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第1話 忌み子


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 男が一人、肩で呼吸をしている。周囲には血だまりが広がり、その鮮血が月明かりを反射している。


「くそ……くそ……!」


 男は懸命にただ一人、異形である妖魔と戦い続けていた。


 ここ数年、妖魔の台頭は著しいもので徐々に人間側は不利になっていった。そしてその脅威は彼の一族の元まで届き、生き残りは彼一人になってしまった。


「う……っ!」


 夜魔によって壁に叩きつけられた彼にはもう、気力は残っていなかった。


(体が全く動かない……そうか。俺の限界はここなのか……)


 ゆっくりと妖魔の大群が近寄ってくる。男は額から血を流しながら、自分の最期の時を悟る。


(才能は無かった。それでも懸命にみんなのために戦い続けてきた。血の滲むような研鑽を積んできた。でも……勝てなければ意味はない……意味は──無かったんだ。俺は誰も守ることはできなかった……)


 倒れている一族の面々。既に全員ともに亡骸になっている。鮮やかなその血液は、いまだに流れ続けている。


「ギィイイイイイイイアアアアアア!」


 妖魔が男に襲い掛かる。ゆっくりとその大きな口を開いて、丸呑みにしようとする。彼にもう、抗うだけの力は残っていなかった。ただ、あるがままを受け入れる。


 死の間際──彼は想う。


(あぁ。願わくば──次の生があるのならば、大切な人を守るだけの力が欲しい)


 そして彼の意識はそこで途切れた。



 †



 彼が死に幾星霜の時が経過した。彼の魂は世界を彷徨さまよい続けていた。そしてその魂は──ついに新しい肉体に宿ることになる。


「あぁ。生まれたわ……!」

「よくやったな。彩花」

「えぇ」


 一人の子どもが誕生した。誕生したのは──妖魔によって命を落とした彼だった。


(ここは……一体。俺は死んだはずでは)


 意識は明瞭としている。思考もできる上に前世の記憶も保持しているが、彼は自由に体を動かすことはできない。


 おぎゃあ、おぎゃあと彼の意思に反して体が声を上げる。


 そして彼には、討夜とうやという名前が授けられた。


「トウヤ! おいで!」

「うん!」


 荘厳な武家屋敷でトウヤは生活を送っていた。


 生まれてから一年。トウヤは生まれて一ヶ月で二足歩行ができるようになり、会話もできるようになっていた。


 優しい母と厳格な父のもとでトウヤは伸び伸びと成長していった。


「トウヤ。もう本が読めるの?」

「うん。おもしろい」

「あなた! やっぱりトウヤは天才よ!」


 さらに一年が経過した。二歳になり、トウヤは読み書きもできるようになっていた。不知火しらぬい家始まっての以来の天才。彼はそう呼ばれていた。


 そしてトウヤには妹が生まれた。一歳違いの妹であり、トウヤは妹の誕生を喜んだ。


「トウヤ。妹のしおりよ。仲良くしてね?」

「妹……」


 トウヤはまだ前世の記憶を持っていることを両親に伝えてはいない。しかし、前世で家族を守り切ることのできなかった彼は、考えていた。


 今度こそ、大切な人を守りきれるだけの力を手に入れたいと。


 それからまた年月が経過して──トウヤは五歳、栞は四歳になった。


「なるほど……色々とこの世界のことは理解した」


 トウヤは一人、自室で本を読み込んでいた。彼は既にこの世界がどのようなものであるかを理解していた。



夜魔ようまと呼ばれる異形が存在している世界。夜魔は夜が深くなるほど脅威が増していく存在であり、退魔師たちは夜魔と戦いを繰り広げている。俺が生きていた時代よりも遥か未来ではあるが、異形と戦うことに変わりはない。そしてこの不知火しらぬい家は退魔師の御三家と呼べれている名家らしい)



 トウヤは退魔師の御三家である、不知火家の長男として生を受けたのだ。


 彼には他の人間にはない、前世の記憶があるという大きなアドバンテージがある。彼は既に鍛錬を欠かさないようになっていた。もう、前世のような後悔はしたくはないから。


「父上! 本日も稽古をつけていただいても、よろしいでしょうか!」

「うむ。では、道場へ行こうか」

「はい!」


 不知火家当主である、不知火煉次しらぬいれんじはトウヤに稽古をつけていた。まだ五歳で幼いトウヤだが、父の煉次は彼に多大な期待を寄せていた。


「はぁ……!」

「む。やるな、トウヤ」


 木刀が激しく交わり合う。トウヤは父の教えを吸収し、既に剣術の基礎を納めている。さらに特筆すべきは、圧倒的な肉体性能。既に剣術は当主である煉次に迫りつつあった。


「今日はここまでだ」

「父上! しかし……!」

「流石にやりすぎだ。お前はまだ幼い。今はゆっくりと進むだけでいい」

「……はい」


 納得はしていないが、トウヤは頷くことにした。父をあまり困らせても良くないと思っていたからだ。


 そしてトウヤが道場を後にしてから、煉次は考える。


(トウヤは間違いなく天才だ。歴代の退魔師の中でも類を見ないほどのセンスを持っている。しかし──)


 煉次は手放しで息子であるトウヤの才能を喜ぶことはできなかった。その理由は後日明らかにされることになる。



 †



 トウヤは不知火一族の儀式に呼ばれた。覚醒の儀と呼ばれるもので、不知火の血を受け継ぐ子どもの魔術を呼び起こす儀式である。


 そこには本家だけではなく分家も集まっていた。トウヤは初めて一族全員の顔をここで目撃する。


(今までは知らなかったが、やはり御三家というだけあってそれなりの数だな)


 そして、母である彩花あやかは儀式を行う。


 並んでいるのはトウヤ、栞、そして分家の長男である火月かげつの三人だった。


 彩花はそれぞれの頭にそっと手をかざして魔力を流していく。


 こうすることで、潜在的に宿っている魔力や魔術構築式を覚醒させることができるのだ。


「栞、火月くんには不知火家の魔術構築式が宿っています。魔力はまだ小さいですが、将来的にはもっと大きくなるでしょう」


 おぉ、と一族の面々から声が漏れる。


 不知火家には火属性に特化した魔術が代々引き継がれていおり、それは血統魔術とも呼ばれる。


「トウヤは……」


 彩花は驚きのあまり、目を見開く。


 母である彩花はその真実を口にしたくは無かった。一方のトウヤは既に自分の状態について理解していた。

 

 トウヤは彩花と視線を交わし、こくりと頷く。彩花は諦めたかのように、言葉を発する。


「トウヤには──血統魔術はありません。そして魔力も……」

『なっ……!?』


 一族の誰もが声を上げ、その事実に驚愕する。血統魔術が発現しないことはあっても、魔力がないという事実は御三家の中でも記録されていない。


「魔力がない?」

「まさか、忌み子か……?」

「忌み子……不知火家に忌み子なんて……!」


(忌み子か。まぁ、こればかりは仕方がない。俺に魔力はない。それは前々からわかっていたことだからな)


 トウヤはすでに気がついていた。自分には魔力がなく、血統魔術も宿っていないことを。


(でも、俺は確かに自分の魔力の存在は感じる……本当の意味でないわけではない、と思うが)


 自分の手を見つめるトウヤ。彼は自身の体内に魔力は宿っていないが、魔力を扱うことのできる感覚のようなものを覚えていた。


 それが一体なんなのか。それは転生したトウヤも理解していない。


「おい」


 儀式が終了し、一族たちは解散していく。もちろん、不知火家に魔力無しという忌み子が生まれた件で話は持ちきりだった。


 そんな時、話しかけてきたのは分家の長男である火月だった。トウヤと同い年である火月は、ニヤニヤと笑いを浮かべていた。


 それが嘲笑であるのは、トウヤも理解していた。


「本家の長男が忌み子。お前、終わったな」

「終わった?」

「あぁ。忌み子は一族の面汚し。ま、不知火家次期当主はこの俺だろうな!」


 自分のことを指差す火月を見て、トウヤは特に何も思わなかった。すぐに踵を返して、その場から去っていく。


「おい! 無視するなよ!」


(魔力はない。生来存在するはずの血統魔術も俺にはない。確かに、俺の中に魔術構築式は存在していない。が、俺には何かがある気がする……)



 そんなことを考えながら歩みを進めていると、妹の栞が手を引っ張ってくる。


「お兄ちゃん」

「ん? どうした詩織」

「大丈夫?」

「あぁ。大丈夫さ」

「そっか」


 そんな時、ヒソヒソと声が聞こえてくる。それはトウヤに言及してのものだった。


「忌み子って……」

「本家の長男がねぇ……」

「でも、長男は──」

「彼は勘当されたでしょ。まぁ、時期当主は火月様かしらね」


 この日を境に、トウヤは一族のほぼ全員から蔑まされるようになる。嘲笑、冷笑、あざけり、揶揄やゆ、あらゆる悪意がトウヤに降り注ぐ。


 しかし、皆は知らなかった。


 トウヤは後に自身の真の能力に気がつき──世界最強の退魔師と呼ばれるようになることを。


 これは忌み子と呼ばれた劣等者が、世界最強の退魔師に至る物語。

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