041_再戦_①
4月9日、水曜日。
今日は【同舟会】の所へとお邪魔する。行く面子は俺とサラ、そしてシャティ、ラクの4人。
家にこもりがちのラクに、ハクが「今日はラクが行っといで~。出掛けることで得る刺激も楽しいものよ」と云った結果だ。
明日は明日で、JDEAに行くことになっている。
なんだか妙に忙しくなってきたな。
指定された駅で降り、迎えの車に乗って移動すること40分。
なんだか武家屋敷みたいな佇まいの屋敷へと到着した。
「ここ、【同舟会】の本部じゃありませんよね?」
迎えに来てくれた室戸さんに問う。昨日の黄頭戦で盾役をやっていた御仁だ。
あー。うん。それについては、しくじったなと思っていたりする。
いや、黄頭相手に大盾は悪手なんだよ。というかだ。機動性と運動性がイカレテるような相手に、大盾で立ち向かうのは自殺行為に等しい。
簡単に回り込まれて詰むかならな。
麻葉さんたちと演習した際に、多分、俺、云い忘れてたんだろうなぁ。
「えぇ、本部は都内ですから。ここは会長の自宅となります」
室戸さんの答えを聞き、立派な門に目を向ける。
うん? 表札には……【芦見】ってあるな。
インターホンで室戸さんが到着の連絡をすると、芦見さんが出てきた。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました。ウチのじっちゃんが我儘をいって申し訳ありません」
芦見さんが深々と頭をさげた。
「あー、いいよいいよ。むしろ動きだけで俺が誰か分かるって時点で、執着心が尋常じゃないだろ。ここで会わないなんて選択をしたら、面倒が目に見える」
「本当にすいません」
再度、芦見さんが頭を下げた。
「お嬢、これから車を戻しにいきます。あとはお願いします」
「あ、うん。室戸さん、お疲れ様」
「では、失礼します。みなさん、後程また、道場で」
室戸さんが黒塗りの国産高級車に乗り込み、門前から走り去る。俺たちはというと、芦見さんについて門をくぐった。
庭園がやたらと立派だ。
実家を思い出すな。まぁ、さすがにここまで広くはなかったが。こっちに戻って来てから、一度、ついでで見に行ったが、跡形も無く無くなっていた。
本来の目的の墓も見てきたわけだが、俺の存在は無かったことにされたようだ。墓碑に俺の名はなかったからな。
実家の辺りはダンジョン災害から免れた地域であったわけだから、そのあたりの事は問題なく手続きだのなんだのは出来たはずだ。にも関わらずこの扱いとは。
姉弟関係は悪くなかったと思ってたんだがなぁ。
「父が是非とも挨拶をしたいと言っていますので、まずは自宅の方へ案内しますね」
「お父さん……親分さんかな?」
「あの、それは曾祖父の時代ですので、祖父が解散して、いまはカタギです。……やっぱりわかりますか?」
「麻葉さんの雰囲気がそれそのものだったからなぁ」
「……ですよね。解散といっても、看板を外しただけですから」
芦見さんが苦笑する。
そしてその後の御父君との対面は、こちらが苦笑することになった。
まぁ、なんというか、芦見さんの父である重和さんは普通のおじさんだった。貫禄は十二分にあったけれどな。とはいえそれは筋者とは微妙に違う。やり手のビジネスマン的な方向だ。
その御仁にやたらと感謝された。まぁ、面倒なことになってたからなぁ。JDEAの依頼を一度受けた以上、それを“できませんでした”と辞退するのは面子に関わるからな。
日本の5大クランの一角である以上、それは避けたい状況であったわけだ。
尚、こうして話している間、シャティが退屈で変なことをしやしないかと冷や冷やしていたんだが、シャティはシャティで芦見さんを捕まえて、褒めちぎることに専念していたようだ。
『【呪文使い】として初実戦であれは上出来、褒めちぎらなくてはならない。もちろん反省点もあるが、恐らくそれは自覚しているはず。ならば私からいうことはなにもない。なにがご褒美をあげねば』
と、妙に怪気炎を上げていたからな。なんというか、久々の教師業の成果に思うところがあったようだ。
今後行われる、企業とJDEAの錬金術師の育成もうまくいけばいいんだが。
さて、重和さんと話している最中に、祖父である重実さんが乱入。土下座する勢いで礼をいわれた。というか、まさに感極まる感じの有様となっていた。
……これもライラさんの情報操作が原因のようだ。“神令”の立ち位置についてはある程度理解したつもりだが、どうにも戦前の皇族に対するのと同等の感覚の方々が量産されているみたいだ。
ちなみに、この重実さんが例の道場破りのおっさん、宮城何某氏を拾って更生? させたらしい。
そういやあのおっさん、あの当時なにをやって生計を立ててたんだ? どこぞの格ゲーの主人公よろしく、俺より強い奴に会いに行く、なんてことをやってたみたいだが。
ひとしきり話をし、ついでに協力体制を取ることも決めた。
今後、こっちでいくらか商品として探索者の生存率をあげる物品を出していく予定だが、その実用試験……というよりは、それらの扱いの伝道者的な者が欲しいからな。
いちいちウチでそこまでの面倒はやってられない。それだけに忙殺されるなんて御免だ。だが大手クランの【同舟会】なら、構成員に扱いを教えることができるし、そこから波及すれば他の探索者にもひろがるだろう。
JDEAに任せると、無駄に金儲けしようとする馬鹿者とか出てきそうだしな。あそこ、しっかりしている人はいるにはいるけど、好き勝手にやらかしてるバカも多そうだからな。
ちなみに、現状でお願いするのは【呪文使い】となるためのイロハだ。幸い和嬢が【呪文使い】として大成しそうだからな。できるなら【魔法使い】にまで至ってほしいところだ。
感受性やらなんやらを考えると、年齢的にはギリギリなところなんだよな。まぁ、シャティが結構入れ込んでるから、芽はまだ十分にあるんだろう。
ひとしきり話をしたあと、俺たちは重実氏に案内されて道場に向かった。ここの道場には、クランのトップチームのメンバーと、見どころのある若手が集められているそうだ。いわゆるエリートという者たちだ。
道場にはいると、一番奥、【不抜之志】と記された掛け軸を背にひとりの男が座っていた。
そしてその男への道筋といわんばかりに、道場の両脇に弟子たちが並び座っていた。
男の顔を見、思わず口元が緩む。
「いよぅ。久しぶりだな。随分と老けたなぁ」
「あれから何年経ったと思ってやがる。もう27年だぞ。年も取らぁな」
「にしちゃ、随分と若い恰好じゃないか。まさかあん時と同じような恰好でのお出迎えとは思っても無かったぞ」
男、宮城の恰好は色褪せたジーンズにくたびれたシャツ一枚という格好だ。いい年だろうにしっかりと鍛えた体のせいで、パツパツだ。
ちなみに、俺の服装も似たようなものだ。どうせなら道場破りの時の再現にしようと思ったからな。
「ぬかせ。お前さんもじゃねぇか。おまけに随分と可愛らしい姿になっちまって」
「おぅ。新宿でダンジョン生成災害に巻き込まれちまってな。オーク5体を道連れにしたところでくたばっちまった。ま、女っ子ひとり助けることはできたからな。俺の人生としちゃ上出来ってもんだろ」
そう返したところ、急に周囲がざわつきだした。
なんだ? なんかおっさんも驚いたように目を見開いてるし。
「サラ、俺、なんかおかしな事を云ったか?」
「あー……なんといいますか。後でお話します。姉さんがこっちの世界を離れていた間に起きた事ですから」
なんかよくわからんが、雰囲気からして、多分、ライラさん絡みとは別ってことだな。ん? ってことはだ、オーク共とやり合ったことが知られてんのか? かなり無様な死に方をしたんだ。もしそうなら、恥ずかしいったらないな。
自分を鼓舞するために、入切り散らかしたことを云ってハズだからな。
「さて、それじゃさっそくやるか」
「待てやガキ。お前みたいなのが宮城さんと手合わせなんて百年早いんだよ」
なんか横から口を出された。
「おい坐来! てめぇ引っ込んでろ!」
おっさんが立ち上がって怒鳴った。だが坐来とかいう若造は引かない。
「引きません。こんなガキが師匠と手合わせできるなんて、赦す訳には行きません」
もう少し取り繕えよ。顔にニヤケが出てんぞ。心にもないこと云ってんのが見え見えだ。そんなに神令の名を潰したいかね。
「いいよいいよ、おっさん。準備運動代わりだ。相手をしてやるよ、小僧」
そういうとおっさんは顔を顰め、坐来はニヤケを隠す努力を捨てた。
「安心しろガキ。手加減はしてやるよ」
「いんや。やるなら俺をぶっ殺す気でヤれ。関係無ぇカスに水を差されてクソ気分が悪い。安心しろ。お前ぇが納得するまで、何回でも殺してやる。
サラ。悪いが始末は頼むな」
「仕方ありませんね。そこのあなた。一回はサービスしましょう。二回目からは有料です」
サラの言葉に、坐来はバカにしたような表情を浮かべて肩を竦めた。
互いに道場中央に向かい合って対峙する。身長差は60センチくらいか? ま、オーガを相手にしていると思えばいいか。トロールよりは小さい小さい。
おっさんが仕方ないとばかりに、開始の合図を告げた。
途端、偉そうに坐来は、コイコイと云わんばかりに手を伸ばして人差指をクイクイと動かしている。
ダメだコイツ。他者の実力を見る目がなってねぇ。それじゃ、分からせるとするか。
テクテクと進み、一気に距離を詰めてフェイントをふたつ。さっくりと背後に回りその背に取り付き上り、肩車をされるように坐来の肩に乗っかる。
すかさず足を絡める。踵を顎に掛けるようにして胡坐を組み固定。ついで頭部を両手でしっかりと掴み固定。
さて。あとはぐるんと肩の上から落っこちるだけだ。
俺の今の体重は20キロちょいだ。平均的6歳女児より若干重い程度か。それなりに鍛えているからな。鍛えすぎると背が伸びなくなるから、そこらの調整がたいへんだが。
それに加え、体を左側に落とす直前に軽く右側に体重を掛けた。当然、それに対抗してコイツは左へ首に力を加えたわけだ。それに乗っかって俺が一気に頭を固定したまま左に落ちる。
人間の首は梟みたいに回らない。そこへ20数キロブラス勢い、それに加えて自分からも左に力を加えている。つまり一切の抵抗なしと来た。
首は折れた。いや、折った。やり方さえ知っていれば簡単だ。
坐来は無様に倒れて意識を失っている。あり得ない方向へと首を曲げて。
さすがに周囲の連中もあっという間の出来事で、なにが起きたのか理解できていないみたいだ。
「サラー。とりあえず一回殺した。おっ死ぬ前に治してくれー」
「お任せを」
テクテクと畳の上を歩いてくると、無造作におかしな方向に曲がった首を正しく戻し、魔法を掛ける。
骨が接がれ、損傷した組織、神経も修復される。
「派手にやりましたね。心臓が止まってますよ」
「ありゃ、神経まで断絶しちまったか。つか、あれだけ啖呵切っててこの有様かよ。使えねぇ」
バチン! とサラが電撃を撃ち込む。
「はい。蘇生完了です」
そういって手袋をした手で、ヤツの顔を引っ叩いた。その衝撃のおかげか、すっかり気を失っていたこ奴は意識を取り戻した。
「よぅ、おはよう。目は覚めたか。じゃ、続きをやろうか」
「先にも云いましたが、次は有料ですよ」
サラはそう言い残し、重実さんたちのところへと戻っていく。
……重和さんが顔に手を当て天を仰ぎ、重実さんが実に悪い笑みを浮かべていた。さすがは解散したとはいえ極道の親分さん、ってとこか。肝が座ってんなぁ。
この馬鹿者は俺を見、戻っていくサラの背を見、そしてその向こうに見える重鎮ふたりを目にした。
たちまちの内に状況を理解したのだろう。慌てて起き上がり、平伏した。
「も、申し訳ありませんでした!!」
「おいおい。そんな土下座じみたことするくらいなら、軽々しく喧嘩を売るなよ。いまのは武器を落とされた黄頭がやる戦い方だぞ。狩木君にも同じことをやったが、彼は動きに合わせて投げられる形で回避してたぞ。見たところあんた20代半ばってところだ。ってことは狩木君よりもキャリアは上だろ? なんだその体たらく。才があるなら己を磨け。才がなけりゃ経験則で才を補え。常に己を最底辺のゴミと思って自身を鍛えろ。それが出来ねぇなら、浅層で日銭を稼ぐ程度にしとけ。
ついでにひとついいことを教えてやろう。冒険者の信条ってのは『好き勝手に生き、無様に死ぬ』だ。ダンジョンに潜るなら、常に死に様を考えろ。這いつくばって涙と小便を流しながら死ぬ無様は晒すな。背を向けず、立ち向かって無様に死ぬことを目指せ」
意地悪く声を掛ける、その声に泣きそうな顔をあげた。
「それじゃ、2回戦と行こうか。まだ納得なんてできてねぇだろ? なにせまともに手を合わせる前に俺が殺しちまったからな。次は俺に一撃加えるくらいはしてくれ」
俺は立ち位置に戻った。が、坐来は蹲ったままだ。
はぁ。いい加減にしろよ。
「おい、坐来とかいうの。ここで俺をこてんぱんに伸して、いい所を見せようとしたんだろ? だったらやれよ。なんだったら、お前に賛同している連中全員を相手にしてやってもいいぞ。
んー……おまえと、おまえと、おまえから――そこまでの5人。あとは……多分いないな。全部で8人か。ほれ、しらばっくれてないで立て。殺し合おうじゃねぇか。大丈夫、いま見てたろ。俺に殺されても死なねぇよ。サラが治してくれるからな。ホラホラ、こっちに出て来い」
ありゃ、逃げ出しやがった。……あー、重実さんにぶん殴られて止められてんじゃねぇか。無様ったらないね。つか、重実さん、もう60過ぎだろ? それで現役並みか。すげぇな。
「おっさん。躾がなってねぇじゃねぇか。なんだこいつら」
いまだに這いつくばってる坐来を指差す。
邪魔だから、やらねぇんなら退いてくんねぇかな。
「あー……まったく面目次第もねぇな。実際のところ、俺ぁこいつらの師匠ってわけでもねぇんだけどな。とはいえちまちまと面倒は見てたんだが、ここまで根性が腐ってるとは思わなんだ」
「師匠じゃねぇって、じゃあ何やってんだよ」
「庭師。たまにこっちにきて、こいつらぶちのめすって感じだな。俺ぁ、人にモノを教えるのに向いてねぇかんな。実戦形式での組手しかできねぇんだよ」
「やれやれ。それじゃ性根を鍛えることができてねぇじゃねぇか。破落戸の育て方だぞ、それ」
「だからそっちは別の誰だかがやってんだよ。麻葉の坊主でもいれば良かったんだが、あれぁ、【同舟会】本部のほうで下っ端を鍛えてるからな」
「重和さん、これ、人事を見直したほうがいいぜ。武道を志す人間の精神性じゃねぇよ。躾ける人間がいなけりゃ話になんねぇ。ここの指導者って誰よ」
俺が問うと、重和さんは疲れたようにそいつを指差した。その先にいるのは、這いつくばって畳に頭を擦りつけてる坐来。
嘘だろ!? マジかよ。つかおっさんも驚いてんじゃねぇよ!!
思わず目を見開いて重和さんに視線を戻すと、ちょうど重実さんに拳骨を落とされ頭を抱えているところだった。
そしてその背後で、和嬢がじっとりとした視線を父親に向けていた。
あー、うん。これはご愁傷様、かな? まぁ、頑張って挽回してくれ、お父さん。




