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第2話 デバイス


「見て、アレ」

「忌み子でしょ?」

「本家で唯一まともなのは、妹の栞様だけ。こうなってくると、分家の台頭も考えられるわね」


 屋敷の中を歩いているだけで、トウヤは噂をされる。そこに敬意はなく、蔑称の忌み子として呼ばれることが定着していた。


 あれからトウヤの状況は一変した。


 覚醒の儀が行われるまでは、その聡明さと運動性能の高さから天才と評されていた。しかし、今はもう天才ですらない。トウヤは魔力のない忌み子なのだから。


「へぇ。なるほど」


 魔力はなく、本家の従者たちにすら馬鹿にされている現状だが、彼はそれを気にしてはいなかった。


 現在、トウヤは夜魔の生態についてとそれに対抗する退魔師に関する記述を読み込んでいた。


 そうしていると、コンコンとドアがノックされる。


「どうぞ」


 トウヤがそう言うと、室内に入ってくるのは母の彩花だった。


「トウヤ……」


 彩花は日に日にやつれていき、顔色もずっと悪いままだった。


「母上。どうしたのですか? ここ最近、ずっと体調が悪いままですが」

「……トウヤ。ごめんなさい。本当に、本当に」


 彩花はトウヤに深く頭を下げる。それを見て、トウヤは理解する。自分にとって忌み子であることはどうでもいいが、母にとってはそうではないと。


 トウヤは本を机に置き、母の元へ歩み進める。


「母上。顔を上げてください」

「でも……」

「自分は大丈夫です。魔力がなくとも、研究者の道などもあるでしょう? 退魔師になるだけが全てではありません」


 表向きはそう言っているが、実際にトウヤは退魔師になる道を諦めてはいなかった。


「自分は自分にできる範囲で研鑽を積んでいこうと思っています。母上の肩身は依然として狭いままで心苦しいですが、少なくとも自分は気にしていません」

「トウヤ……!」


 彩花はぎゅっとトウヤのことを抱きしめる。静かに涙を流す母のことをトウヤもまた、強く抱きしめるのだった。


(俺は母のためにも、立派な退魔師になろう。まだ道は閉ざされたわけではないのだから)



 †



「お兄ちゃん!」


 鍛錬をするために道場へと歩みを進めているトウヤに、妹の栞が元気よく声をかけてくる。


 栞は魔力保有量も高く、血統魔術もすでに発現している。不知火家では妹の栞を当主にしようとする動きもあるほどだ。


 不知火家の内部に存在する歪な家督かとく争いは水面下で進行していた。


「栞。どうした?」

「お兄ちゃん。今日も鍛錬?」

「あぁ」

「むぅ……お兄ちゃんと一緒に遊びたいのに」


 栞は頬を膨らませ、不満を示す。トウヤはそれを見て、軽く膝を曲げて視線を栞と合わせる。


「また時間ができた時な。栞はかくれんぼが好きだったよな?」

「え! かくれんぼしてくれるの!?」

「あぁ」


 トウヤは優しく栞の頭を撫でる。魔力の無い忌み子だとしても、母と妹はトウヤに対する態度は変わらない。


 しかし、父の煉次は──



「失礼します」


 トウヤが頭を下げて道場に入ると、そこには父の煉次と分家の長男である火月が立っていた。今までは火月は別で鍛錬をしていたのだが、彼はすでに血統魔術を発現させている。


 そのため、現当主である煉次から直接教えを受けることになっていた。


「ふ。魔力がないくせに、何しに来たんだ?」

「? 鍛錬だが」

「得意のお勉強だけしていればいいんじゃないか。はは!」


 火月はトウヤのことを鼻で笑い、嘲笑する。その様子を見ている父の煉次はそれを仲裁することはなかった。いや、厳密に言えば出来なかった。


「勉学だけではなく鍛錬も大切だと思うけどな」

「何? 俺に口答えをするのか」

「そんなつもりはないが」

「テメェ……!」


 全く嫌味の通じないトウヤに火月は苛立ちを見せ、今にも殴りかかろうとしていた。流石にここまでくると、煉次も仲裁をすることにした。


「火月。そこまでにしておきなさい」

「……はい。当主様」

「では二人とも並びなさい。今日はデバイスについての説明をしよう」


 トウヤと火月の二人は正座をして、煉次と向かい合う。


「二人とも既に知っているかもしれないが、我々が夜魔に対抗するための手段を改めて説明しよう」


 煉次は淡々と説明を始める。


炎神錬火えんしんれんか──起動アクティベート


 煉次はそう呟いて腰に差している刀を鞘から抜いた。



「《Distributor for External Visualization and Induction of Capabilities and Energies》を略して、D.E.V.I.C.Eと呼ぶ。日本語に訳すと《能力と魔力を外部へ可視化または誘導するための分配装置》であり、デバイスは退魔師であれば誰もが持つ武器だ」



 そして煉次が魔力をデバイスに込めると、微かにその刀は発光する。


「従来、魔術構築式は退魔師の中にだけあるものだった。それをデバイスにも刻み込み、さらにはデバイスは使えば使うほどその魔術は進化していく」


 煉次はデバイスに宿っている魔術を引き出すと、その刀身には紅蓮の炎が宿る。燃え上がる炎を見て、トウヤと火月は目を見張る。


「このように魔術の発生をデバイスによって補助することで、退魔師の実力は飛躍的に上がった。そのおかげで、昨今脅威を増している夜魔ようまにも対抗することができている」


 煉次が魔術の発動を止めると、その炎は一瞬で消え去っていく。


「さらにデバイスは幻想状態にも出来る。これは自身の魂と密接に繋がっており、具現化するかどうかは担い手次第だ」


 そう言うと、スーッとデバイスの姿が消えていき、その場にあった魔力は煉次の体内に還っていく。


 トウヤはそこで手を挙げて質問をする。


「父上。質問よろしいでしょうか」

「あぁ。構わない」

「デバイスの使用は他者にはできないということですよね?」

「そうだ。デバイスに刻み込まれた魔術は本人の魔力でしか起動はできない。デバイスは使用者の魂と繋がっているからな」

「ありがとうございます」


 トウヤの質疑が終わると、忌々しそうに火月はトウヤのことを睨みつける。


「話を続けよう。デバイスの形状は多岐に渡る。伝統的に不知火家のデバイスは刀が多い。本人の資質にもよるが、デバイスは基本的に近接武器が多い。刀剣、槍、クナイ、弓、銃などもあるな」


(文献通りだな。俺たちが過去に使用していた魔道具の類をさらに発展させたという感じだな。ただデバイスは──)


「──ただし、デバイスは魔力がないと使用はできない」


 淡々と話をしている煉次だが、微かに眉を顰める。その理由はトウヤもすぐに分かった。


「火月には魔力もあり、血統魔術もある。近いうちに火月にはデバイスが与えられることになっている。幼少期からデバイスを使うことで、魔術はさらに進化していくからな。火月、鍛錬を怠るなよ」

「はい!」


 勢いよく返事をする。ニヤッと笑って、火月はトウヤのことを見下す。


 トウヤは全くそんなことも意に介せず、再び手を挙げて質問をする。


「父上。道場に掲げられている、あの刀は何なのでしょうか? あれもデバイスですか」


 トウヤは今までずっと疑問に思っていた。道場に飾られているその一本の刀は、一体何なのかと。


「あれは不知火家の初代当主が使用したデバイスだ。先ほどはデバイスは他者には使用できないと説明したが例外はある。それは血縁関係があれば、デバイスは引き継ぐことができる。だが、初代当主のデバイスは誰にも使用できない」

「それは父上もですか?」

「あぁ。私も適性はなかったし、私の父も祖父も使用できなかった。初代以外、誰も抜くことはできていない代物だ」

「……」


 トウヤはじっとその刀を見つめる。それは一見すればただの刀に過ぎないが、トウヤは以前からずっとそれに惹かれているような気がしていた。


「では、稽古を開始しよう。デバイスに頼り切りでは、退魔師として夜魔に対抗することはできない。身体を鍛えることもまた、退魔師として必要なことだ」


 そして当主である煉次に師事する二人。


 稽古の際、圧倒的にトウヤの方が実力は上だった。肉体性能、思考力においてはトウヤの方が火月よりも優れていた。


 しかし──魔力という決定的な才能がなければ、意味はない。


「おい」


 稽古も終わり、道場から解散した三人だったが、去り際に火月がトウヤに声をかける。


「どうした、火月」

「あまり調子に乗るなよ。デバイスがあれば、お前なんて……!」

「デバイスに頼り切りでは、夜魔に対抗することはできない。父上も言っていただろう」

「うるさい、うるさい! お前は魔力の無い忌み子なんだ! 見ていろ……! すぐにお前なんて超えてやるさ……!」


 そう言って踵を返す火月をトウヤはじっと見つめる。


(あの対抗意識は決して生来のものではない。本家と分家の関係性が歪なのは理解している。現在、俺の存在によって本家の立場は非常に危ういことになっている。妹の栞に才能があることが幸いか)


 不知火家も一枚岩ではない。由緒唯しき家柄であり、伝統もあるからこそ、勢力争いは過去から続いている。今までは均衡を保っていたが、トウヤが忌み子と判明してそれも危うい状態だ。


(そうだな。いつかは示すべきだろうな──)


 そんなことを考えながら、トウヤは歩みを進めるのだった。

 

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