表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/30

第12話 留学生


 皐月はタバコを灰皿にトントンと押し付け、吸い殻を落とす。


「スパイ、ですか? それは本当なのですか」

「あぁ。すまない。あくまで、私の推測の域に過ぎない。決定的な証拠があったわけではない」


 トウヤはまだ困惑していた。流石にスパイ活動とし学院に入学するのは、あまりにも目立つと考えていたからだ。


「お前も察しているとは思うが、留学生という制度は存在する。しかし、基本的に退魔師が他国に行くことはない。まぁ、稀に修行で国外に行ったりもするがな」


 そして、皐月はさらに言葉を続ける。


「退魔師が国外に出ることは、国力の低下に繋がる。仮に優秀な退魔師が現地で結婚なんてしたら、お手上げさ。この業界ではハニートラップも決して珍しいものではない。ランクの高い退魔師が国外に出ると、美男美女が寄ってくるのはよくある話だ。私も経験がある」

「え……そうなんですか?」


 流石にトウヤもハニートラップまであるとは考えておらず、少しだけ驚きで目を見開く。


「あぁ。実例もいくつかあるしな。ま、私はそんな馬鹿な策には引っかからないが」

「それとは関係なく、皐月さんはモテそうですが」

「ふ。お前も口が達者になってきたな」


 皐月はタバコの煙を吐き出す。一方のトウヤは、まだまだ自分はこの業界のことを知らないと痛感する。


(ハニートラップか。まぁ、一応国力を高めるために他国の優秀な退魔師を取り入れるのは、合理的な策ではあるか)


「といってもそれを防ぐためにも、国は退魔師が国外に行くことを認めるケースは少ない。あ、お前の兄の朔夜は例外だがな」

「あはは……確かに、兄さんは特別ですから」


 トウヤの兄である朔夜は未だに武者修行と称して、偶にふらっと海外に行ってしまう。そのことについて、トウヤも栞から愚痴を聞いているのでよく知っていた。


「話を戻そう。つまり、彼女の存在は何かあると考えるべきだろう。純粋な留学もあり得るが、注意しておいて損はない」

「しかし、正規の手続きをして入学したんですよね?」

「あぁ。筆記試験、実技試験、面接も正規の手順をクリアしている。合格基準は全てクリアしているし、退魔師としての実力も申し分はない。私も流石に彼女を不合格には出来なかったが、あれほど優秀な人材を外に出す理由は不明だ」

「なるほど……」


 容姿端麗、頭脳明晰、さらには退魔師としての実力も皐月が認めるほど。


 そうなってくると、国外にわざわざ出る理由もない。トウヤもまた、なぜ彼女がこの学院にいるか不明だった。


「イギリス政府も許可しているのも不可解だ。やはり、一年前の百鬼夜行が関係しているかもしれない。お前が力を解放したのはおそらく、世界的に確認されている可能性があるからな」

「なるほど……その人物を特定するために、日本に派遣されたと?」

「可能性としてはゼロではない。トウヤの情報は完全に秘匿されているが、日本の情報統制も完璧ではないからな」


 トウヤは顎に手を当てて思考する。


(そう考えると、俺に近づくためにやって来たのか? しかし、それにしてはあまりにも露骨すぎるか。裏の裏、ということか?)


 皐月はタバコを灰皿に押し付けてから、言葉を発する。

 

「ただラザフォード家の人間を出すのは、あまりにもリスキー過ぎる。逆にそれがブラフになっているのかもしれないが」

「すみません。ラザフォード家はどのような家柄なのですか?」

「あぁ。一応、共有しておこうか」


 皐月はスマホを取り出し、トウヤにそのデータを共有する。データを受けとったトウヤはサッと、その情報に目を通す。


「なるほど……イギリスの元名家ですか」

「あぁ。名門の退魔師家系だったらしいが、今は没落しかけている。が、貴族であることに変わりはない。伝統と血統を重んじる、かの国がどうしてラザフォード家の人間を国外に出すことを許可したのか。私もまだ測りかねている」

「なるほど。では、自分の役割は──」


 トウヤは今までの会話を聞いて、なぜ自分が呼びだされたのかを理解した。


「話が早くて助かる。彼女にそれとなく探りを入れてくれ」

「分かりました」

「ま、流石にスパイだとしてもすぐにお前に接触するとは思えないがな。あくまで留意しておいてくれ」


 トウヤもまた同じ結論に至っていた。


(まぁ、同じクラスなんだ。いつか話す機会はあるだろうし、その時にそれとなく色々と聞き出してみるか)


「では話は以上だ。すまないな、時間を取らせて」

「いえ。皐月さんには恩がありますから」


 そうしてトウヤは丁寧に一礼をして出て行こうとするが、去り際に皐月が声をかけてくる。


「あぁ、そうそう。トウヤ、ラザフォードを惚れさせてもいいぞ。日本の国力が上がるのならば、大歓迎だからな」


 皐月はニヤッと笑ってそう言ったが、もちろんトウヤも冗談だと理解している。


「はは、流石にあり得ませんよ」



 †


 

「すみません。所用で遅れました」


 教室内に戻ると、トウヤに全員の視線が集まる。


「あ! 不知火くん! 遅いですよ!」


 そこには担任の女性が立っており、トウヤにそう声をかけた。


「すみません」

「今後は気をつけてくださいね?」

「はい。すみませんでした」


 深くを頭を下げて、トウヤは自分の席に着席する。同時に教室内でヒソヒソと小声が響く。


「御三家だからって、何なのかしら」

「ね。でも彼って忌み子でしょ? そもそもここにいるのが間違いなんじゃない?」


 それを聞いて葵は不機嫌な表情になるが、トウヤは全く気にしていなかった。


「では、不知火くんも来たので、大切なお話をします」


 担任の星乃宮ほしのみや朱莉あかりはタブレットを取り出して軽く操作をする。


「今、全員に今後のスケジュールを送信しました。まず直近は、二人一組のデュオで任務に当たってもらいます。基本的に日中は一般高校と変わらず、教養の授業があり、夜になってから実技演習などをしていきます。二年生になってからはほぼ演習で、三年生になると一人で任務に当たってもらうようにもなります」


 トウヤはスマホに送られたデータを見て、今後のことを考える。


(デュオで任務か。こればかり良い機会だが、俺が彼女と組みたいと言うと流石に不審か? 一応は俺は御三家の人間。相手に警戒される可能性もあるよな)


「組む相手は一週間以内に決めて提出してください。余った人はまぁ……こっちで何とかするので! じゃ、ホームルームは終わりで〜す!」


 担任の朱莉はそう言って教室から出て行った。


 手短に終わったホームルーム。今日はこれで一年生の日程は終了し、各々が帰宅することになっている。


 すでに教室内ではデュオ相手を決め始めている生徒もいた。その中で、葵はすぐに立ち上がってトウヤに声をかけようとするが。


「トウヤ──」


 しかし、虚しくもトウヤに先に話しかけたのは──アリアだった。


 サラリと長い金色の髪を流してアリアはトウヤの机の前に現れる。


 その宝石のように輝く碧い瞳が、じっとトウヤのことを見つめる。


 周囲の生徒は突然の出来事に、黙って二人の様子を窺っている。


「初めまして。私はアリア=ラザフォードと申します」

不知火しらぬい討夜とうやだ。それで、何か用だろうか?」


 トウヤは急に話しかけてきたソフィアに対して、少しだけ身構える。


(いや、まさかあり得ないだろう。俺は彼女と話したことはないし、関係性もない。仮にスパイ活動をするとしても、あまりにも露骨だ。流石に誘ってくる可能性は限りなく低いと思うが。ま、きっと挨拶程度のことだろう)


 しかし、トウヤの予想に反する言葉をアリアは発する。



「不知火さん。私のデュオ相手になってくださいませんか──?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
《容姿端麗》、頭脳明晰、《眉目秀麗》、さらには退魔師としての実力も皐月が認めるほど。 《》内、違いは女性系(容姿端麗)と男性系(眉目秀麗)の容貌の称賛で、上記には書き出させて頂いていませんけど一人の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ