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006_名無しダンジョン攻略_①


 オーマへと戻ってきた。


 今いる場所は、俺が腰を落ち着けていた国の僻地。いわゆる辺境だ。


 治めているお貴族様は辺境伯だったはずだから、本当に国の外れといっていいだろう。それも国境ではなく、魔境に接した位置であるという酷い土地だ。


 確か、所によっては辺境伯はただの田舎者扱いされ、中央貴族と色々と軋轢があったりするものだが、この国は辺境伯の重要性をよく理解しているのか、そのようなことはないと聞いている。


 まぁ、ふたつ隣の国が辺境伯家をないがしろにした結果、離反されて国が滅びたっていうのが最近あったからな。だからこの国でも、内心では田舎者とバカにしていた無能な下級貴族共が大人しくなったと云うわけだ。そう、俺みたいな孤児をまとめて養子にしてすぐ捨てたあのゴミみたいな輩だ。


 さて、いまいるのは深い深い魔境の森の中。辺境伯領に組み込まれているのかは不明だが、危険な魔物魔獣の類の棲み処となっている森。その外縁部、といっても安全な場所から歩いて5日程のところに、半径100メートルほどの綺麗な円形の平地がある。それこそ草木ひとつ生えていない。そしてその中央にある突き立つような大岩。そこがダンジョンの入り口だ。


 綺麗に切り取ったかのように四角い人工的な入り口と階段が、その岩の壁面に口を開けている。


 そして俺は、何故か撮影準備をしているサラを見ている。……カメラだよな? レンズっぽいのがあるんだし。なんか、形がUFOっぽく見えるが。


 アダムスキー型円盤だっけか? あ、角度を変えてみると、旧ドイツ軍のヘルメットみたいだ。なんだこれ?


「なぁ、その変なカメラ? はなんだ?」

「もちろん、撮影のためです。姉さんは配信者というのを知っていますか?」


 はいしんしゃ!?


「え? 信仰に対する裏切者!? 神の冒涜者とか」

「その背信者ではありません! というか、なぜそれが真っ先に!?」

「“はいしん”っていったら、信仰に背くほうの“背信”しか言葉が思いつかん」


 右手を額に当て、サラが天を仰いだ。


 いや、大袈裟だな!?


「いいですか、配信とは――」


 サラが事細かに教えてくれた。


「……俺が死んでからの四半世紀でそんなことになってんのか。つか、技術の躍進が凄くないか?」


 俺が死んだ2000年頃は、そんな文化はなかったぞ。

 いや、この1ヶ月で、通信関連技術がとんでもないことになっているのは知ったけれどさ。俺が死んだ頃は、まだ一部の人が趣味的にやってたレベルだったし。回線だってISDNだっけか? そんなんだったハズだし。


 スマートフォンなんてもう、俺からしたら完全にSFな代物だぞ。こんな薄っぺらいのに映像が! と驚愕したし、そんな代物をポイっとサラに寄越されて狼狽えたからな。しかもスペックを調べてみたら、俺の知ってるPC以上だったし。まさにプチ浦島太郎気分だよ。


 今のPCって、どんだけの性能になってんだろうな……。


 暇な時間にボケーっとテレビばっかり見てない方がよかったか。昼間のTV番組なんて、下世話なスキャンダルを好き勝手に妄想をこねくり回して垂れ流すだけ。25年経っても変わんねーなー、とか暢気に思っていないで、もっと現代技術に好奇心を持つべきだった。


「……まぁ、最初の死亡時からの年齢を数えれば、姉さんはアラフィフですしね。もうお爺ちゃん……いえ、お婆ちゃんですし」

「50代をお年寄り扱いするんじゃない! あいつらが年寄りであってたまるか! 年寄りってのはな、縁側で猫を膝に抱いて茶を啜ってるもんなんだよ!

 どう考えても長ドス持って組を壊滅させたりしないんだよ!」

「ちょっ!? え? 姉さん、どうしたんですか!?」

「前世……いや、前々世の身内の話だよ」


 俺は思い出せる限りの身内の逸話を話した。曾爺さんに爺さん、そして母親。なぜか各代やらかしてる。


 我が母上は、うるさい! って理由だけで、木刀片手に地元暴走族(珍走団)を壊滅させて警察のお世話になったからな。骨の折れてないガキはひとりもいなかったのに、何故か厳重注意だけで済んでたけど。


 いまにして思うと、祖父母がなにかやったんだろうなぁ……。各代なにかしらやらかしてるし。つか、警察組織にも影響を与えるって、ウチの一族はなんだったんだ?


「あの、姉さん? どうしました? 急に遠い目をして」

「いや、今更ながらウチの一族はなんだったんだと思ってな。何故か俺には知らされてなかったんだよなぁ。……学生だったからか? まぁ、今の俺からしたらなんの関係もないことだな。死んじまったんだし。

 準備はいいのか? そろそろ入ろう」

「あ、その前にひとつ。【青】様からのお願いごとがあります」


 神様のお願い?


「ダンジョンですが、先に説明した通りあの破滅神が自身の力を強力なものとするための装置です。アレが滅んだことで、ダンジョン機能の一部が機能不全を起こしています。緊急性はないのですが、ダンジョン内で死亡した者の魂の回収が阻害されている状態です。おかげでライラ姉さんが魂の回収に大忙しです。ですので、ダンジョンの完全攻略が成った際には、ダンジョンコアを挿げ替え、元のコアの破壊をしてほしいと」

「あぁ、あのキモ緑の置き土産ってことになるのか、ダンジョン」

「はい。しかも面倒なことに、もう深く人間社会に食い込み、なくてはならないモノとなっていますから、無闇に破壊もできません」


 だから中枢の挿げ替え、ってことか。まぁ、どうせダンジョンに入り浸るんだし、ことのついでにできるな。


「ということで、丁度よいので、このダンジョンで予行練習としましょう」

「ん? 練習って、挿げ替えって難しいのか?」

「いえ、攻略が難しいでしょう?」

「ここは小規模ダンジョンだから簡単だぞ。装備を新調した時には、慣らしを兼ねて最下層まで散歩したからな」

「あー。実入りが少ないせいで、アレが成長させなかったんですねぇ」

「まぁ、挿げ替えの手順は覚えられるか」

「……ちなみに、大規模ダンジョンとかだとどうなります?」

「ん? その分時間が掛かるだけだぞ」


 いや、なんで目をパチクリさせてんだよ。


 ダンジョンなんて、規模がデカくなったところで、出て来るモンスターがそれに合わせて1層から凶悪になるなんてことはないぞ。


 ……ところで、なんでカメラがフワフワ浮いてるんだ? まさにアダムスキー型UFOじゃないか。つか、どうやって浮いてるんだ?


「これは撮影用のドローンです。さすがにカメラを構えてのダンジョン探索は危険意識に問題がありますので。試作機なので、現状はカメラを括りつけてあるだけですが」


 ドローンがなんだかよくわからんが、まぁいいか。科学的なゴーレムみたいなもんか?


「どういう原理で浮いてんの?」

「イオンクラフトを参考に、マナを利用して浮揚しています。名称はそのまま“マナクラフト”と名付けました。科学というよりオカルトな技術です。自動人形(オートマトン)とゴーレムの中間のような代物となります」

「自動人形? ってことは、自律行動できるってことか?」

「撮影に関してだけですけれど。一応、認識阻害の機能もついているので、モンスターに狙われることは先ずありません。心配があるとするなら、撮影機材は普通に市販のものですので、耐久に難アリというところですか」


 あっさり壊れるってことか。まぁ、普通の市販品じゃなぁ。カメラ[武器]じゃねぇし。


「了解した。で、撮影っていうが、需要あんのか?」

「動画配信サイトというのがありまして、録画した動画はもとより、生放送もできます。素人でも手軽に手を出すことができ、事業として利益をだしている者もいます。そしてダンジョン探索関連の動画、生配信は人気コンテンツのひとつとなっていますね。まぁ、それで食べていけるほどの利益を出している者は、ほんの僅かですが」

「そりゃどんな職でもそうだろ。芸能系と同じような扱いってことだろ? それで食っていけるのは一握りだよ。つか、いまやそんなことになってんのか。時代に取り残されてるのを実感すんなぁ」

「動画配信や生配信は、私が試しにしてみるだけですので、お気になさらず」

「……言葉遣い――というか、使う単語にだけ気を付ける」

「俺っ娘の需要はあると思いますよ」


 なんだそりゃ。


 サラの準備を待って、ダンジョンへと入る。


 このダンジョンは洞窟型ではなく、迷宮型だ。なにがどう違うのかといったら、ダンジョン内部が自然のままか整備されているかの違いしかない。


 綺麗に切りそろえられた石材が積み重ねられた壁に、タイル張りの床。天井もきれいなアーチを描いている。


 そして不明な光源により、内部は昼間の屋内程度には明るい。


「なかなかに綺麗な作りですね」

「迷宮型はだいたいこんな感じだな。ただ、迷宮によっては灯りの色が違うから、それぞれで印象は大分変わると思うぞ。最悪、灯りがなく真っ暗な場合もあるしな」

「それは面倒ですねぇ」

「普通に明るいダンジョンでも、ゲームよろしくダークゾーンがあるダンジョンもあるしなぁ。あれ面倒なんだよ。モンスターは気配を察知できっけど、道も罠も分からんからな。下手に壁に手を付けて歩くこともできねぇし」

「ダメなんですか?」

「たまに手首を喰われる」

「はい?」

「真っ暗で罠が判別できねぇからな。喰らうしかない」

「【暗視】スキルとか暗視装置があれば回避できるのでは?」

「それも無駄。あっても真っ暗。だからダークゾーンは面倒臭いんだ。対処はふたつ。回れ右して帰る。一通仕様で戻れなければ、脱出アイテムなり転移魔法なりでダークゾーンから離れる。それができなかったら―――」

「できなかったら?」

「頑張って探索して抜けるしかないわな」

「最悪ですね」


 てくてくと進む。モンスターはまだ見当たらない。このダンジョンは全12層。1層~3層は恐らくは最弱といっていいモンスターのみ徘徊し、しかもその密度もひくい。


 というか、そのモンスターも約8割は非戦闘型でという有様だ。


 お、発見。


「姉さん。なにか目? のついた毛玉がいますけど」

「あれがここのモンスター。見てくれは“ケセランパサラン”みたいなもんだな。ただサイズはあの通りポメラニアンくらいあって、色も白だけってわけじゃない。赤虎、黒、三毛と殆ど猫だ。ついてる目も猫っぽいし。ウサギやハムスターみたいに単色で猫目じゃないけど」

「殺人毛玉ですか?」

「そんな上等なもんじゃないよ。さっきも云ったが最弱だ。つか、あれは無害だ。捕まえて家に放っておけば、勝手に掃除と害虫駆除をしてくれるぞ。まぁ、始末した害虫はそのまま放置されるから、こっちで死骸を処分しなくちゃならんが」

「……優秀ですね」

「お掃除ロボットだな。しかも手触りがもふもふ。たまーに捕獲依頼とかあるんだよ。ただすばしっこいから捕まえるのが大変でなぁ……」

「問題ないんですか?」

「あれに関しては問題ない。屋外には絶対にでないからな。家の中に放り込んだらそこを棲み処として、延々と埃を除去してくれる。魔法系生物だから餌も不要だし繁殖もしない。或る意味ペットに最適だな」

「便利すぎませんか」


 毛玉の脇を通り抜ける。ちなみに、いますれ違った毛玉は赤虎で、正面となる部分、額のところに白い石が嵌っていた。

 あれだ、カーバンクルの額についている宝石。あれみたいなものだ。白と青の石の奴は無害だ。


 だが――


「今度は群れていますね」

「あー……一匹は有害な奴だな。普通のモンスターだ」

「みんな同じに見えますよ」

「あの赤い石の奴は普通に襲ってくるぞ」


 銃を抜き、とっとと始末する。


 形状は自動拳銃そのものだが、その実は魔法の発動体だ。無属性魔法の【魔法弾】を銃の弾丸のように射出する。


 銃を向け、引き金を引く。


 撃ちだされた青白い【魔法弾】が毛玉を撃ちぬいた。たちまち周りにいた4匹が逃げていく。


「見た目はほぼまったく一緒の別のモンスターなんだよ、こいつ」


 ドロップアイテムを拾う。落ちているのは、確定ドロップの魔石と、額? についていた赤い石。今回は落ちなかったが、毛皮が落ちることもある。毛皮としては小さいものだが、肌触りが良いため人気ではある。


 ただ、こいつを好んで狩る者がいないため、お値段は高かったりする。


 なぜ狩られていないのかって? 費用対効果が割に合わないんだよ。確かに毛皮は上等なものだ。だがサイズが小さい。だからある程度まとまった数を揃えないと買取りをしてもらえない。そりゃそうだ。商品に加工するに足りない半端な素材なんて、死蔵するしかできないからな。正直、捨てるに捨てられない邪魔な代物にしかならない。


 じゃあ、買取りしてもらえる最低限数を集めてとなると、狩るのにどれだけ時間が掛かるか分かったもんじゃない。一応、レアドロップだからな。だから高くても誰も狩らないんだ。ちなみに、無害な方は石しか落とさない。


「姉さん、毛玉はどんな攻撃をしてくるんです?」

「毛を逆立たせて突撃して来るだけだ。ダメージも、毬栗(いがぐり)を投げつけられた程度だから、たいしたもんじゃない。とはいえ毒があるのが厄介と云えば厄介と云える。だが痛みと腫れがちょっとある程度だ。たいしたことじゃない。まぁ、治るまでは、患部に触れると思わず震え上がるが」

「あー。地味に痛い感じですね」

「そう。それにちょこまかとすばしっこいから、かなりうざいぞ。いまみたいに動き出す前に狙撃して始末するのが一番楽だな。弱いから【魔法矢】一発で仕留められるし」


 ウェストバッグにふたつの石を放りこみ、テクテクと進む。


 ここには体格の変動による戦闘勘の調整にきたんだ。そのための目的地であるボスのところまで、とっとと進まねば。


※次回は明後日となります。

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