031_上野ダンジョン攻略_④
「【索敵】」
左手人差指に嵌めた指輪に魔力を大量に込めて魔法を発動する。
俺が身に着けることができた魔法は【清浄】と【魔法弾】のみだ。念動関連? あれは属性から発生したものだからな。生まれつきもっているようなものだ。
そんなわけだから、他の魔法を使おうとなると、道具に頼ることになる。
今回は【索敵】の魔法のみを刻んだ指輪型の魔法触媒だ。これもシャティ謹製のもので、いうなれば欠陥品として作って貰ったものだ。
なにが欠陥であるのか? それはリミッターを付けていないこと。だから、下手にこれを装備して“呪文”を唱えようものなら魔力を全部吸い取られてぶっ倒れてしまうのだ。
ま、予め“これだけ魔力を使う”と決めて魔力を指輪に込めた上で魔法を発動すればそんなことにはならないが、それには魔法触媒を扱う慣れというか、技量が必要であるため、普通は仕様の際に吸い取る魔力に上限が組み込まれているのだ。
で、今回込めた魔力量はだいたい俺の魔力の半分くらいかな。これなら俺を中心に半径10キロ範囲くらいのモンスターを探知できるだろう。
で、結果、この4層はどうであったかというとだ――
「うーわぁ……。勘弁してくれよ。魔物溢れ、ここまで来てんじゃねーか。これじゃ近いうちに完全に溢れるぞ」
【索敵】は、感覚的に範囲内のモンスターを関知できる魔法だ。
で、この時の俺の感覚としては――あれだ、映画やらなんやらで、レーダーの画面なんてのがあったりするだろう? あの円形の緑色のヤツ。アレ一面が光点で埋め尽くされている感じだ。もちろん、光点はモンスターを示している。
うん、ヤベェ。
くっそ、まさかこっちに来てまで馬鹿げた数のモンスター殲滅戦をやる羽目になるとは思わなかった。しかも地表じゃなくて迷宮型ダンジョン内の掃除とか、どんな罰ゲームだ!
「サラ、大変だ」
「いや、それは分かりますけど。そんな無表情で銃を乱射しながら淡々と云わないでくださいよ」
「冗談じゃなしにこの状況じゃ時間が足んねーんだよ。それに感知能力のタケ―のが正面からひっきりなしに来るんだ。撃ち殺すだろう! それでも焼け石に水だ!」
さすがにサラも顔色を変えた。そして俺同様【索敵】を掛ける。
「ひぇ」
「……まさかサラがそんな声を出すとは驚きだ」
「いえ、これ、不味いどころじゃないでしょう。この規模のダンジョンでこの密度とか! 早急に対処しないと!」
「とりあえず、今日は俺たちでできるだけ始末しよう。とはいえ撤収は予定通りで18時な。この一本道の先はちょうと丁字路になってるから、そこで二手に分かれよう。連絡は――」
「配信を介してやりましょう。私のEXPとスマホも、外部と通信できるように外付けユニットを付けてありますすから」
「了解。俺はいまだに扱いがおぼつかないから、【アダム君】を持ってく。ハク―、連絡の仲介をよろしく」
『ハイよー。せっかくだからどっちが多く倒すか視聴者に予想してもらうよ。ついでだから、討伐数予想もして、当てたひとにはなんかあげよう。イオとサラ、それぞれひとりで計ふたりね。複数に正解者が出たら抽選ってことで』
なにをはじめてんだよハク!
「なんかって、なにをやるんだよ」
「そうですよ。景品を選ぶのも技術なんですよ。今回の場合だと、高くも無く安くも無く、でも貰うと嬉しいものレベルとなるんでしょうが、そこに探索者らしさを備えるとなると大変ですよ。シャティさんに頼んで作ってもらうのはダメですし」
サラがスマホにカメラのユニットを取り付ける。CCDカメラだっけか? これはサラのこだわりだ。スマホのカメラでの撮影を、となると頭に取り付けることになるわけだが、その姿はかなり滑稽になるのだ。なら他の方法となるのだが、手持ちは論外。結果、CCDカメラを伊達眼鏡のツルに取り付ける方式となった。
『それもそうか……あ、それなら、黒蒸気竜の歯を一本ペンダントにでもしたのを景品にしよう! ウチで消費してる一頭の方から出せば問題ないし』
それも破格と思うんだが、まぁ、いいか。
「ハク姉さん、そっちに私の映像が届いているか確認してください」
『……サラ、マイペースだね。うん、確認してるよ。そのカメラでも結構綺麗に映るもんだね。これも配信に乗せるよー』
暢気なもんだなぁ。まぁ、見物してるだけだしな。
「サラ、仕方ないから話に乗ろう」
「そうはいいますけど、カウントはどうするんです? 面倒ですよ。カメラにすべて映るわけでもありませんし」
「魔石の数でいいだろ。回収は俺たちがやらんでも、できるだろ」
そう云って俺は自分の口……歯を指差した。まぁ、マスクをしてるから、はっきりとは分からんかもしれんが。かといって、はっきり云っちまうと面白くなくなっちまうだろうからな。配信的に。
サラは僅かに首を傾げた。
「口……? あ、そういうことですか」
「よし。じゃ、18時で終了な。時間いっぱい探索して、18時になったらここに向かう。帰りの道中で遭遇したモンスターもカウントするってことでいいか。だから実質、19時くらいになるか? ここに戻るまでも含めると」
「了解です」
そして丁字路で二手に分かれ、4層の探索……というか、モンスター駆除の開始となった。
ま、モンスターの間引きが本来の仕事だからな。溢れ防止のための。ここまで増えちまったら、さすがに出来るだけ殲滅しないとだめだからな。
「少なくとも5桁くらいは始末したいな」
『5桁は時間的に無茶じゃない?』
EXPからハクの声が聞こえてきた。いまはハクが解説実況をしている配信をEXPで開き、俺の胸ポケットに放り込んである状態だ。
玄室の無い通路を100mほど進んだところ、突き当りが見えた。そして扉も。確かあのさきに結構な数が集まっていたハズだ。恐らくは大部屋、もしかしたらモンスターハウスかもしれな。
それじゃ、ちょっと準備をするか。
「“Born Anvil! Create Dragon tooth servant!”」
ポケットから取り出した、呪紋を刻んだ竜の歯を3本放る。歯はカツンと床で跳ねると、たちまちのウチに頭部が竜の人型スケルトンへと変貌した。
といっても、身の丈は1m程度で、その背には骨でできた籠がくっついている。
こいつは【竜牙兵】ならぬ【竜牙僕】ってとこか。……日本語に無理矢理訳すとなんか締まらねぇなぁ。語呂も悪いし。英語だと“ドラゴントゥースサーバント”でおかしくないんだが。
神話における……スパルトイ? だっけか。要はアレだ。こいつもシャティ謹製。俺がなんとなしに、竜の牙を蒔いたらスケルトン兵が生みだされる魔法があるなんて話したところ、シャティが面白がって開発して実現した代物だ。
もちろん、【竜牙兵】仕様も存在しているが、俺がもっているのは雑用をしてくれるサーバントの方だ。
「よし。お前らには俺が倒したモンスターのドロップ品と魔石の回収を任せる。魔石のとりだしにはコイツを使え」
俺は3体にタングステンナイフを渡した。
……ちっこいこいつらと殆ど背丈が変わらん実情がさすがに悲しくなるな。いいとこ俺が10センチくらい高いだけだからな。
こうなったら、この微妙な悲しみをモンスターどもに叩きつけてやろう。八つ当たりもいいところだが、どうせ殲滅するんだ。変わりゃしない。
ハンドガンを両手に持ち、扉に向けて全力で走る。現状魔力はまだ回復中。それにこれから銃を乱射するんだ。無駄な魔力消費は押さえるに限る。
扉まで10m、といったところで念動で扉を開ける。そして全速力のまま部屋へ突入した。
部屋は予想通りの大部屋。それも円形の、まるでコロシアムのような部屋だ。もっとも、そのサイズは直径20mほどの小さなものだが。
突入し、周囲を目視で確認する。ひしめいている。いい感じにゴブリン共が集まっている。正面にいる一匹を銃撃。頭を撃ち抜かれて仰向けに倒れていくところを踏みつけ、若干跳ぶようにして部屋中央手前に着地、勢いのままに滑りながら乱射を開始する。
部屋に突入してから10秒と掛からずに制圧。周囲にいたゴブリンはもちろん、天井に張り付いていたやつもひっくるめて皆殺した。
さて、この大部屋は結構いい感じだな。続いている通路は、俺が通って来た一本の他に3本か。
よし。チマチマ探して始末するなんてのは面倒だし、そもそも探す時間の無駄だ。ってことで、こっちに来てもらおう。
【索敵】の指輪を外し、ポケットから【魔寄せ】の指輪を取り出す。
こいつは文字通りの効果の魔法を封じた指輪だ。使うと影響を受けたモンスターがやって来る。ここで使えば、効果範囲内のモンスターが大挙してやってくるだろう。
そしてもちろん、こいつも【索敵】の指輪と同様にリミッターを付けていない欠陥品だ。
「んじゃ、全力で【魔寄せ】!」
魔法は発動し、軽く眩暈を覚える。この魔法の欠点は、発動しても効果が実感できるまでわからんということだ。あれだ、こいつは犬笛みたいなもんだ。モンスターでもなけりゃ、こいつの効果はまったくわからん。
指輪を外し、ポケットに放り込む。次いでウェストバッグから魔力回復薬を一本煽る。レッグホルダーのほうにも差し込んであるが、こっちは戦闘時用だ。
「サーバント、こっちに来い。作業は俺のところでやってくれ」
部屋中に散っているゴブリンから魔石を回収をしているサーバントたちを呼ぶ。ついでに未処理のゴブリンの死体も周囲に引き寄せる。
と、あの光点の数の感じだと、冗談じゃなしに万単位のゴブリンが来るだろうな。
ウェストバッグのひとつをサーバントに渡す。こいつはいわゆるマジックバックなんていう代物だ。要は、見た目以上の容量をもつバッグ。実際には巾着袋だったんだが、そいつをウェストバッグの内側にうまい具合に仕込んだものだ。
容量は……あれだ。設置型の物置小屋。100人乗っても大丈夫的なアレとほぼ同等。大型の物置サイズだから、ちょっとした小屋くらいのサイズってところか、すこし大きいくらいだ。
さて、そろそろ来るかな? 大群の足音が聞こえてきたしな。
念動で体を浮かせる。前の背丈であれは不要なことだったんだが、いまの背丈だとサーバントたちが射撃の邪魔になる。
以前の背丈の時くらいの視点の位置で安定させる。
さぁて、こっからは固定砲台といってみようか。殺し、集め、魔石回収後の死体を端へ飛ばす。その作業の繰り返し。
これで多少はストレス解消できるかな?
数の暴力を一歩も動かず対処する。なかなかの縛りプレイだ。
ただ迷宮をウロウロとうろついて、弱い者いじめをするだけじゃつまんねーからな。これで多少は緊張感ってもんがでるだろ。
両手のハンドガンを模した魔法触媒をゆっくりと構え――
「あ、ヤベェ」
唐突にあることに今更なが気がついた。
「これ、サラの方のモンスターどもも呼び寄せちまった」




