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第27話 独唱-Aria-


 ラザフォード家はイギリスの没落貴族である。


 かつては栄華を極めた貴族の一つだったが、デバイスの台頭によってラザフォード家は没落していった。


 デバイスに適応することのできない家系は落ちぶれていく。


 ラザフォード家はその典型だった。


 元々かの家は、魔術構築式を組むのが速いことが有名だったのだが、それはデバイスの出現でその利点は無くなってしまったのだ。


 時代の流れについていくことのできないラザフォード家。しかし、彼らはかつての栄光を手放すことはできない。


 そしてついに彼らは──禁忌に手を出した。


 デザイナーベイビー。ゲノム編集によって生まれる前から遺伝子を調整して、意のままに人間を設計デザインして生み出す。


 その技術自体は元々あったものだが、魔術に対してアプローチする試みはまだ未発達。


 魔術の遺伝形質の優性劣性も不明瞭であり、覚醒遺伝する条件も不明。


 しかし、ラザフォード家は人工的に優秀な魔術師を生み出すことに取り憑かれていた。それはもはや、妄執と言ってもいい。


 彼らの研究の結果──生み出されたのが、アリアだった。


 あらゆる病気のリスクを回避し、身体的な優れた能力を備え、知性や美的な特徴まで兼ね備えている。


 おおよそ、全てが完璧に調整されたアリアの誕生に一族は喜んだ。



「おぉ。ついに生まれたのか……!!」



 兄であるルークは初めは、アリアの誕生を喜んだ。


 年齢差は10歳差。研究のことは昔から聞いており、ルークは血統魔術を発現させている。


 加えて、デバイスに対する適性も高い。


 ルークとアリアが揃えば、ラザフォード家は再び栄光を手に入れることができる。


 そう思われていた──



「おい、どういうことだ!?」

「アリアの魔術は血統魔術じゃないのか……!?」」

「どれだけの金をかけてきたと思っているんだ……!!」



 アリアは3歳になった。何不自由なく、アリアは祝福されて育ってきた。


 そしてついに──彼女の魔術性質が明らかにされたが、それは裁縫道具を操るというラザフォード家に全く関係のない魔術。


 魔術形質は現代の技術では操ることはできないし、今までデータに存在しない完全に新規の魔術が発現した。


 アリアの存在は──それをまざまざと示す形になった。



「う……うぅ。寒いよ……」


 それから彼女は小さな真っ白な部屋に幽閉されることになった。空調の調整もなく、ただボロボロになった布切れを与えられていた。


 ただ、彼女には生まれた時に与えられたクマの人形だけが救いだった。


「ねぇ。クマさん。私はみんなのために何もできないのかな……?」


 クマの人形は、本来反応するはずもない。


 それでもアリアはその無機質な人形に話しかけるしかないが──


『アリアちゃん……! 大丈夫だよ。きっと、みんなもアリアちゃんに期待してるよ……!』

「そうかな?」

『うん……!』


 ただ、アリアにはそのクマの声が聞こえていた。決して現実のものではなく、ただの虚実ではあったが、アリアはそれを本物だと思い込んでいた。


「アーリア」


 やって来るのは兄であるルークだった。


「ルーク様……」


 アリアにはまだ使い道がある。彼女には英才教育と称して、ルークによる教育が行われていた。


「きゃ……っ!」

「ほらほら、どうした! 劣化品レプリカのお前に使い道があることを示してみろよっ!」

「う、うぅ……」


 ルークは元々、何も期待されずに生まれた長男である。しかし彼は、一族の歴史の中でももっと優れた退魔師として成長していた。


 莫大な魔力、圧倒的な魔術構築式の処理速度、そして何よりも聡明な頭脳。


 既に次期当主に確定しているルークは一族のトップへと君臨している。


 そんな彼の行動に口を出せるものなど、誰もいなかった。


「ははは! アリア! もっと動かないと、骨が折れるぞ!」

「うぅ……」


 教育という名の虐待は何年の続けられた。しかし、アリアも決して何もできないわけではない。血統魔術が発現しないこと以外は、彼女は完璧に調整された個体。


 そのおかげでもあって、ルークの蛮行にもなんとか耐えることができていた。


 それから──数年が経過した。



「ねぇ、クマさん」

『どうしたの? アリアちゃん」

「私ね、日本に行くんだって」

『えぇ〜!? 日本に行くの……っ!?』

「うん。なんか、大切な任務があるんだって」


 アリアは十四歳になった。依然として、家での立場はない。ろくに外に出ることもできず、小さな白い部屋にいるかルークに虐待をされるかが全てだった。


 そんな人生でもアリアに不満はなかった。


 彼女の人生せかいはこの小さな箱庭だけ。


 ルークに対しても、自分を厳しく教育してくれていると思い込んでいる。


 優しさのない世界が彼女にとっての日常。


 幸せでもないが、不幸も出ない。それが今のアリアの状態だった。



「アリア」

「はい。ルーク様」


 アリアはルークに呼び出され、今後についての話を聞いていた。


「一年前の日本で起こった百鬼夜行は知っているな?」

「はい……確か、夜魔が計画的に日本の各地を襲撃したとか」

「その際、東京で莫大な魔力発生が確認された」

「莫大な魔力……ですか?」

「あぁ。一瞬だけだが、我らはそれを捕捉した。そして、日本の極秘情報も入手した」


 ラザフォード家は独自の情報網により、日本のとある情報を手に入れていた。


 彼らはまだ──復興を決して諦めてはいない。


「極秘情報ですか?」

「コードネーム《エクストラナンバー》」

「エクストラナンバー?」

「あぁ。どうやら日本にはそう呼ばれる、強力な退魔師がいるらしい。我らはそのエクストラナンバーを鹵獲ろかくし、研究する」

「なるほど……」


 アリアはそれを聞いて流石にそれは……と思ったが、もちろん反論できるはずもなく。


「お前は留学という名目で日本の退魔師養成のための学院に通え。そこで情報を収集しろ。一応、目ぼしい相手はリストアップしてある」


 そう言って、ルークはアリアに対して資料を渡す。


「このトウヤ=シラヌイというのは、忌み子と書いてありますが」

「そいつは一番可能性が低い。ま、元々学生の可能性は低い。俺としては、新しくシラヌイ家の当主になったサクヤ=シラヌイが怪しいと踏んでいる。まぁでも、一応はトウヤ=シラヌイには接触しておけ」

「分かりました」


 アリアはトウヤのプロフィールに目を通す。


 魔力のない忌み子として生まれたが、後に微量な魔力が発生したらしい。


 しかし、それだけ。あくまで格下の取るに足らない退魔師としてトウヤの情報は書かれていた。


「あぁ。それと……」

 

 ルークはパチンと指を鳴らすと、一族の人間がアリアの大切にしていたクマの人形を持ってきた。


「これはもう必要はないだろ? クク……日本に行く準備をしてけよ」

「あ……」


 そのクマの人形はルークの魔術によってズタズタに引き裂かれてしまった。


 もうアリアに──そのクマの声は聞こえない。


 今まではそれだけが、彼女の支えだったというのに。



「アリアぁ。これで本当にふさわしい名前になったな。な? 孤独アリアぁ?」



 それからアリアは日本へ経つ。入試を無事に突破して、彼女は学院に入学することになった。


「大丈夫……大丈夫……きっと」


 入学式当日。アリアははやる心臓を抑えながら、そう自分に言い聞かせる。


 不安で不安でたまらなかった。アリアにはもう、唯一の友人であったクマの人形はいない。


 そして学院に向かい、教員に説明を聞いている際──アリアはトウヤと出会った。

 

 二人の目線が交わる。



(あれがトウヤ=シラヌイ……)



 葵と二人で並んでいるトウヤのことをアリアは見つめる。今までは資料でしか見たことのない人物だったが、改めて見るとアリアは彼には何か異質なものがある。


 そんな直感を抱いた。


 アリアはそれからトウヤと接触し、ルークの命令通りにトウヤに接触する。


 そこで彼女は初めて人の優しさを──知ってしまった。



(私……そっか。私って……)



 トウヤと知り合い、栞とも仲良くなった。


 ほとんど家具のない部屋のベッドでアリアはじっと天井を見つめて考える。


 トウヤと知り合ってから、アリアは生まれて初めて幸せを感じた。感じてしまった。同時に、自分の今の状況は異常だと知ってしまった。


 彼女の人生せかいは広がった。大きく大きく、広がった──しかしそれによって、アリアは自分の人生が呪われていることを自覚してしまった。



(トウヤさん……私は──)



 アリアは一筋の涙をこぼして、眠りに落ちる。


 いずれ戦うかもしれないという運命を呪いながら──。



 †



「ははは! さぁ、もっと来い! お前の真価を見せてみろ、アリア!!」


 ついにルークに立ち向かうと覚悟を決めたアリア。彼女は裁縫道具デバイスを駆使して、ルークへと肉薄する。


 ただ──ルークはデバイスも発動させず、身体強化のみでアリアの攻撃を全ていなしていく。


「はああああああ──!!」

「はは! アリア! 今まで誰がお前に教育をしてきたと思っている! 全て大見通しなんだよ!!」

「う……ぐっ……うっ……!!」


 アリアの針と糸を避け、ハサミの攻撃に対しても腕に魔力を通すだけで受け止めてしまう。


 アリアに戦闘の全てを教え込んだのは他も出ないルークだった。


 彼にとってアリアの最期の反抗は、もはや児戯じぎに等しいものだった。



「がはっ……!」



 アリアはルークによって鳩尾に拳を叩き込まれる。


 徐々に雨の勢いは弱くなってきており、空も微かに月明かりが見えるようになってきた。


 アリアはその微かな明かりに照らされるが、地面に膝をついていて強烈な痛みに耐えていた。


「う……うぅ……」

「お前には多額の金がかかっている。テキトーに解剖バラして次に生かしてやるよ。じゃあな──劣化品レプリカ


 ルークの手に魔力が集約されていく。


 アリアはそれを呆然と見つめるしかない。



(あぁ……そっか。終わりか……私の《《役目》》はこれで終わりなんだ……)



 がくりと頭を下げる。


 走馬灯が脳内に巡る。思い出されるのは幼少期からの記憶ではなく──トウヤと出会った時からの記憶だった。


(トウヤさんと出会って楽しかった。たくさん迷惑をかけてしまったけど、私はトウヤさんと会えて……本当に。本当に、心から幸せを感じました……ありがとう。トウヤさん──ありがとう、ございました)


 彼女はついに最期の時を迎える。



(でも……そうだなぁ……また一緒に、遊びたかったなぁ……)



 両目から溢れ出す涙。それがアリアの最後だった──






「すまない。少し──遅れてしまった」





 が、アリアの前に現れたのは──トウヤだった。


 デバイスを展開し、ルークによる攻撃を彼は弾き飛ばしていた。


 突然現れたトウヤに対して、ルークは一度後退をする。



「アリア。大丈夫か?」

「トウヤさん……どうして?」


 アリアは呆然と、トウヤの背中を見つめる。もうすでに空は晴れており、彼女はトウヤの背中をしっかりと見ることができていた。



「アリアは俺の大切な友人だ。友人を助けるのは、当然のことだろう?」



 前世でトウヤはなす術もなく大切な仲間や家族を失っていった。もうそんな後悔はしたくはない。今度こそ、大切な人たちを守り切る。それこそが、トウヤの覚悟だった。



「トウヤさん……うっ……私は……あなたにたくさん迷惑をかけてきたのに……」

「気にしてないさ。さ、アリアは少し下がっていてくれ」

「はい……」


 アリアは嗚咽を漏らしながら、涙を流す。


 そしてトウヤは目の前に立っているルークと相対する。


 彼はすでに分かっていた。ルークこそが、アリアを追い詰めていた諸悪の根源であると。


「トウヤ=シラヌイか。なんだ? その劣化品レプリカに劣情でもしたのか? ま、見た目だけはいいからな」


 日本語で話しかけてくるルークだが、トウヤは敢えてブリティッシュアクセントの英語で返答をする。


「お前の相手はこの俺だ」

「何……? まさか、忌み子の雑魚が俺と戦うのか? く、クク……いいだろう。お前を殺して、その後にエクストラナンバーであるお前の兄のサクヤ=シラヌイを鹵獲する」

「御託はいい。本気で来い」


 トウヤは魔力を一気に身体に込めると、一瞬で距離を詰めて一閃。


 その攻撃は紙一重で躱されてしまったが、ルークの頬に一筋の斬痕《

ざんこん》が刻まれる。


 ツーっと血が流れ、ルークは驚きのあまり目を見開く。



(速い……なんだこいつ。この俺様が紙一重で躱す事になる、だと? いや、よく見れば纏っている魔力総量が上がってきているが……)



 同時に、三人がいるこの領域を覆うようにして結界が展開されていく。


 トウヤはチラッと視線を奥に送ると、そこには朔夜と皐月が立っていた。二人ともに、こくりと頷いて反応を見せる。



「結界……? それもかなり高度だな……お前、まさか元々俺を狙っていたのか?」

「あぁ。お前たちがエクストラナンバーを探っていたのは分かっていたからな」

「ククク……まぁ、それはいいが、どうしてお前が出てくるんだ? 戦力的にサクヤ=シラヌイを出すべきじゃないのか?」



 トウヤは一度納刀して、静謐せいひつな雰囲気を纏ってルークに相対する。


「そうだな。お前の疑問を解消するためにも、自己紹介でもしておこうか」


 そして彼はゆっくりと──その口を開く。



「日本公安庁、夜魔対策局──第一課所属」



 この十年。無銘むめいというデバイスを覚醒させたトウヤは努力に努力を重ね──彼は史上最年少で、とある立場へと昇り詰めていた。


 それは──



零級ぜろきゅう特務退魔官とくむたいまかん。通称──」



 そして月明かりに照らされながら、トウヤは自身の今の役職を開示する。




零級特務退魔官エクストラナンバー──不知火しらぬい討夜とうや



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