004_新しい名前
俺の属性は“外れ”と類されているものだ。
オーマにおける属性というのは、いうなれば特殊な体質のようなものだ。これは魔法とは違い、生まれ持った能力だ。そして、誰にでも顕われるものでもない。というか、無いのが普通だ。
属性の中で当たりと呼ばれているのは、いわゆる4大属性。【地】【水】【火】【風】だ。
なんでこれが当たりと呼ばれているかというのは、想像できるだろう。
そう、攻防に一番役立つからだ。その上、分かりやすく、もっとも鍛えやすい。徹底的に鍛え上げれば、魔法の枠組みを無視したこともできるようになる。自分自身を火炎化したりとかな。ま、そこまでできるものは、それこそ万にひとりぐらいだろうが。
そしてこれら4属性のいずれかを持つモノは、いいところ属性持ち1000人にひとりかふたり。
4属性まとめて考えれば、それほど低い確率でもないだろう。――が、そもそも属性持ちが少ないため、レアとされているわけだ。
大当たり、となるのは【聖】と【癒】の属性だ。前者は対アンデッド。後者は回復専門となる。このふたつは非常に希少で、先の4属性のさらに100分の1ぐらいの率でしか現われない。
そのためこの2種は教会が洗礼で発見すると同時に囲い込むのが殆どだ。【癒】を発現した者は哀れだったりする。教会が金を得るためだけに使い潰されるからな。自由なんてありゃしない。
まれに異常な才能を持った【癒】のスキル持ちは、自分を奴隷扱いする教会の連中の生命を奪い取って逃げる、なんて事件が起きたりもしていたな。確か、前例がふたつみっつあったハズだ。
そんなことがあるのに、教会の馬鹿共は自身を改めないんだから、あいつらもクズが過ぎるんだよなぁ。
……そういや神様があのキモいのから女神様に変わるのか。あいつら可哀想に。多分あの神様の事だから、容赦なく粛清するぞ。
さて。そんな中で一番多く出る属性はなんぞというと【無】。で、いわゆる外れ。
要は、魔力をそのもののまま扱う属性。【魔法弾】とかの物理魔法特化なんだが、正直なところ能力なしと一緒と見ていい。なにせ魔力を増幅する属性とした【魔】っていうのがあるからな。【魔】持ちもそれなりにいるんだ。
それに加え物理魔法はシンプル故に、魔法触媒さえあれば、若干効率は悪いながらも誰でも属性持ちと同様の威力の魔法を撃てる。実際、俺のメインの攻撃手段となっている。
で、さらに詳しく云うとだ。
教会の洗礼での鑑定では、実は大別での属性しか鑑定できていないんだ。
どういうことかというと、例えば【地】だが、これは【土】とか【砂】、【石】の属性をまとめての呼び方だったりする。だから、【地】の属性の奴は実は【砂】だった、なんて場合もあるし、もしかしたら【土】と【石】のふたつなんてこともあるかもしれない。
これは使っている【鑑定】具の差だ。錬金術師が苦心して作った鑑定水晶は、残念ながら大雑把な鑑定しかできないんだ。そしてそれが広く普及している。
俺はダンジョンで、詳細鑑定のできるレンズ……よく宝石鑑定師が使うような顕微鏡のレンズ部品みたいな【鑑定】具、もとい【解析】具を運よく手に入れ、自身がどうなのかを早期に知ることができた。
こいつは発見された数が少ないらしく、売ればかなりの額になる代物だ。俺は売らなかったけどな。
というか、持っていることが露見したら、無理矢理買い取られるか、最悪命と一緒に強奪されるかだ。そういったレベルでお上が掻き集めている代物だ。
だから、それらは王家を始めとした国の重要機関や、教会の中央あたりに置かれているんだろう。
ここまで長々と属性の説明をして来たわけだが、肝心の俺の属性はと云うと【変】。もちろん外れも外れだ。それこそ新年の初詣用のおみくじに紛れている大凶レベルだ(基本、新年初詣時期では大凶は省かれている、と聞いている)。
この【変】の詳細はというと【変】と【相】。
これら属性から得た能力は【変位】と【位相】。
【変位】はいわゆる念動力のようなもの。物理法則に干渉して、思念で物質に影響を与える――魔法? だ。【無】に近いが、こっちのほうが魔法の方向性が限定されているといえる。
俺はこれを“なにかを引き寄せる”ではなく“俺を移動させる”ことに利用した。やろうと思えば宙に浮くこともできるが、それよりも瞬間的に平行移動する方面に徹底して訓練した。それこそ瞬間移動するみたいに任意方向へ2メートルほど跳ぶという感じに。息を吐くように扱えるまで。命名【BS】。俺のメインの戦闘技術だ。まぁ、最初の頃は、地表をスライドするような移動しかできなかったけどな。訓練は大事ってことだ。
【位相】。こっちはかなり異色だ。物質をなんだろうが粘土みたいに捏ねて別の形状にする魔法……能力だ。分かりやすくいうと、材木をこねくりまわして石にすることができる。見た目だけはパーフェクトな石に。でも実際は木だから、火に放り込めば燃える。まぁ、なんだ、ある種のフェイク品を作ることのできる能力といっていい。
この【位相】能力は便利だったんだ。鈍らな鉄剣をこねくり回して防具にするなんてこともできるからな。もちろん切れ味抜群な剣にだって。俺は斬り落とされた左腕の代わりに、ミスリル銀で義手(大砲内装)を作ったからな。奥の手の大砲使用時には、【位相】で手を砲身に変形させなくちゃならなかったけど、個人的にはお気に入りだった。
実際、あのキモ神に打撃を与えられたんだから“こんなこともあろうかと”は必要だってことだ。
まぁ、いまは腕もきちんと生身だから、別の『こんなこともあろうかと』なブツを新たに考えないとな。
いや、その前にちっこくなったこの体に慣れるためにも、オーマのほうのダンジョンで訓練するのが先か。
地球のダンジョンだと、まず探索者資格を得るのが面倒なことになりそうだし。
★ ☆ ★
そんなわけで、俺はいま日本にいる。
オーマじゃないんかい! って感じではあるが、これには事情がある。というか、住処、拠点がないことにはどうにもならないだろ。
オーマの方での自宅管理なんて、正直、気心の知れたご近所でもいない限り無理なんだ。で、俺はと云うと孤児院出で男爵に捨てられたスラム民だ。基本、全財産は自分が担いでたようなものだ。
しかもいまや見てくれがこんな有様だから、ギルドに預けていた荷物の受け取りなんてもはや不可能だ。
だから治安も鑑みて地球、そして俺の希望通りに日本というわけだ。
――ただ、俺ひとり、というわけじゃない。
「ここが新しい家となります」
背の高いプラチナブロンド美女に案内されて、とある新築マンションへと案内された。
前世……いや、前々世の記憶を頼りにするに、ここ、家賃が大変なことになってるんじゃね? 都心まで電車で約1時間とそれなりに離れてはいるが、駅まで徒歩5分な立地だし。
「……家賃は?」
「問題ありません。このマンションを丸ごと買い上げましたから。下階の家賃収入で問題なく生活できます。3年前に近場にダンジョンが生成されたため、入居希望者がすべてキャンセル。完全な不良物件となったマンションです。相場よりも遥かに安く買い取れました。あの【緑】が行った最後の悪行ですが、我々には好都合でしたね」
そのしばらくって10年単位……3年前!? いや、それはいいとしても、お金はどうしたお金は。女神様?
あ、この女性は俺の世話役かな。見た目が5、6歳児になったからな。さすがにひとり暮らしだと面倒なことにしかならない。
あと、あの女神様はこのまま地球とオーマの管理をすることになるのだそうだけど、急遽決まったこともあって、双方の状況をまるきり知らない。なので、地上の情報収集も兼ねているようだ。
なにせ22歳を幼児と思ったくらいだもんなぁ。まぁ、視覚で見ていたわけではなかったことの弊害らしいが。そりゃ魂の色だか形だかで判断してたなら、肉体の姿なんてわからんわな。
ちなみに、このお姉さんは天使のひとり。地球の神話だかから名前を借りて、それに合わせた役割をもっているのだそうだ。ただ、現状はその役割が不要で暇であることと、地上に興味津々ともあって、こうして来ているとのことだ。
「面倒事を省くため、この階とひとつ下のフロア全体が私たちの居住区となります」
「おぉ」
「税金だのなんだのは心配ありません。こちらで恙無く処理します。家具に関しては明日にでも一緒に買いに向かうとして、まずは最低限の説明をしましょう」
そういって彼女は殺風景なリビングに、ポン! ポン! と、座布団をふたつ出現させた。
ふたりしてそこに、向かい合うように座る。
「まず名前ですが、あなたの名前は『神令 イオ』となります。ライラ姉さんが云うには、男女どちらでもおかしくない名前として『イオ』としたとのことです。なにか他の意味もありそうですが――きっとライラ姉さんのなにかしらのこだわりでしょう。
尚、この『神令』の名は母方の姓となります。父方の家名は『ディバインボルト』です。私たちはハーフという設定です。そして5年前に神令家の断絶が確定となる状況となったため、私たち姉妹が養子縁組し日本国籍を取得。私、サラが20になるのを待って日本へと移住する予定であったものの、3年前に起きたダンジョン災害によりディバインボルト家の者は私たち姉妹を除いて死亡。
急遽日本に渡るも、母方の実家もダンジョン災害で生存者無しという状況、としています。なので、私たちが神令家の跡取となります。ディバインボルト家は断絶とします。
3年前の世界同時ダンジョン災害、これは【青】様が【緑】を追い詰めたところ、【緑】が強引に人間を喰らうために行ったことで起きた災害です。
最後に、神令家、ディバインボルト家ともに神職の家系です。ディバインボルト家は他宗教による弾圧が強く、それから逃れるため、私たちは神令家の跡取問題をこれ幸いとして日本移住を選択したことになっています。
身の上を話すことなどないと思いますが、一応覚えておいてください。詳しくは後程書面でお渡しします」
「りょ、了解した」
いや、なんでそんな複雑になった? まぁ、名前に関しては構わんが。宗教絡みってのはなぁ。
「そして私ですが、役目とする名目名はサラカエルです。地上ではあなたの妹の『神令 サラ』として今後活動することになります。よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく頼む。で、確認なんだが――妹?」
「はい。妹です」
いや、それはどうなんだ? 見た目的には逆だろう。酷ければ母娘と思われるかもしれない有様なんだが?
「実はひとつだけ問題がありまして。ダンジョン探索者として今後活動される予定と聞いています」
「あぁ。そればっかりの人生だったからな。オーマでの生活のせいで、はっきり云ってそれでしか稼げん。なにより前々世の家の教育の賜物で、俺が完全に戦闘狂だからな」
「記録を拝見しました。勝てないと自覚していながら、冷静に破滅神……【緑】を殴ってましたからね。それも死ぬことを折り込み済みで」
なぜそんな優しい目で見る。そこは呆れた目じゃないのか?
「探索者免許の取得の際には、オーマと同様にダンジョンの宝物、もしくは錬金術師謹製のオーブによる簡易鑑定が行われます。知っているでしょうが、その際に年齢も表記されるわけです。
即ち、神令イオは22歳と知れるわけです。となると、私が姉とするとそれ以上となるじゃないですか!! 24歳独身となると、行き遅れと罵られると聞いています。なので、私は20歳です。断固として20歳の妹です! 大丈夫です。鑑定オーブにもそう表示されます!」
俺はずっこけた。
「え、それだけ?」
「そうです!」
サラは何故かムフーっと満足げな笑みを浮かべた。
「ということで、私は妹なので、気軽に『サラちゃん』とお呼びください」
「……天使様にそれは畏れ多くないか?」
「お気になさらず。『サラちゃん』と。『サラ』と呼び捨てでも問題ありません」
「お、おぅ」
いささか不安だが、まぁ、家族として暮らす訳だ。周囲におかしく思われたりしないようにするには必要なことだ。
ま、あとは慣れだろう。
こうして俺の新生活は幕を開けたのだ。
あ、せっかく日本に戻れたんだ。カレーを食うぞ、カレーを! もちろん、カツだって載っけてやるんだ!!




