第10話 新たなる日々
「朔夜……?」
「おぉ! 父上、お久しぶりです!! 息災なようで何よりです」
「……」
トウヤは驚きを示す。まさか、ちょうど話をしていた人物が現れるとは思っていなかったからだ。
それも勘当された兄となれば、なおさら。
「朔夜。どうして帰ってきた?」
「え? しばらく武者修行の旅に出ると、置き手紙をしましたが」
「なかったぞ」
「え?」
朔夜は唖然とした表情をする。
「お前が行方をくらませて色々と探したが、そんなものはなかった」
「ははは! どうやら、自分としたことが忘れていたようですね!! うっかりしていましたな!!」
サクヤは高らかに笑いを浮かべる。トウヤは一連のやり取りでとても陽気で明るい人物なのだと推察した。
「お前、今は勘当扱いになっているぞ」
「ん? 父上、今なんと?」
朔夜は聞こえていないわけではなかったが、その意味が理解できずにもう一度訊くことに。
「勘当されていると言っているんだ。お前、家を出る前に一族の集まりで不知火家を痛烈に批判しただろう? それから家を出ていったからな。一族の会議では勘当扱いになった。私もてっきり、お前は家を嫌っているのかと」
「な、何ですと……! 確かに、不知火家は問題が多いとは思います。本家と分家の歪な関係性は改めるべきだと。しかし、自分にはそれを是正するだけの力がない。だからこそ、海外へと武者修行へ行っていたのですが」
完全なるすれ違い。まさか、ここまで綺麗にすれ違いが起きているなど、煉次も思っていなかった。
トウヤもそんなことがあったとは知らなかったので、初めて聞く情報に少しだけ驚いていた。
「それで、こちらの子どもは? まさか──」
そして、朔夜はトウヤの存在に言及した。
「あぁ。朔夜の弟のトウヤだ。お前とは十歳違いになるな。五年前、朔夜が家を出てから生まれた」
「トウヤか! 良い名だ。トウヤ、兄の朔夜だ。以後、よろしく頼む!』
「は、はい。兄上」
「兄上……いい響きだな!」
朔夜は満面の笑みを浮かべて握手を求めてくるので、トウヤもそれに応じる。
(俺と十歳違いということは、今は十五歳か。しかし、五年前に海外に武者修行に向かったということは、兄上は当時十歳か。それは流石に凄いな……)
まさか十歳で五年間も修行するために海外に向かうなんて、トウヤもその事実は高く評価していた。
自由奔放に見えるが、行動力は尋常ではないことをトウヤは理解する。
「父上。トウヤの実力はいかほどなのですか? ま、この私の弟なのです。きっと、かなり優秀なのでしょうが!」
「トウヤは初代しか抜けなかった刀を抜いた」
「ん……?」
朔夜はその言葉をすぐに理解できず、首を傾げる。
「さらに、魔力を体内ではなく体外に保有している。その所在は不明だが、トウヤは特異体質なようだ」
「ん……?」
「加えて、ステージ3を単独で撃破している」
「はああああああああああああ!!!??」
朔夜は驚きのあまり大声を上げるが、無理もなかった。
それほどまでにトウヤの存在は異質だからだ。
「兄より優れている弟、だと……!? しかし、実際に戦ってみないと雌雄は決しない。よし! トウヤ! 今から兄と立ち会いをしろ!」
「え……!?」
まさかの提案にトウヤは狼狽するが、煉次はそれを止める。
「待て、朔夜」
「何ですか父上。止めないでください」
「トウヤはまだ疲労も溜まっている。それに、トウヤのことをお前はもっと知るべきだ」
「ふむ。確かに、そうですな」
そして煉次はトウヤについての説明を始めた。忌み子として一族内で疎まれ、まるで存在しないかのように扱われていた事実を煉次は伝えた。
「トウヤ……っ!」
「うわっ!」
急に朔夜が抱きついてきて、トウヤは思わず声を上げた。
「トウヤ……そんな辛い思いをしていたのか……!」
「いえ。それほど辛くは」
「強がらなくてもいい! これからは、この兄がお前のことを守ってやるからな!」
朔夜はトウヤのこれまでを知って、涙を流していた。
「トウヤ。お前は本当に頑張ってきたんだな。そして、自分だけは自分の可能性を信じ続けていた。そうでなければ、初代の刀は抜けない。俺は兄として、こんなに偉大な弟がいることを誇りに思う! トウヤ、これまでよく頑張ったな」
「兄上……ありがとうございます」
トウヤは生まれてから今までの人生を振り返った。
一族内で忌み子として扱われることを特に気にしたことはなかった。けれど、決して居心地がいいではなかった。
認めてくれる人も家族以外いなかった。父、母、妹を除く一族の面々はトウヤのことを蔑んでいたからだ。
トウヤは改めて家族の暖かさを知った。この人が兄でよかった。彼は心からそう思った。
「朔夜」
「はい。何でしょう父上」
「元々はお前を次期当主にするつもりだった。その意志はまだあるか?」
「もちろん! そのために五年間、海外で修行をしていたのですから! ただ、自分ではなくトウヤでもいいのでは? 実力は申し分ないようですし、とても聡明だと思いますが」
朔夜はこのやり取りの中で、トウヤのことを高く評価していた。決して自由奔放なだけが朔夜という人物ではなのだ。
尋常ではない行動力を持ち合わせているが、同時に彼には聡明さもあった。
「……トウヤの能力のことはしばらく伏せておいた方がいいだろう」
「母上にも?」
「あぁ」
「ふむ」
朔夜は思考を巡らせる。今までにない特異体質に、初代の刀を抜いたトウヤという存在。朔夜もまた父の煉次と同じ結論に至る。
「そうですね。その方がいいかと」
「あぁ。初代の刀のことは保存場所を変更すると伝えておこう」
「では、早朝に一族の面々を集めましょう! 正式に私が次期当主になると伝えるためにも!」
そうして朔夜は意気揚々と声を上げて、部屋から出ていくのだった。
その様子をトウヤは呆然とした様子で見つめる。
「嵐のような人ですね。兄上は」
「あぁ。まさか、このタイミングで帰ってくるとはな」
「ということは、自分は長男ではなかったと?」
「本当はな。ただ、勘違いだったからな。正式に朔夜を次期当主にする。それでいいか?」
「はい。特にその地位に興味はありませんので」
早朝になると、朔夜自らが不知火家の一族を集めて正式に次期当主を朔夜にすることを発表する。
まず朔夜は正式に謝罪をした。深く頭を下げて、経緯を説明した。
「本当に申し訳ありませんでした。ただ自分は不知火家を憎んでいる訳ではありません。そのために、海外で修行を積んできました。全ては不知火家のために」
そして、現当主である煉次が言葉を発する。
「──ということで、朔夜を次期当主に任命する。異論のある者はいるか?」
煉次はすれ違いがあったことを説明し、その上で朔夜を次期当主にすると正式に任命した。そこで異論の声を上げるのは──分家の人間だった。
「ちょっと! 朔夜は勘当されたでしょう!」
「勘違いであったと説明したが?」
「急に帰ってきて、次期当主になる? ふざけないでよ!」
「そうだ。あまりにも性急過ぎるだろう」
火月の母と父が異論の声を発するが、それに対しては朔夜が応じる。
「確かに性急なことでしょう。自分に落ち度があり、そのことについては納得のいくまで頭を下げ続けましょう。しかし、あなたたちは家のためを思って、そのような発言をしているのでしょうか」
「な、何よ……」
朔夜はじっと全てを見透かすような目で、火月の母に向き合う。
「本家と分家。その間に歪な関係性があるのは昔から知っています。あなたたちが本家の座を狙っているのも。きっと、子どもに過度な期待を負わせているのでしょうね。今もきっと」
「そ、それの何が悪いのよ……!」
「私たちは退魔師です。夜魔と戦い、人々を守るという役目がある。御三家はその筆頭になるべき責務がある。だからこそ、くだらない争いをしている場合ではないと言っているのです」
凛とした声に全員が黙り込む。朔夜には他の不知火家の人間にはない、カリスマ性があった。
その雰囲気に呑まれるのも無理はないが、彼女はなんとか反論をする。
「くだらないですって……!」
「えぇ。とてもくだらないでしょう。トウヤを忌み子と蔑み、自分の子どもも過度な期待で追い詰めていく。子どもは決してあなたの欲を満たす道具ではないのですよ。まずはそこから改めていくべきでしょう」
「あまり調子に乗らないでちょうだい! ねぇ、火月。あなたはどう思うの? あなたも、おかしいと思うわよね?」
急に同意を求められる火月。火月は一瞬、トウヤと視線が交わる。
トウヤは火月に向かってこくりと軽く頷きを示す。
そして火月は意を決して、自分の思いを吐露する。
「母上……自分は朔夜様が次期当主でいいと思います」
「な……!?」
「母上の期待に応えられないのは、申し訳ないと思います。でも、不知火家の一族としてこれからも立派な退魔師を目指して精進します」
まさかここで裏切られると思っていなかった彼女は、唖然としてそれ以上は声も出なかった。
「では、他に異論がある者は? いるのならば、誠心誠意この朔夜が付き合おう」
火月の母は頭を下げ、何も発言することはなかった。父もまたこれ以上の議論は無意味だと悟り、何も追及はしない。
こうして不知火家の次期当主は、朔夜が正式に任命されるのだった。
一族の会議が終わり、朔夜は妹の栞に挨拶をしていた。
「栞、俺は兄の朔夜だ。これからよろしく頼むな」
「朔夜……お兄ちゃん?」
「あぁ。すまないな。今まで負担をかけて。これからは俺が次期当主だ。もう、無理はしなくていい」
「そうなの……? もう、お兄ちゃんが馬鹿にされたりしない? 家族みんなで一緒にいれるの?」
「あぁ。もちろんだ」
涙を浮かべている栞のことを、朔夜はぎゅっと抱きしめる。
その様子を見ていた父の煉次と母の彩花も涙を浮かべていた。
トウヤはその様子をじっと見つめていた。
(俺はこの人たちを守るためにも、もっと強い退魔師になろう。今度こそ大切な人々を守れるように──)
そしてそれから──十年の月日が経過した。
†
現在の時刻は午前十時。
ベッドのそばに置いているスマートフォンから、ピピピと機械的な音が鳴り響く。
それをすぐに止め、トウヤは起床する。
「朝か」
トウヤはカーテンを開けて朝日を室内に取り入れる。
あれから十年の月日が経過し、トウヤは十五歳になった。身長は180センチにまでなり、筋肉はまるで彫刻のように深く刻まれている。
顔つきはより精悍なものになり、外見を見れば誰もが爽やかな青年だと誰もが思うほどだ。
本日は退魔師育成高等学院の入学式が行われる日であり、学院は基本的に十二時から始まるでのその二時間前に起床したのだ。
「兄さん。おはようございます」
「あぁ。おはよう、栞」
「朝ごはん、準備できてますので」
「わざわざ来なくてもいいんだぞ。もう流石に、一人暮らしにはなれたからな」
「いえ。これも妹の務めなので」
妹の栞は絹のような長い黒髪を後ろでまとめている。大和撫子という言葉を具現化したような容姿であり、その美貌は年々磨きがかかってきている。
身長は160センチ後半で、女性にしては高い。ただ体つきは全体的に細身なのを、栞は気にしているが。
「いただきます」
「いただきます」
二人は手を合わせて、朝食を取る。
トウヤは諸事情から実家を出て、今は学院の近くのマンションの一室を借りて生活をしている。
そろそろ学院に向かうか、と思っているとちょうど呼び鈴がなる。
扉を開けるとそこに立っていたのは──葵だった。彼女もまた十年の歳月で成長し、栗色の髪を胸下あたりで切り揃えている。
そして特筆すべきは、その胸の大きさである。身長は160センチ弱だが、彼女の胸はアンバランスなほどに大きい。
「おはよ、トウヤ!」
「おはよう。葵」
二人が挨拶をすると、その後ろから栞が出てくる。微かに不機嫌そうな雰囲気を纏って。
「あらあら。おはようございます、葵さん」
「おはよ、栞ちゃん」
「わざわざお出迎えですか?」
「えぇ。別に幼馴染みなんだし、普通でしょう。ね、トウヤ」
「ん? あ、あぁ……」
葵と栞は何かを牽制し合っている。それを何となく分かっているトウヤだが、その原因まで特定することは彼もできない。
年々、仲の悪くなる二人を見て何故だろうと思っているからだ。
「じゃ、行こっかトウヤ」
「あぁ」
「私も途中までは同じなので」
「そうだね。ただ、栞ちゃんは途中までだね」
「……くっ!」
そんなやりとりをしつつ、三人は部屋を後にするのだった。
十五歳になったトウヤ。
彼の退魔師としての人生は、まだ始まったばかりである──。
幼少期編《覚醒》 終。
青年期編《エスクトラナンバー》 続