043_APPENDIX:再戦後【同舟会】
「厳真、どうだった? 因縁との再戦は。俺は俄かには信じられんかったが……イオ様のあの言を聞いたら信じるしかねぇしな」
重実がウィスキーグラスを傾けつつ、宮城に訊いた。肴として摘まんでいるのはチョコレート。この組み合わせを好んでいる者は少数派であろう。
時刻は夕刻。すでに神令家の面々や【ウィッチズ・ネスト】のふたりは帰宅している。
「手も足もでねぇってなもんだよ。殆どハンデ戦でやりあったってぇのに、あの様だ。前回云われたことが身に染みたね。独学でやってきたのをまたしても後悔するとは……」
「いい勝負だと思ったがな」
「いい勝負なもんか。魔力装甲で打撃が通らねぇってぇのは、確かにたまったもんじゃねぇが、そもそもの話、当たらなけりゃ装甲の有無なんて関係無ぇ。
実際、どんなもんか試したくて本気で打ち込んでも、ぜんぶ躱されちまったからな。それどころか、さんざんっぱら厄介な急所を突かれて、いまだに右腕と左脚は痺れたまんまだ。
ま、ここまで綺麗にやられちまったら、さすがに諦めもつくし、未練も切れるってもんだ」
そう云ってスルメを苦々し気に食い千切った。重実としては、ウォッカとスルメイカの組み合わせに関しては非常に懐疑的だ。というかだ。いま宮城が飲んでいるウォッカは、日本では販売が禁止された銘柄ではないのか?
「負けてからずっと、ずぅぅぅっと奴に勝つための対策を練って修練してきたんだ。なんで負けたのかおおよそ理解してたからな。実際、あん時と基本的にヤツは変わってなかったしな。旦那も見てたろ? あのやたらと大雑把な戦い方」
「あぁ。イオ様、足運びやらなんやら、まるで素人みたいだったな。見ようによっちゃ、才能だけでゴリ押ししてるとしか見えんな」
「ありゃ演技だ」
宮城厳真はグラスのウォッカを一気に飲み干し、顔を顰めながら大きく息を吐き出した。
「ったく。化け物だよなぁ。技量が上がれば上がるほど、普段の動きもそうなるってのによ。どっからどうみてもその辺を歩いてる素人同然の動きをしてるんだぜ。何をしてくるのかがまったく読めん。
俺が挨拶代わりに打った正拳にしがみつくなんてことやってただろ。あの一瞬で膝で俺の肘を打って麻痺させやがったからな」
「殺気も無い、素人にしか見えない、だが殺意をみせればあっという間に殺される。坐来がまさにそれだったな。いや、あれは素晴らしかったな。どう動いたかしっかりと見てわかっているのに、どうやってそれを成したかがさっぱりわからんなんてのは初めてだ。
ヘビが人の体を登るのならあんな感じかと真っ先に思ったからな」
「念動使いってのは知ってるが、あれ、念動無しの体術だけだぞ。組打ち術に向いてる連中の師匠にでもなってくんねぇかなぁ」
無理だと分かっていることを口にしつつ、宮城はグラスにウォッカを注いだ。
丁度その時、重和が酒瓶とつまみを片手にやってきた。手にしているのはビールの大瓶。つまみは赤いパッケージが印象的なスナック菓子だ。
3人が3人とも、お前らの酒と摘まみの組み合わせはおかしいと思いつつも、その事を指摘するような無粋な真似はしない。
好みは人それぞれだ。
「和、始末は?」
「5番隊はあっちへ回します。麻葉がそばにいれば、増長した鼻っ柱も折られる前に切り捨てれられるでしょ」
「坐来は今日、完膚なきまでにへし折られて散ったけどな」
「いやぁ、あそこまで躊躇なく首を折るとは思いませんでしたね。さすがは汚れ仕事を一手に引き受けていた一族というべきでしょうか。おぉ、怖い怖い。
ちょっとイオ様とそのことについて話しましたけど『根性無さ過ぎだろ。せいぜいあと4、5回くらいはあがけってもんだ。山常だって1回じゃ折れなかったんだぜ。まぁ、ありゃただの馬鹿だったけどよ』って云ってましたよ。
……正直、山常以下と称されたのは悔しくもありましたが、実際、あの様でしたからね。まったくもって腹立たしい。恥さらしが。こっちから喧嘩売った以上、根性みせろってんだグズが。
……一番面倒なダンジョンであの馬鹿共には苦労してもらいましょう」
重和はビールを一杯一気飲みすると、バリッとスナック菓子の袋を開けた。どうみても酒のつまみには似つかわしくない。
だが父である重実はチョコレート、息子である重和は甘みの強いスナック菓子。
両方とも菓子がつまみってのは、親子だからかねぇ。などと宮城はしみじみ思っていたりする。
「んで、こっちの教導役はどうすんだ? 俺ぁ、前から云ってるが無理だぞ。そういうのにまるっきり向いてねぇからな」
「2番隊を解散します。姉崎が受けた負傷のために今後探索者稼業をつづけるのが難しくなったことと、坂上が精神的に継続不能となりましたから。ふたりにやってもらいましょう。現場は無理ですが、師範役はできますから」
重和の言葉に、重実と宮城は顔を見合わせた。
「折れちまったか。まぁ、仕方ねぇな。あのゴブリンの動きは俺も映像でみたが……あんなもん、事前情報なしでどうにかできるわけもねぇ。逃げ一択だ。殺し合いをしてんだからよ。殺されても誉れも何もねーんだ。逃げ逃げ。つーか、誤情報渡された状態でやりあうハメになったんだ。生きてるだけでめっけもんだよ」
「厳さんをしてそう云いますか。……となるとイオさん、こういってはなんですけど、まさに化け物ですね」
重和の言に、重実の目がスッと細まる。
「おい、和」
「侮蔑とか、そういうのではありませんよ。室戸がさっき話を聞いてきたんですよ。狩木がおかしなレベルで強くなっていたでしょう? それを含めて」
重実に続き、宮城も重和に鋭い視線を向けた。
「イオさん、モンスター相手の戦闘方法の教導役として、適当なモンスターを相手に散々戦ってたそうですよ。問題なく殺せてそれなりに強い、人間と同程度の体格の人型モンスターを相手に。
イオさん、云っていたでしょう? 坐来の首を折った時、これは黄頭がやる戦い方だって。黄頭相手に短剣の扱いを学び、それが終わったら黄頭の武器を奪って、素手での戦闘の修行をしてたそうです。それもバックアップ無しの1対1で。それこそ数えきれないほど。いいかえれば、その日の修行の最後に黄頭を殺して終了、それを連日ということです。
そんな狂ったことをしていたから、麻葉たち相手にに黄頭の真似事をして模擬戦ができたそうですよ」
肩をすくめる重和の前で、重実と宮城が、同じように口元をひきつらせた。
「アレを手本にしたのか? そういや、坐来の首を折ったアレ、確かに黄頭が使うって云ってたな」
「ははは、さすがは神令の血統! やることがまさに脳筋な英雄のそれだ! 素晴らしい!」
神令家のファンたる重実は大はしゃぎだ。実際、今日、彼女たちとの別れ際にサインを願い、困惑させるという一幕を演じている。
尚、そのサインは額に入れられ、既に重実の自室に飾られている。
「本当にやってることが無茶苦茶だな。あぁ、いや、ある意味納得ではあるなぁ」
「どういうことです? 厳さん」
「ヤツの実家……あー、神令じゃないほう、前世の方な。そこの、俺が手合わせしたかった道場主ってのが事あるごとに云ってた台詞ってのがあるんだよ。確か――
『逃亡せしは士道不覚悟、死して屍拾うモノ無し、士道とは死ぬこととみつけたり』
だったか? それを実践していたような御仁だったからな。あー、旦那は知ってんじゃないか? 爺ひとりに潰された組の話。それをやらかした御仁だ」
「あれか! 親父がそれを聞いて『組、畳むか』とか云いだしたんだ。どいつもこいつも不殺で寝たきり回復見込み無しな有様になってたからな。表沙汰にゃなってねぇが、親組織もボロボロにされてたからな。上が軒並み潰されてチンピラの集まりになっちまっちゃ、もう組織としてまとまらねぇよ」
「……うわぁ。とばっちりでウチが潰される前に看板下げて正解でしたね。どんなに無関係でも、極道って点では一緒ですし。……あとで爺さんの好きだった酒を供えときましょう。確か摘まみは――」
「かりんとうだ」
「お前らの血統はなんなんだよ。甘党なのか辛党なのかはっきりしやがれ」
宮城が呆れた目でふたりを見つめた。そしてため息をひとつ。
「それにしても、本当にあの爺さんとは手合わせしたかった。だが道場破りにいったときにはもう亡くなられててな。後継ぎとかほざく、お遊戯してる若造をぶちのめしたところで、アレと遭遇してこてんぱんに伸されたんだ。
あぁ、今日、やりあえて良かった。色々とわだかまってたもんがスッキリしたってもんだ」
「……厳さん、なんかやりきった感を出してますけど、これからは庭師に専念するとか云わないでくださいよ」
「ストレス解消も兼ねて、これからも道場には顔を出すよ。体が云うことを利かなくなるまではな」
そうして、なんとなしに3人はグラスを掲げ、カチンと打ち鳴らした。
と、その時、スパン! と襖が開いた。
部屋に入って来たのは和だ。
「あー。まだ飲んでる。いい加減にしておかないと、夕ご飯が入らなくなるよ」
和が車座になっている3人を呆れたようにみつめた。どこぞの貧乏学生じゃあるまいし。せめてちゃぶ台を使えというものだ。
「そん時はそん時だ。なに、1食くらい抜いても死にやしねぇよ」
「そうですよ。たまにはいいじゃないですか」
祖父と父の言に、和は目をそばめた。尚、宮城は障らぬ神に祟りなしとばかりに、そそくさと自身の酒と肴の片づけをはじめた。
「今日の晩御飯のメイン、イオさんから黄頭討伐成功祝いに貰ったドラゴンのお肉なんだけど。ドラゴンステーキだよ。それ、食べなくていいんだね? 討伐戦の打ち上げも兼ねてるから、麻葉さんたちも来るし、ひとり頭の量が増えるから丁度いいか」
これみよがしにボソリといったところ、バタバタと重実と重和は片づけを始めた。尚、ちょうど宮城は片づけを終えた。まぁ、酒瓶とグラス、そしてスルメイカだけだ。丈の低い和箪笥の上に乗せてそれで終わりだ。
「いやぁ、食事はちゃんと摂らないといけませんね」
「せっかく作ってくれたもんを無下にしちゃいけねぇ」
「……お前ら、調子いいな」
自分は違うと云わんばかりの宮城に、和は呆れたような視線を向けた。
「始めるのは7時からだから。それまでに少しはお酒を抜いておいてね。どうせまた飲むんでしょ?」
孫の言葉にばつが悪そうな表情を浮かべると、息子に視線を向けた。その視線を受けた重和は、困ったような笑みを浮かべるだけだ。
「まぁ、まだ3時間ある。サウナでも入りに行くか」
「そうですね」
「足はどうすんだ?」
「室戸を――」
どやどやと話しながら部屋を後にする酒のみ共を見送りながら、和は呆れたように肩をすくめた。
そして――
「室戸さんのお肉はすこし大きくしておこう」
そう、孫娘は決意をしたのだ。




