第13話 偶然の出会い
「不知火さん。私のデュオ相手になってくださいませんか──?」
トウヤはまさかの提案に一瞬だけ驚くが、すぐに冷静になって言葉を返す。
「俺でいいのか? 君と組みたい人は他にもたくさんいるようだが」
アリアの背後には男子生徒だけではなく、女子生徒すら並んでいた。
全員、いつ彼女に声をかけようかと窺っていたのだ。
だが、アリアは毅然とした態度でトウヤに応じる。
「えぇ。不知火さんがいいのです」
(……裏があるのか。それとも、純粋なものなのか。現段階では分からないが、こちらとしても都合は良い)
そしてトウヤは、アリアの提案を受け入れることにした。
「まぁ、断る理由はないな。では、よろしく頼む」
「ありがとうございます!」
アリアは満面の笑みを浮かべる。
「では、先生には私の方で提出しておきますね」
「承知した」
「では、改めてよろしくお願いしますね?」
「あぁ」
特にそれ以上話題が広がる事はなく、そこで話は終了した。
アリアは鞄を持って、そのまま教室から出て行ってしまった。
トウヤも特に用もないし帰るか、と思って立ち上がると、真っ青な顔の葵が迫ってきていた。
「と、とととと……!」
「どうした、葵」
「トウヤって、ラザフォードさんと面識あったの!?」
「いや、ないが」
「じゃあなんで──!?」
トウヤも別に理由は知らないし、彼は接近できるのならば好都合と思っていただけだ。
しかし、葵にアリアがスパイの可能性があると言えるわけもなく。
「良い機会だと思ってな。新しい交流を増やすのも重要なことだろう」
「うぅ……私、トウヤと組みたかったのにぃ……」
「葵にもいい機会だ。俺以外と組んでみるのも悪くはないだろう」
「それは……そうだけど」
そんなやりとりをしつつ、二人は教室を出ていく。
他の生徒たちも二人の会話を聞いており、しばらく学院内はトウヤとアリアの話題で持ちきりになるのだった。
帰り道。二人は近くにあるスーパーに寄っていた。
トウヤは今は一人暮らしであり、買い出しをする予定だった。
「はぁ……」
トウヤは手際よくカゴに食材を入れていく。肉、野菜、その他は魚など。
一方で隣にいる葵は、依然として暗い顔のままだった。
「葵。そんなに落ち込むな」
「だってぇ……」
「今日はハンバーグを作ってやるさ」
「え! 本当!!?」
葵の好物はハンバーグ。三年前から一人暮らしを始めたトウヤは、よく遊びにくる葵にその好物をよく作っていた。
そう言ってから彼は、追加でひき肉とパン粉をカゴに入れた。他にも各種香味料などをも入れていく。
「でも、今日も栞がいるかもな」
トウヤはスマホを取り出すと、一応今日の晩御飯のメニューをメッセージで共有しておいた。
「えぇ……栞ちゃん、毎日いない?」
「ん? まぁ、確かにいる頻度は多いな」
「アポとかないの?」
「ないな。別に家族だし、気にするほどのものじゃないだろう。鍵は渡してあるしな」
「ぐぬぬ……」
葵と栞は犬猿の仲ではあるが、その理由をトウヤは知らない。
買い物を終えた二人はマンションへと帰ってきて、トウヤは部屋に入ると台所に向かって荷物を置く。
「入れるの手伝うよ」
「あぁ。助かる」
二人で手際よく冷蔵庫に食材を入れていく。並んで食材を入れる光景は、まるで同棲している恋人のようだったが。
「何だかこうしていると、その……新婚さんみたいじゃない?」
「はは。そうかもな」
「……」
顔を少しだけ赤くして、葵は頑張ってそう発言してみたが、トウヤは軽く受け流してしまう。
相変わらず、彼女の好意にトウヤは全く気がついていなかった。
「晩御飯まで時間があるが、一旦帰るか? 別にいてもいいが」
「一度変えるのも面倒だし、いようかな。あ、漫画貸してよ〜」
「構わないが、栞の私物だぞ」
「まぁまぁ大丈夫だって」
そう言って葵は本棚にある漫画を一冊取り出すと、ソファに座ってそれを読み始める。まるで実家にいるようなくつろぎようだった。
「俺は自室にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「はいは〜い!」
トウヤは自室に入ると、パソコンの前に座る。
デスクトップPCの電源ボタンを押すと、モニターにも電源を入れてネットサーフィンを開始する。
(念の為、俺の方でも調べておくか)
トウヤは一部の退魔師しか接続できない専用サイトにアクセスして、ラザフォード家について検索をする。
「ふむ……なるほど」
そこに書かれている記述を見るが、皐月が提示した情報以上のものはなかった。
(流石に簡単に情報は入手できないか。こうなってくると、やはり本人と話すのがいいだろうな)
そう思っていると、リビングから大きな声が聞こえてきた。
それは栞の声だった。
「ちょっと! 葵さん、それは私の漫画ですよ!」
「あ、あはは。ごめんごめん、ちょっと借りてて」
「全く。別にいいですけど、なんで普通にくつろいでいるんですか?」
「トウヤがハンバーグ作ってくれるって……」
「はぁ!? 全く、兄さんは葵さんに甘すぎます」
トウヤはリビングに向かい、少し不機嫌になっている栞に話しかける。
「栞。俺が許可してるんだ。あまり葵を責めないでくれ」
「……はい」
明らかに不満そうだが、表面上は栞も納得しておくことにした。
「それで、兄さんは学院はどうでしたか?」
その質問に関して、葵が答えるのだった。
「あ! 聞いてよ、栞ちゃん! トウヤってば、イギリスからの超美人の留学生にデュオに誘われたんだよ! しかも、オッケーしたし!」
「……はぁ?」
栞の目はどこまでも冷たくなっていき、トウヤも流石にマズイと思って言い訳をすぐに作り出す。
「新しい交流を増やしたいと思ってな。それに、外国人の退魔師からは学ぶべきところもあるだろう? せっかくの機会だと考えたんだ」
「……へぇ。ま、そういうことにしてあげましょう」
とても冷たい言葉だったが、栞はそれ以上追及することはなかった。
そして三人は一緒に食卓を囲み、夕食を取るのだった。
†
「今日もいい天気だな」
休日になった。トウヤはいつも通り十時に起床すると、手早く朝食の準備をする。
今日は葵も栞もいなく、トウヤは一人で淡々と朝食を作っていく。フライパンに油を引いて、目玉焼きを作る。そして、トースターでパンを焼いて終了。
簡素な料理だが、これがトウヤのいつもの朝食だった。
「夜魔の被害は増えているのか……」
トウヤは朝食を取りながら、タブレット端末でニュースを読んでいた。そこには、ここ最近の夜魔の被害についてのデータが出ていた。
(年々上昇していく夜魔の被害。その脅威はさらに勢いを増していく。ステージ3の数も増えているしな。これは、俺も色々と準備をしておかないとな)
そしてトウヤは部屋の掃除をしようと、ハンディタイプの掃除機を起動するが──急に異音を立てると、起動しなくなった。
「ん?」
何度も電源を入れるが、起動することはない。
「く……流石に四年目にもなると、壊れるか」
掃除機が壊れてしまい、トウヤは街に繰り出すことにした。家電量販店で適当なものを買えばいいだろうと思って、彼は外出することに。
ジーパンとTシャツというラフな格好だが、トウヤの背丈と筋肉質な体にはそれが非常によく似合っていた。
彼は電車に乗って繁華街へと向かう。そして家電量販店を目指していると──そこには見知った人物が立っていた。
「えっと……どれがいいんでしょうか」
それはアリア=ラザフォードだった。彼女は制服姿で、クレープ屋の前に立っていた。
(休日に制服……? まぁ、流石に声をかけないのも不自然か)
「何か悩んでいるのか?」
「ひゃっ……!」
トウヤが背後から声をかけると、アリアはかなり驚いたようでビクッと体を震わせる。
「あ、不知火さんでしたか」
「すまない。驚かすつもりはなかったんだが」
「あはは。すみません。ちょっとビックリしちゃって」
学院では凛と張り詰めた雰囲気をしたいたが、今のアリアはどこか雰囲気が柔らかい気がするとトウヤは感じる。
「それで、何に悩んでいるんだ?」
「あ。えっと、どのクレープがいいのかなって」
「甘いのは好きか?」
「そうですね。好きだと思います」
その言葉にトウヤは微かに違和感を覚えるが、そのまま会話を続ける。
「じゃあ、このイチゴとチョコのクレープにするといい。俺もこれは好きだからな」
「なるほど。では注文を──」
アリアが注文をしようとするが、トウヤは既に店員に話しかけていた。
「すみません。このクレープを一つ。あ、決済方法はこれで」
そしてトウヤはスマホを取り出して、電子決済を済ませる。彼は出来たてのクレープを受け取って、それはアリアに渡す。
「え……いいんですか?」
「あぁ。せっかく日本に留学に来たんだ。これくらいのもてなしはさせてくれ」
「……」
アリアはトウヤの優しさに触れて、微かに目尻に涙が浮かんでくる。
「大丈夫か?」
「あ! そのすみません! では、いただきますね」
アリアはすぐに涙を拭ってから、クレープに口をつける。
(なぜ涙を? それに一連の会話でも違和感があった。ただそれはスパイというよりも──)
「ん! 美味しい……! 私、こんなに美味しいもの、初めて食べました!」
「そうか。それは良かった」
アリアは驚きつつも、満面の笑みを浮かべる。彼女は一心不乱にクレープを食べるが、その口の端にはクリームがついていた。
「口元。クリームがついてるぞ」
「……はっ!」
彼女は慌ててそれを指で掬い取って、口に含む。トウヤはまるで初めてクレープを食べた子どものようだと思うのだった。
「もしかして、日本で外に出るのは初めてなのか?」
「あ。えっと……実は、はい。今まであんまり勇気が出なくて。ただ今日は頑張って外に出てみました。日本はご飯が美味しいって聞いたので」
「ふむ」
トウヤは思う。彼女がスパイの可能性があるかもしれないが、現状では悪意を感じることもない。
(仮にこれが演技であれば俺も脱帽するが、まぁせっかく遥か遠方のイギリスから留学に来ているんだ。日本を楽しんでもらって損はないだろう)
そう思って、トウヤはある提案をする。
「もし、時間があるのなら俺が街を案内しようか? 家電量販店に行く用はあるが、時間は俺もあるしな」
「え……いいんですか?」
「あぁ。それに、せっかくデュオで任務に臨むんだ。お互いのことを知っておくのは、悪いことじゃないだろう」
「そう……ですね」
アリアは微かに視線を逸らして、ギュッとスカートの端を掴む。アリアは何かしらの感情を隠しきれていないと、トウヤは察する。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
そして二人は並んで人混みの中へと消えていくのだった。
「え!? なんか二人で話していると思ったら、並んで行っちゃったけど……!」
「葵さん、落ち着いてください。まだ慌てるような時間ではありません」
物陰にいたのは、葵と栞だった。二人はトウヤの部屋を訪れたが、ちょうどトウヤが外出した後だった。
そして、栞がトウヤの場所を特定して、今に至る。
「兄さんの魔力はそれほど遠くなければ追えます」
「なんか犬みたいだね」
「なんですか? 侮辱ですか? 置いておきますよ」
「ごめん。ごめん! 冗談だって」
「ふん。ま、いいでしょう。さ、追いかけますよ」
「うん!」
葵と栞がストーキングをしていることに、トウヤはまだ気がついていない。
こうして──波乱のデートが幕を開けるのだった。