042_再戦_②
「また派手にやらかしたなぁ」
「大々的な衆目がないからな。それだったら普通に対処するさ。こんなバカの為に手加減なんて面倒なことやりたかねぇよ。とはいえ全力ってのも大人気ないからな。片手間程度で処理した。やらかしてもサラがフォローしてくれるしな」
「だからって、まさか簡単に首をへし折るとは思わねぇよ」
おっさんとふたりで、足元で這いつくばる坐来へと視線を落とす。
「普通、武道の修行ってんなら、真っ先に礼儀ってのを叩き込まれると思うんだが。元極道のここなら尚の事」
「即戦力を求めた結果だ。状況が状況だったからな。それが伝統みたいになっちまったんだよ。こいつ、こんなんでも五番隊のリーダーだ」
「まぁ、まともなヤツから死んでいくってのは道理だけどよ。だからってこれはねぇだろ。よくその五番隊は保ってるな。内輪揉めとかしそうなんだが」
「腕力で黙らせりゃどうにかなるってことだな」
「あー。それ、背後から味方に刺されて死ぬやつだな。もしくは戦闘中に蹴り倒されて、ひとり置いてけぼりにされるやつ」
そういうと、おっさんは目を細めて俺を見つめた。
「まるで見て来たみたいに云うな」
「実際見て来たんだよ」
俺はちょこんと、和嬢と並んで三角座りしているシャティに視線を向けた。おっさんも俺の視線に合わせて、シャティを見る。
「……あのエルフの姉さんとどうやって知り合ったんだ?」
「そりゃ、向こうの世界で仕事をしていて知り合ったんだよ。シャティがクライアントで、俺はその仕事でダンジョンを走り回ってたからな」
そう答えると、おっさんは「マジかよ……」と呟いた。
見た目は老けたが、口調自体は変わらんか。実際俺も、前世から数えたら50に手がかかってる年齢だってのに、口調はこの有様だからな。
「おっさん。異世界はあるぞ。もっとも治安はメキシコとか南アフリカ張りに悪いけどな。人の命より紙屑の方が価値のある世界だ。なにせ紙屑は火種に使える」
「夢も希望もねぇな」
「身分制度はインドのカースト並みだぞ」
「絶対行きたくねぇ。つか、よくそんなところで生き残れたな」
感心……というよりは、呆れるおっさんに俺は肩を竦めて見せた。
「一定年齢になると教会で能力開花の儀式を受けさせられるんだよ。鑑定の上位版みたいなもんだな。で、俺も人買いに取っ捕まって受けさせられたんだ。結果、能力だけじゃなく前世まで引っ張り出されてな。おかげで考え方がガキから大人になったからな。それで逃げ延びることができたって感じだ。でなけりゃたかが5歳児だ。良いように使い潰されて終わりだよ」
そんな痛ましいものを見る目で見るなよ。
「んじゃ、やるとしようか。その為に来たんだ」
「そんな話を聞かされた後じゃ、とんでもなくやりにくいんだが!? なりもそんな有様だしよ」
「そこは割り切ってくれよ。あぁ、そうだ。基本、前の時と同じ状態ってことでいいよな。俺も能力なしでやるつもりなんだが。ただひとつ了承してくれ」
「なんだ?」
「バカみたいにレベルが上がっちまったせいで、常時魔力装甲が展開されてる。これの止め方なんぞ知らんからな。無駄に防御が堅いんだ、重装甲車並に」
「……そういや、山常のグレソで吹っ飛ばされてもケロっとしてたな」
「そういうことだ。んじゃ、やろうか」
道場中央に立つ。それに対峙するようにおっさん。
蹲ってた坐来は、周りで見ていた連中が慌てたように引き摺って退場させ――あ、室戸さんだ。容赦なく拳骨を落としてんな。室戸さんよりアレ、年上だろうに容赦無ぇ。
「では、私が開始の合図をしよう」
そう云って側に来たのは重和さん。……重実さんから逃げて来たのだろうか?
「両者、準備はよろしいか?」
「おうよ」
「問題ない」
おっさんと俺が答える。
「試合、はじめ!」
さぁて。身体的にはこっちが全部下。リーチ、コンパスはまったく足らず、体重も軽けりゃ膂力も残念と来たもんだ。念動無しだと哀れもいいもんだな、俺。
そんな俺にあっさり殺された坐来は、酷いの評価でも足らねぇよな。
まずは一気に間を詰める。ガキんちょボディのこの俺が受け手に回ったら、そのまま押しつぶされて終わる。ならばやるべきは攻撃のみだ。
防御はしない。すべきは回避。
おっさんはというと、まさか愚直に突撃して来るとは思わなかったのか、それとも想定していたのかは知らないが、これまた俺同様に愚直に右拳を撃ち込み迎撃をはかる。
っつか、それ、前回と同じだぞ。俺は再現してるつもりはねぇんだけどな。
前回はここで腕を掴んで一本背負いを掛けつつ肘を極めてへし折ろうとしたんだ。
が、今回はこの身長差だ。とてもじゃないが投げなんぞ打てない。
打ち込まれた手首を掴み、そのまま腕に飛びつき足を絡める。
このまま相手の肘を足で極めて折れば、真剣白刃取りの最後の部分なんだが――
スポン! とでいう効果音でも聞こえそうな勢いで腕を引き抜かれた。
「おいおい、おめぇさん、そんなこともできんのかよ」
「白刃取りは嗜みみたいなもんだろ。つか、逃げなくとも多分失敗してたぞ。思ってた以上に俺がちっこすぎる。うまく極められたかわからん」
「バカ抜かせ」
おっさんは軽く右腕を振りつつ、だらりと下げた。
関節は極められなかったが、もうひとつの狙いは上手くいったみたいだ。
いわゆるファニーボーンなんていうやつだ。肘に力を加えることで、尺骨神経に刺激を与えることで起こる、瞬間的な麻痺状態とでもいうやつだ。
「どう頑張っても体格差は覆せないからな。小技で対抗するしかないんだよ」
「おいおい。これじゃ打撃でしか攻撃できねぇじゃねぇか。しかもそれは無駄と来た」
「悪ぃな。さっきも云ったが、魔力装甲は切れねぇんだよ」
「くっそ。こうなったらルール変更だ。プロレスでいいか? でないと俺の勝ち目が欠片も無ぇっ!」
「フォール3秒で決着ってか? 多分、俺がおっさんを抑え込むのが無理なんだが?」
「そっちはなんでもアリで構わん。打撃でのそうが、坐来みたいに首を折ろうが好きにしろ!」
まぁ、いいか。確かにおっさんの云ってる通りだろうしな。素手の打撃なんぞ俺には通らん。
「んじゃ、それでいくか」
「なんか趣向が随分と違っちまったが、まぁ、しゃーねーな」
かくして、若干のルールの変更を行い、試合を再開した。
約20分後――
「畜生! 負けだ負けだ! 勝てるか! くっそ、ちったぁマシになっただろうに、お前に届かん!」
おっさんが肩で息をしながら、どっかと畳に座り込んだ。
「抜かせ。前世の俺だったら確実に負けてる」
「27年掛けて、前の時から一切成長していないお前に勝ったところで嬉しかねぇよ」
「それなら引き分けでいいだろ。俺だって能力なしでの酷さに泣きたいくらいだ。このナリが恨めしくてしょうがねぇよ。なんで人間ひとり相手にしただけで、ドラゴン退治より疲れてんだよ」
俺もおっさんに合わせるように、ぺたんと座り込んだ。
なんか周囲にいるギャラリー連中が静かだが、まぁ、どうでもいいか。そんなとこまで気にしていられん。まさか足にクルまで疲弊するとは思わなかった。
能力無しだとこの様か。すくなくとも現状の体の素のポテンシャルを実感できたことはいいか。
「ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんでプロレス技ばっかりだったんだよ。ウラカン・ラナなんか初めて喰らったぞ」
「俺の筋肉と体重だと、まともに戦えねぇからだよ。通用しそうなのは、メキシカンプロレスなんかにある奇抜な技くらいだ。面白いことに、黄頭や赤頭が無手になると似たようなことをやらかし始めるんだ。坐来の首を折った技は、黄頭がやってたやつだぜ。おっさんの2倍くらいあるフルアーマーの筋肉だるまがアッサリ殺されてた。あれは酷かったな。仲間連中、見捨てて逃げてったし」
それを見た後、試しに別の個体に武装解除してやったら、余計面倒臭くなったんだ。もっとも、教導役としてはマンネリ化していたからな。無手での戦い方を学べて面白かったが。
……戦闘のやり口がえげつないのが多かったがな。目つぶしだのの急所破壊は基本だったし。
そんなことを考えていたら、ひょいと持ち上げられた。
「クロウ、お疲れ」
「放せ放せ。いまの俺は汗だらけだ」
俺を抱えたシャティにそう云ったら、あっさりと【浄化】を掛けて汗はもとより、汚れの一切を除去した。
「和。お風呂貸して」
「あ、はい。――いえ、さすがにお風呂は沸いてないので、シャワーの方で」
「ん。構わない」
俺は早々に諦めて脱力した。実際、疲れ切っているし、なにより試合終了で気を抜いちまったからな。すっかり体が弛緩している有様だ。ここまで疲れたのはいつぶりだ? まったく思い出せん。
「姉さん、今日は大人しいですね」
「暴れる体力もねぇ。素の能力がここまで酷ぇとは思わなかった。毎日体力錬成しているにも関わらずコレだぞ。トレーニングの見直しをしたほうがいいかな」
「毎日ハーフマラソンをしている人がいう台詞ではありませんよ」
呆れるサラの声を背後に聞きつつ。俺はシャティに抱えられたまま、和嬢の後をついていくこととなった。
そういやこの後の予定を考えてなかったな。




