力で魔力を込めてルークへと射出する。


 ルークはそれを撃ち落とし続ける。そしていつか、迫ってくるであろうトウヤの迎撃に備える。



(来い、来い、来い──! 絶対にお前の頭をぶち抜いてやる──!!)



 彼は漂剣を落としている中でも、トウヤの存在に全力を注いでいた。風流完全領域シルフィードスフィアでは感じることはできないが、五感では察することができる。


 ギリギリの戦いになるが、ルークはそれを制するだけの自信をまだ持っていた。


 そして彼の背後に──一本の漂剣が襲いかかってくる。


 毎度のように、軽く撃ち落とそうとするが──その剣の背後にはトウヤがいた。


 超近接交戦距離キリングレンジへと入る。トウヤはその漂剣を握ると、剣を少し下に構えて居合抜きの形を取る。


 トウヤの目には油断も驕りもない。ただただ──ルークの一挙手一投足を捉え続ける。



「くそがアアアアアアアアああ──!!!!!!」



 自分の想定していない攻撃。まさか、漂剣の気配に紛れて接近してくるとは予想していないルークだったが、ギリギリのところでトウヤの存在を知覚。


 トウヤはルークに知覚された瞬間、少しだけ体を《《前》》に倒した。



(勝った──!!)



 ルークはトウヤの頭に照準を定め、二丁拳銃デバイスから不可視の弾丸を発射。


 ルークは勝利を確信する。ギリギリのところで、彼はトウヤに向けて発砲することに成功した。


 だが──



「──だろうな。お前なら、頭を狙うと思っていたよ」



 トウヤは首を少し横に傾けるだけでその攻撃をかわした。不可視の弾丸は微かに髪の毛に触れるが、それだけだった。



「ま、ま────っ!!」



 待て! という言葉は最後まで発することはできなかった。


 一閃。トウヤは相手の左の腰下から右肩まで上斜めに剣を振った。


「がは……っ!!!!」


 鮮血が舞う。


 そしてルークはそのまま背後にドン、と音を立てて倒れ込むことしかできなかった。じわじわと鮮血が広がっていく。


 トウヤは漂剣を展開したまま、彼の元へ悠然と足を運んでいく。



「く……読んでいたのか……っ!?」



 魔力防御のおかげで即死はしなかったが、もはや完全にルークは満身創痍となっていた。


 体に力は入らないし、なんとか身体強化で命を繋いでいる状態だった。



「あぁ。あえて前傾姿勢になれば、頭を狙いたくなるだろう? 読み切っていたさ」

「ぐ……っ! ば、化け物め……っ!!」


 トウヤは最後にルークが発砲してくるところまで読み切っていた。あえて前傾姿勢を作って、頭へ発砲するように誘導。それを躱して、チェックメイト。


 ヒットアンドアウェイの攻撃、そして積もる怒り。


 最後の最後、絶対にルークは──どれだけ冷静になろうとも──頭を狙ってくるとトウヤは予想していた。性格からの行動も彼は読み切っていた。



 無銘、外部魔力貯蔵庫アウトストレージ、この十年で鍛え上げた鋼のような肉体、そして読み合いを制する聡明な頭脳。


 その全てを使って、トウヤは圧倒的な勝利を収めた。


 あらゆる戦闘環境に適応し、最適解を選び続け──勝利への道筋を描いていく。


 これこそが世界最高峰の退魔師──零級特務退魔官エクストラナンバーの実力である。



「さて、お前の処遇だが」


 トウヤは手を軽く上げて、漂剣を操る。その宙に浮いている剣は、ルークへ向けられていた。


「ま、待て──! な、なんでもする! 俺の負けだ! 頼む! だから殺さないでくれ……!」

「お前は今まで同じ言葉を無視して他者を蹂躙してきただろう。アリアに対してどれだけのことをしたのか俺は知らない。しかし、それは容易に想像できる。お前のような下衆げすの未来は──決まっている」


 指先を相手に向け、漂剣はルークの心臓部へと照準を合わせる。


「ま、待て待て待て! 嫌だ! 死にたくない──!」

「さらばだ退魔師」

「う、うわあああアアアアアアアアあああアアアアアアアア!!」


 その絶叫の音を縫うようにトウヤの漂剣はルークの心臓を突き刺す──ことはなかった。彼の脇下に突き刺さった漂剣だが、ルークは完全に気を失っていた。


 白目を剥いて無様に失禁。それがルークの最後の姿だった。



「ま、お前には聞きたいことが山ほどある。殺すと皐月さんに怒られるだろうからな」



 最後の最後までルークはトウヤの掌で踊らされていた。



「トウヤ。良くやった」

「はい。無事に対象を無力化しました」


 結界を解除してやって来るのは皐月と朔夜だった。


「こいつの身柄はこちらで預かる。尋問したいことは山ほどあるし、イギリス政府にもふっかけることができそうだ」

「はい。あとは任せます」


 そしてトウヤに腕を回して来るのは、兄である朔夜だった。


「トウヤ! 見事だったな! 最初からあそこまで読んでいたのか?」

「はい」

「流石は俺の弟だ!」

「ありがとうございます。朔夜兄さん」

「さ、ここから先は大人に任せておけ。お前は行きべき場所があるだろう?」

「ありがとうございます」



 トウヤは一礼をすると──彼女の元へと歩みを進めていく。



「トウヤさん……」



 これまで戦闘を呆然と見つめていたアリア。


 正直なところ、アリアもトウヤが只者ではないことは分かっていたが、ルークに勝てるかどうかまでは分からなかった。彼女は誰よりも、ルークの強さを知っていたから。


 しかし──蓋を開けてみれば、トウヤの圧勝。


 アリアも実力者だからこそ分かる。トウヤの実力は既に世界でもトップレベルのものであると。


「アリア。大丈夫か?」

「あなたが──零級特務退魔官エクストラナンバーだったのですね」

「あぁ」

「そうでしたか……でも、納得です。やっぱり、トウヤさんは特別な人だと思っていましたから」


 微かに笑みを浮かべるアリア。


 彼女はまるで憑きものが落ちたような、晴れやかな顔をしていた。


「あーえっと……その、アリア」

「……はい。なんでしょうか?」


 アリアはどんな言葉も受け入れるつもりだった。それだけ自分は酷い事をしてしまったと、彼女は自覚していたから。


 微かな緊張感を持ってアリアは彼の言葉を待つ。



「その、あそこのクレープ美味しいと言っていただろう? また一緒に行かないか……? だ、だめか……?」



 トウヤは女性の扱いに慣れていない。きっと落ち込んでいるであろうアリアになんて言葉をかけるべきか。


 気の利いた事を言えたらいいが、トウヤが選んだ言葉は一緒にクレープをまた食べに行こうというものだった。


 それ聞いてアリアはくすっと笑みを零す。



「あ……えっと、ダメだったか? あ! それならたこ焼きはどうだ? でも、確かあそこのカフェも良かったような……」



 次々と食べ物の話しか出てこないトウヤだが、そんな彼のことをアリアは──どこまでも愛おしいと思った。


 彼女の人生せかいは広がった。それは今まで呪いだったが、トウヤによって祝福に変わった。


 そしてアリアは、トウヤに対して新しい感情を抱いた。


 それはきっと──



「トウヤさん」

「ん? どれがいいか決まったか?」

「えいっ!」



 アリアは思い切りトウヤに飛びつくと、ぎゅっとその体を強く抱きしめる。


 初めてアリアは人の温かさを知った。体だけではなく、心もまた。



「トウヤさん。本当に、本当にありがとうございました」

「あぁ。アリアが無事で本当に良かった」



 トウヤもまたアリアの体をそっと抱きしめる。


 今回は守り切ることができた。大切な人をもう、失いたくはないから。



 トウヤもまた安堵しながら、二人はしばらく抱きしめ合うのだった──。



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