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029_上野ダンジョン攻略_②


「あいつらはなんなんだろうな?」


 配信開始の挨拶を終えたところで、俺はサラに訊いてみた。この質問は当然配信にも乗っている。もしかしたら視聴者から情報があるかもしれない。


「ダンジョン入り口にいた集団ですか? なんでしょうね? あからさまに邪魔でしたけれど」

「あれ、サラが認識阻害を掛けてなかったら、確実に俺たちに突撃してきたよな。なんか宗教勧誘的な雰囲気がしたし」

「レベルも一桁……というか、あれ、まともに戦闘をしていませんよね。ライセンス取得の際に行われる戦闘くらいなんじゃないですか? なんのために探索者試験を受けたんでしょう? まさか、ああしてダンジョン前にたむろするため!?」

「いや、ねーよ。さすがにあれはなんらかの手段であって目的じゃねーだろ」


『ふたりともー。あれ、【モンスター保護団体】の連中だってさー』


 スマホからハクの声が聞こえてきた


 ……空耳か?


「なぁ、サラ。ハク、なんて云った?」

「モンスター保護団体、と聞こえましたね」


 思わず俺は額に指を当てて顔を顰めた。いつもの冒険者スタイルでそんな事をしているのだ。きっと今の俺は珍妙な有様になっていることだろう。

 ……以前の姿であれば様になっていたかもしれないが。


「あー……なんだ、そいつらは自殺志願者の集まりかなんかか? それとも人類を滅ぼすことを目論んでいる結社の構成員か? ダンジョンは基本人間ホイホイで、モンスターは人間を殺すために存在しているもんだぞ。確かにあの毛玉みたいな例外はいるが、そんなもん稀有中の稀有だ。それをひとくくりに保護とか。ひとりで死ぬのが嫌だから全人類巻き込んで心中しようって云ってるようにしか聞こえんのだが?」

「そうですよねぇ。死にたいのなら、どこか適当な枝ぶりの良い木を見つけて、そこにロープを掛けてぶら下がればいいんですよ」


 サラがなかなかきついことを云う。俺も人の事は云えんが。


「ま、関わり合うこともねー組織だな。放っておこう」

「そうですね。あ、そうだ。視聴者の皆さん、本日の配信は映像配信機器の試験を兼ねています。試験内容はダンジョン内、地下に潜った際にも映像の発信がきちんとできているかの確認となります。一応、既に試験は済んではいるのですが、既存の携帯用の周波数の電波に変換して載せられるかの実地試験はまだでしたので、それの確認です」

「あれ? それって難しいのか?」

「既存の通信機器はダンジョン内ではものの役にはたちませんね。小規模ダンジョンであれば、1層の最奥くらまでなら、ノイズは酷いながらもかろうじて通信できるみたいですが、2層にはいると完全に不通になります」


 へー……ん?


「あれ? それじゃEXPの救援(エマージェン)要請(シーコール)はどうなってんだ?」

「あれは高出力による力技です。救援要請は携帯ではなくトランシーバーのような仕様と思ってもらえれば」

「あー。スタンドアローンなわけだな」

「はい。それに、電波が届く範囲でなければ、救援もほぼ間に合いませんからね」


 そらそうだ。ダンジョンに潜っている状態でダンジョン外に助けを求めたところで、救援が来るまでに時間が掛かる。それを持ちこたえられるなら、そもそも救援なんて必要なかろう。


「そうなると、マナクラフトカメラが普及したら、その辺りも既存の物から、魔力波と電波を変換する方式に変わるかもしれないな」

「確実に変わるでしょうね。とはいっても、EXPの仕様が少々変更になるくらいでしょう」

「ま、どう扱うかはWDEAとお上が決めるさ。なんか電波法とかも関わってきそうだしな。ダンジョン内からの通信に税金を掛けるとか、馬鹿なことをほざきそうな政治屋がいそうだけどな」

「その辺りの利権は売り払いましたから、そういったことはお上で喧々囂々やりあっていれば良いのです。私たちは気楽にダンジョンを徘徊しましょう」

「いや、徘徊はなかろーよ。……似たようなもんだけど」


 ということで、探索の開始だ。とはいっても、この表層と地下3層まではマップが出来上がっている。若干抜け……不明な場所もあるが、不穏な話のひとつも上がっていないのだ。問題ないだろう。


「上野動物公園か。目玉となってた動物といったらパンダだよな。そういや、ダンジョン化にともなって動物たちもすべてダンジョンに食われたんだろ? いまはどうなってんだ?」

「普通にいますよ。世話をする飼育員はいませんが、モンスターとしてポップした魔獣型ですので、ダンジョン内にいるかぎりは飲食不要で生存していますね。ときたま肉食獣型モンスターが、他のモンスターを捕食しているようですが」

「あー、そんな感じなのか。もしかして、だからモンスター保護団体だか愛護団体だかがああしてたむろしてるのか?」

「入ダンする探索者の邪魔をしているらしいですね」


 傍迷惑な。


「そういや、パンダって借り物だったよな。あの国がガタガタ云ってきたんじゃないか?」

「あー。少々もめたらしいですが、生け捕りにしたパンダ型魔獣を返却して終了したようです」

「問題なかったのか? それ」

「良かったんじゃないですか? 以降、なにも云ってきていないようですし。というかですね、文句を云わなくなるまでポップしたパンダを送りつけたようですよ」


 おぉうっ!?


「よくもまぁ、政治屋がそんな思い切ったことをしたな。見た目パンダの魔獣なんだろ? あっちは大変だったろうに」

「ちょっと強靭で笹を食べない肉食寄りの雑食なだけのパンダですよ。たいした魔獣ではありません。一応はクマの端くれではありますが。現状、この上野動物園にポップしている亜種にくらべたら可愛いものです」

「あ、亜種がでちまったんだ」

「はい。それで送りつけるのも終了です。と、申しますか。あちら側からも捕獲要員が来ていたのですが、死者はでなかったものの壊滅してしまったので。まぁ、それまで十数頭パンダを送料を日本持ちで渡したのですから、問題ないでしょう」


 ほほぅ。


「なるほどなぁ。ま、それはいいか。それよりもその亜種が気になる」


 サラがとてもいい笑顔を浮かべた。きっと視聴者の大半が大騒ぎをしているだろう。サラはハクと違って、基本的に表情が薄いからな。


「姉さんならそういうと思っていました。なかなかふざけた魔獣ですよ」

「ふざけたねぇ」

「名称は【リバースデスパンダ】です」

「……は? リバース? え? もしかして白黒逆転とかしてんの?」

「その通りです。そして二足歩行をデフォルトとしています」


 え、なにそのユニークなモンスター。そんなおかしな方向に突っ走ったモンスターとか、オーマじゃ遭遇したこともないぞ。


「やっべぇ。すげぇ興味がある」

「ですよね」

「だが仕留めると問題になりそうだな。またぞろ『返せ!』とか、あの国は云ってくるだろうしな」

「ですね」

「よし。見物だけしよう」


 俺がそういうと、サラが少しばかり眉根を寄せた。


「視界に入ると問答無用で襲ってくるそうですから、“見物”では済まないかと」

「魔獣なら普通の反応だろう?」

「いえ、表層の魔獣として存在している動物は、【中立】寄りとなっているようですから、こちらから近づいたり手出しをしたりでもしない限りは、襲われることはありません。そこは普通の動物と一緒ですね。ですが、亜種はその限りではないということでしょう」

「あー。そこは普通の魔獣と一緒なんだな。それなら対処もしやすいな」

「は?」


 サラが目を瞬いた。


「知ってるか? 魔獣ってのは魔物と違って心をへし折ることができるんだぜ。感情っつーか、動物的本能みたいなものを持ち合わせてるからな。だからこそテイマーなんてクラスが実在しているんだ」


 ということで、上野動物公園内に入り、まっすぐパンダの展示されている方面に向かう。


 ……で、だ。


 目視されると問答無用で戦闘開始となるというから、コソコソと物陰から隠れるように確認をする。


 その間、【アダム君】にはステルスモードで接近してもらい、しっかりと撮影をしてもらおう。


「……展示場の真ん中で仁王立ちしてるんだが」

「凄いですね。パンダに見えません」

「着ぐるみが立ってんじゃないかって錯覚しそうだな。骨格はパンダのままだが」


 なんだろうな。前世で見た格ゲーでこんなのがいたぞ。


 そろそろいいかな? 【アダム君】もいい画が撮れただろう。


「それじゃ、ちょっと遊んでくる」


 俺は無造作に物陰から出ると、堂々と歩き始めた。


 デスパンダはすぐに俺に気がついたようだ。しっかりと俺の事を見据えると、跳び上がり柵を越えて着地した。その際、くるくると膝を抱えての3回転なんてことをしている。


 なんかやたらとスタイリッシュだな。ま、いまので見た目以上に身軽っていうのは分かった。


 テクテクと無造作に進む俺に向かって、デスパンダはダッシュで向かってくる。無駄にフォームが洗練されてるな。まるで短距離陸上選手みたいだ。


 俺まで数メートルというところでデスパンダが跳ぶ。


 初手ジャンプ攻撃って、なんだろうな。アニメとか格ゲーの世界かよ。


 もちろん俺はひょいと避けた。


 着地に合わせ振り下ろされた右の爪が足元の地面……いや、コンクリかこれ。それを砕く。


 見た感じはオークウォリアーくらいの戦闘能力ってとこか? レベルとしちゃいいとこ300くらいか。表層のモンスターとしちゃ強すぎなレベルだな。


 そんなことを考えていると、左に避けた俺に視線を向けることも無く、そのまま体を回転させて浴びせ蹴りを仕掛けて来る。


 大技に大技を繋げて来るのかよ。


 バックステップで距離を取り躱す。


 デスパンダはというと、振り下ろした蹴りの勢いを利用して華麗に立ち上がった。そして構えつつ右前足をこちらに向けて伸ばす。


 くぃっ、くぃっ。


 掛かって来いやとばかりに手招く。


 あー。初手のジャンプ攻撃でなんとなく違和感があったんだが、そういうことか。こいつは完全に格ゲーのキャラみたいなもんだ。


 サラが云ってたからな。ダンジョンの構築には犠牲になった人間の記憶が参考にされるって。こいつは俺も知ってるあの格ゲーキャラが元ネタになってると見た。


 だとしたら、対処は簡単だなぁ。


 格ゲーには多分に演出が組み込まれている。そしてその為に物理法則を無視していたりとかおかしなところがあったりする。


 が、ここは現実だ。残念ながら物理法則から逃げるのは困難だ。魔法なんてものを使って無理矢理捻じ曲げることはできなくもないが、面倒臭い。実際、俺がそんな感じなことをやってはいるが、逃げきれているわけじゃないしな。


 とはいえだ、こいつ相手に能力を使を使うこともねーな。


 再びてくてくと無造作に進む。


 すると当然のごとく右前足による振り下ろしが来る。先ほどとの違いは跳んでいるかいないかの違いだけだ。距離が遠ければ、跳んでくるのだろう。こんなふうに無防備に向かってくる相手には。


 俺にとっちゃさして速くもない攻撃をひょいと避け、パンダの懐に入る。そして踏み込み体重の乗っている左足を支えているだけの右足を払い、ついでに伸ばしている右腕も少しばかり引っ張ってやる。。


 たちまち態勢を崩したパンダは、簡単にゴロンと前方に転がった。


 勢い余り仰向けとなり、パンダは慌てて起き上がろうと横向きに転がる。それに合わせてその背を転がる方向に押し込んでやる。当然、必要以上の力を加えられたパンダはまたしても転がる。転がるも今度はうまい具合に俯せに止まり、そして起き上がる。


 が、両足を揃えて起き上がればよかろうに、片膝をついて立ち上がろうとしたものだから、またしても体重の乗っていない方の足を払う。パンダはすってんと転んだ。


 さぁて、もう二度と立ち上がらせてなんてやらないぜ。お前さんは下手に殺しちまうと、後々お国が面倒なことになりそうだからな。


 払い、引っ張り、押す、なんてことをし続けること数分。


「すっかり観念したみたいですね。……クマって仰向けになって敗北を認めるモノなんでしょうか? 犬はそうだと聞いたことがありますけど」


 仰向けになり、胸元で手を組むようにしてひっくり返っているリバースデスパンダを間近で見たサラが首をかしげる。


 あれから一度もまとも立たせずに延々と転ばせ続けたところ、こいつの心が折れたようだ。なにしろまともに戦えない状況にされた上で、俺が完全に攻撃する気がないのをわからされたのだ。多分、『殺せー。いっそ殺せー』というような心境なのかもしれない。


「サラ、そんな無防備に来るなよ」

「大丈夫ですよ。防壁は鉄壁です。それに、こうもあからさまに命乞いをしてるじゃないですか」


 リバースデスパンダが組んだ手をガクガクと揺すり始めた。


「いや、そんなことしねーでいーから。つか、お前、言葉がわかんのか? 分かるなら首を縦に2回振れ」


 リバースデスパンダは2回頷いた。


「……頭いいな」

「獣準拠の魔獣としては珍しいですね」

「もしかすると、本当に格ゲーキャラをモデルにしたのかもな」

「格ゲーですか」

「そ。格闘ゲームでパンダをキャラとして使えるのがあるんだよ。いや、あったんだよ、か? いまはどうなってのか知らんが」

「なるほど。フィクションの動物キャラクターは、総じて人間並みに頭がよかったりしますからね。その類ですか」

「さてと、パンダよ。お前を殺すとお国がまた面倒な仕事を抱えることになりそうなんだ。お前の後にポップするのは普通のデスパンダで、そいつらはこれまで生け捕りにされまくったみたいだからな。だから、これからもお前はここで抵抗してくれ。

 と、そうだ。遠巻きに見てるだけの奴は見逃せ。手でも振ってやるといい。無害な連中相手なんだ、ちったぁ愛想をふりまいてもよかろ?」


 リバースデスパンダは首がもげるんじゃないかと思えるほどに、激しく縦に振った。


 よし。それじゃ先に進もう。


「いい画が撮れたんじゃないか?」

「そうですね。リバースデスパンダの映像は殆どありませんから、好評のようですよ。


 サラがスマホの画面を見ながら答える。


「それは重畳。炎上は怖いからな。ダンジョンの入り口でたむろってた迷惑な連中もいたことだし」

「これまでは撮影しようにも見敵必殺な有様で、撮影不能どころか、それで終了でしたからね」

「あの勢いで頭を殴られたら、普通にもげるか弾けるだろうしなぁ。……あれに殺された遺族に恨まれるかな? ま、敵討ちなんざ当人がやるべきだ」

「一応、死者はいないようですよ。怪我人は多数ですが。……あのパンダの一撃はどのくらいの威力なんでしょうね?」

「少なくとも、山常の全力攻撃より上だな。なんせダンジョン化している地面を砕いたからな。表層だからそこまで固くないといっても、コンクリなんかより遥かに固い筈だ。俺も直撃をくらったら、ちっとは痛いかな? で、下への階段ってどの辺りにあるんだ?」

「このまま池沿いに進んだ先の出口を出てすぐにひとつあります。美術館や博物館のほうへは向かわないのですか?」

「全部回ってたら時間が足んねーよ。それに、そっちにいんのはゴブリンがメインなんだろ?」


 門をくぐり、動物園を後にする。正面には煉瓦造りの円筒形の建物が道路の真ん中を塞ぐように建っていた。


 交番というか、公衆トイレと云うか、そんな風にも見える。


「サラ、あれか? 下への階段って」

「そのようですね。なんだか交番とか、案内所みたいな建物ですね」


 大きく開いた入り口を覗く。


 そこには下層へと続く螺旋階段があった。


「また随分と幅広い階段だな」

「これ、ある程度のサイズのモンスターが通れるようにしてあるのでは? 3mくらいのサイズなら普通に通れますよ」

「やれやれ。こいつは魔獣溢れが怖いねぇ」

「ある意味、フィールドダンジョン化していたのが幸いしたといえますね。周囲を壁で覆う方向に即座に国が動きましたから。でなければ、溢れた魔獣がそこら中で野生化していましたよ」


 オーマじゃそれが原因で滅んだ国があったな、くだらねぇ大義名分を掲げてダンジョンを悪用して国家を自滅崩壊させたんだったかな。後始末に駆り出されて面倒臭かったんだ。子供の小遣いみたいな報酬しかでなかったしな。まぁ、本来報酬を払うべき国が滅んでいる以上、仕方なかったのかもしれんが。


 さすがにこんな話を配信に乗せるわけにはいかないからな。ついうっかり話したりしないように、とっとと先に進んで話題を変えよう。


 暫し階段を覗いた後、俺たちはゆっくりと下り始めた。



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― 新着の感想 ―
格ゲーのパンダですか、乱◯1/2のお父さんを思い出しました。 挑戦者募集!みたいな感じで仁王立ちして待ってそうですね。
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