第18話 人工
「そうだな……実際に海外に行って思ったのは、日本よりも上昇志向が強いということだな」
「上昇志向ですか」
「あぁ」
朔夜は真剣な雰囲気を纏って会話を続ける。
もちろん、トウヤもそれを傾聴する。
「あぁ。特に欧米はその傾向が強いと思う。アメリカは言わずもがな、イギリスも同様だ。現在、退魔師の勢力を考えると、日本、アメリカ、イギリスの三国が世界の頂点に君臨していると言っても過言ではないだろう。ただし、その中でも日本は頭ひとつ抜けているとは思う」
トウヤもそれは同じことを思っていたが、実際に現地に行ったことのある朔夜の言葉はその説得力が違うと彼は思った。
「それはやはり、夜魔の出現頻度の影響が多いですよね」
「流石はトウヤだな。その通りだ。日本は諸外国と比較すると、圧倒的に夜魔の被害が多い。それに対抗するためにも退魔師たちは日夜戦っている。最近はステージ1が出ることもあるからな。しかし、日本の台頭をもちろん他国がそのまま許すわけもない。そんな時、俺はイギリスである噂を聞いた」
「ある噂、ですか?」
トウヤはそう訊き返すが、その先の内容は良いものではないと彼もなんとなくは察していた。
「魔術的臨界点は知っているな?」
「はい。デバイスによって成長していく魔術が、ある地点を超えると魔術性質がさらに一段階上がるものですよね」
「あぁ。魔術の極地とも呼ばているその領域は、世界でも数少ない退魔師だけがたどり着いている。おそらくは世界に十人もいないだろうな」
「……なるほど。そう言うことですか」
トウヤは魔術的臨界点の話が出て、朔夜が何を言いたいのかをすぐに理解した。
「そうだ。それを人工的に生み出そうとする実験が行われているという噂だ。仮にそれが成功すれば、その国の戦力は計り知れないことになる。が、まだ成功したと言う話は聞いていないし、魔術的臨界点を突破する条件は不明確なままだ」
「なるほど。日本に追いつこうとして、諸外国がそのような実験に取り組んでいる可能性がある、と」
「火のないところに煙は立たない。特にイギリスはもともと学問的には世界で一番歴史が深く、デバイスの台頭までは世界の頂点に君臨していた。それが今や、三番手近くまで落ちている。そのようなことをしていても、俺は不思議には思わないな」
「……」
トウヤは思案する。
(確かにあり得ない話ではない。昨今の情勢を見るに、退魔師の力はさらに上がって来ている。国力を担保するにも、退魔師の育成は必須。しかし、育成にはどうしても時間がかかる。それを人工的に解決できれば、それほどいいことはないだろうが──)
「あの……」
その会話に入ってくるのは、栞だった。
朔夜が栞の言葉に応じる。
「なんだ、栞」
「そのような話が事実だとして、倫理的な問題は──」
「倫理などは関係ないさ。常に人は、他者より上へ、他者より先へ行こうとする。すでに倫理などの枠は超えている。デバイスが生まれてからは、特に」
「……そうですか」
栞はとても寂しそうに、そう言った。
技術の躍進と共に世界は成長していく。しかし、それに伴って何の犠牲もないわけではない。
「朔夜兄さん。ありがとうございます。その話が聞けただけでも、大きな収穫です」
「あぁ。トウヤ、分かっていると思うが気をつけろよ。お前は《《特に》》、な」
「もちろんです」
話はそこで終わり、トウヤは立ち上がって朔夜の元を後にする。そして玄関まで向かうと、栞がぴったりとトウヤについて来ていた。
「栞? どうした」
「今日は兄さんの家に泊まってもいいですか?」
「構わないが、いいのか」
「はい。明日はアリアさんと会う約束もありますし、ちょうどいいと思いまして」
「そうだな」
現在は昼過ぎになっており、春の陽気が心地よい気候だった。
二人は並んで歩みを進めていく。今日は晴天で雲ひとつない空が広がっていた。
「そういえば、どうして栞はアリアを誘ったんだ?」
その理由までは知らなかったので、トウヤは栞に尋ねる。
「……うーん。一番の理由は、兄さんに似ていると思ったからでしょうか。もちろん、見た目もめちゃくちゃ私好みなんですがね」
「俺に似ている?」
「はい。アリアさんは周囲の様子をよく窺っています。それこそ、何かに怯えているように。その点は似ていませんが、孤立していると言う点においては昔の兄さんのようだと思って」
「孤立……か」
そう言われるとトウヤも納得する。彼も過去、実家で忌み子として虐げられていた時は気にしていなかったが、確かに孤立していたと自覚はあったからだ。
「はい。それにそれとは関係なく、純粋にもっと仲良くなりたいと言う気持ちもありますが。葵さんとは違って、アリアさんは清楚ですから」
さりげなく葵は下げられていたが、トウヤはそれに気がつくこともなく。
「まぁ、俺も今後もアリアとデュオで任務に取り組んでいくことになるからな。親交は深めておいて損はないだろう。実際、栞がいると助かるよ。女性同士だからこそ、分かることもあるだろうしな」
「その点は任せてください。ただ……」
栞は半眼でじっとトウヤのことを見つめる。
「兄さんに他意はないですよね?」
「他意?」
その言葉が何を意味しているのかわからず、トウヤは栞に訊き返す。
「いえ。その反応でしたら問題はありません。では、今日は兄さんのオムライスが食べたいので、スーパーに寄って帰りましょう」
トウヤはちょうど卵ないなと思っていたが、栞がそれを把握しているとは彼も流石に予想はしていなかった。
「俺の冷蔵庫事情をよく把握しているな」
「逐一チェックしていますので」
そうしてトウヤと栞は、食材を買うためにスーパーへと向かうのだった。