027_APPENDIX:演習後【同舟会】
※キャラクターの名称変更。
路見→芦見
座敷に座り、麻葉、狩木、芦見の三人とも大きく息をついた。
やっとのことで落ち着いた。そんな感じであった。
演習自体は17時に完了した。実に濃密な時間を過ごしたといえる。最後には、【追尾魔法矢】をほぼ確実に当てることができるようになった。
『演習でこれだけできれば十分だろ。実戦で浮足立っても心配ね―な。無事、討伐できることを祈るよ』
ごくごく普通の激励のように聞こえるが、わずか数時間とはいえ彼女と過ごした結果――
『促成とは言え、ここまでできるように鍛えてやったんだ。しくじるとかねぇよな、あぁん?』
と云っているようにしか聞こえなかった。
そんな神令一行と別れた後、簡易ながらもJDEAとの魔法触媒の広報契約を結び、JDEA本部を出たのは20時を回ってからだった。
そして現在21時。遅くはなったが夕食をとるべく、贔屓にしている店へと寄ったところだ。
既に料理はお任せで注文済みだ。いまはとにかく休みたい。
「……お嬢、その魔法の杖はどんな感じです?」
狩木が芦見に訊ねる。芦見はというと、英国紳士が手にしているようなシンプルなデザインの杖を大事そうに抱えて離そうとしない。
金属の意匠が埋め込まれた、落ち着いた赤味の強い木製の杖。グリップ部に魔石を埋め込んであるそれは、取り回しはしやすいサイズだ。だが運用の際は、魔法の射出部である天辺の魔石に触れないようにと注意を受けている。
「慣れるまでは、ちょっと気持ち悪かったかな。こう、握ってる掌から私の中身が引っ張り出されてるみたいな感じがしたから」
「あぁ、神令さんが云ってましたね。魔力を抜かれる感覚は独特だと」
「気孔の訓練をするといいとアドバイスを受けたから、帰ったら父に誰か紹介してもらおうと思うよ。こう、魔力を吸いだされるんじゃなくて、私から注ぎ込むようにするんだって」
「それなら宮城の爺さんに頼むといいですよ。あの爺さん、独学でそのあたりを極めてますから」
麻葉の言葉に、芦見は目をぱちくりとさせた。
「え、じっちゃん、そんな凄い人だったんだ。私、植木の剪定しながらニヨニヨしてる姿しか知らないよ」
「確か、ダンジョンが現れる前年くらいでしたか。まだ20の若造とやり合ってボロクソに負けたのを切っ掛けに、現役引退を決めたんですよ。それまでは良い歳した無頼漢だったんですけどね。急に指導者になるとかいってたのを、先々代が用心棒に引き立てたんです」
「25年以上前っていうと、いまの麻葉さんと同じくらいの歳ですよね」
「あぁ。あんまり強いから俺も憧れたもんだ。それがボロボロな有様でウチを頼って来たからな。当時ガキだった俺は驚いたもんだよ」
「……たまに道場の方に来て、師範たちを叩きのめしていくんですけど」
「で、『不甲斐ない、修行しろ』だろ? いろいろ後悔があるみたいだ。『俺はもう間に合わねぇ。時間を無駄にするな』っていわれたよ。実際、爺さんの気持が今日分からされたがな。神令さん、物まねをしてあの強さだ。本来の自身のスタイルで全力で戦ったらどれだけ強いんだろうな?」
そう云いながら、麻葉は肩をすくめた。
「私としては、魔法の師事をしたいんだけれど……」
「どうでしょうね? お嬢。神令さん、絶対に分かってましたよね? 最初に云ってましたし。敬遠されるかもしれませんよ」
「麻葉さんはどう頑張っても筋者にしか思えないから。雰囲気がありすぎて。実際そうなんだけどさ」
「いつの話ですかお嬢。先代に代替わりする際に解散したじゃないですか」
「形だけでしょ。看板を変えただけで中身は変わってないじゃない」
「昔はどうあろうと、いまは真っ当な商売をしてるんですから問題ありません」
芦見は顔を顰めつつ唸り声を上げた。
「魔法の修行をお願いをしたら、断られるかなぁ」
「頼んでみるしかないでしょ、お嬢。その杖の料金を払わないといけませんし」
「それ以前に相手が“神令”っていうのが問題です。普通なら近づこうなんて思いませんよ。今日は、なぜかボディーガードのひとりも付いていなかったので、物は試しと声をかけてみましたが」
麻葉の言葉に、ふたりが怪訝な表情を浮かべる。
「あー……お嬢は知りませんか。狩木も……まぁ、神令が壊滅したのは25年前ですしね。僅かに残った生き残りも、3年前のダンジョン災害の際に殉じたといいますし」
そして麻葉は知る限りのことをふたりに話した。とはいえ、たいした情報量ではない。なにぶん“神令”は国家の影に隠れて存続してきた家系だ。その存在自体が、非常にマイナーな都市伝説じみているのだ。
時間にしてわずか1、2分程度の話ではあったが、芦見と狩木は途上から顔を引き攣らせたままであった。
「え、でも日本人じゃないですよね?」
「海外に出た者がいたんだろう。戻って来たと云っていただろう? よく国が出したなとも思うが、まぁ、止めることもできないわな。皇族そのものとは違う一族だしな。だが神話のそこかしこに登場する八咫烏の末裔なんて伝説もあるような家だ。まぁ、この手の話は甚だ怪しいものだが、歴史に関しては皇家と同等の家だな」
「……よくそんな家の人に声を掛けましたね」
「お願いするだけならタダだ。なにもやましいことをするわけでもないしな。もっとも、思ってもいなかった程の世話になっちまったが。……次は失敗できねぇぞ、アキラ」
「分かってますよ。面子はどうするんです?」
狩木が訊くと、麻葉は眉根を寄せ、左目をそばめた。
「そうだな……ムロとトリでいいだろ。確か、奴らのパーティもいまは負傷療養中で休止状態だからな。ふたりにはライオットシールドを持たせてお嬢の壁になってもらう。お嬢が討伐の要だからな。俺とアキラはアタッカー兼デコイだな」
「今日、さんざんやられましたからね。おかげで対応できるようにもなりましたし、今度はヤってやりますよ」
「――失礼します」
狩木が不適に宣った時、料理が運ばれてきた。
「そういえばお嬢、帰り際にエルフの姐さんになにか頼んでいましたけど、なにを?」
狩木は筑前煮をつつきながら、幸せそうに茶碗蒸しを掬っている芦見に訊ねた。
「ん? この魔法の杖の買取りはもう決めてたから、他にも魔法を入れてもらおうと思って、聞いてみたのよ。というか、もうひとつ追加でね。で、初心者に最低限必要な魔法はなんですか? って」
「目指すのは魔法使いですか?」
ふろふき大根に箸を入れる手を止め、麻葉が芦見に視線を向けた。
「私の筋肉はもう、私の期待には応えてくれないもの。だったら活路は魔法しかないわよ。そして今日、スキルがなくても魔法が使えるって分かったんだもの、目指さないわけがないでしょ!」
手にしたスプーンを振り回し、芦見はニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「攻撃用には【追尾魔法矢】で十分だって。魔力そのものを打撃にした魔法は腐らないそうよ。その分、特攻もないらしいけど。だから後は面攻撃ができる魔法と、防御系の魔法、それと【清浄】があれば十分っていわれた。たくさん魔法を買っても、結局は10個くらいしか使わなくなるから、余程じゃない限り基本のモノだけでいいんだって。追加するなら、基本の他に奥の手的なものをひとつ追加するくらいみたい。といっても、奥の手を使う時なんて魔力枯渇寸前だろうから、魔力回復薬使用前提での強力な魔法にすること、って念を押された」
「すると、上位の強い魔法を? ゲーム的にいうと、アロー、スピア、ジャベリンなんて順で魔法は強くなっていったりしますけど」
「ううん。やめた。【追尾魔法矢】だけで十分。それにイオちゃんに云われたのよ。
『薬飲んでる時間が無駄だ。それだったら魔石を魔力源にしたマジックアイテムのほうが有用だぞ。そもそもそんな機会なんぞ起きないようにするべきだし、『こんなこともあろうかと』をしたいのなら逃走の方面でやるべきだ。正直、スタングレネードを持って行った方が有用だぞ。あれ、魔獣でも魔物でも効果あるからな』
ってね。実際、ゲームなんかでも、使う魔法は同じものばかりになるしね。
麻葉さん、私は明日、魔法の追加と料金の支払いをしに神令さんのところに行ってくるね」
手にしていた茶碗蒸しを食べ終えた芦見は、最後の茶碗蒸しに取り掛かった。
「わかりました。アキラ、つきそいを頼むぞ。俺はムロとトリに話を付けておく」
「了解です」
「今日、貸与された杖は買い取って組織の財産として、魔法に興味のある人に使わせるのがいいと思う。私の他にも魔法専任の人が欲しいしね」
「うん? できるなら共有にしない方がいいと、神令さんが云ってましたけど」
「ひとりだけの魔力で馴染むと、落っことしても超能力みたいに手元に引き寄せることができるようになるんだって」
「それ便利ですね。ですけど、だからって投槍みたいに使ったりしないでくださいよ」
「そんなことしないよ! というか、共用にするんだから無理だって。だから明日、支払いついでに私個人でも杖を注文して来るんだよ」
「問題があるとしたら、追加で売って貰えるかどうかわからないことですね。そこは……まぁ、お願いするしかありませんね」
「そこは……頑張ってみる」
芦見は食べ終えた器を丁寧に膳に置いた。そして真剣な顔で麻葉に顔を向ける。
「麻葉さん」
「なんです? お嬢」
「茶碗蒸し、おかわりしていい?」
麻葉はあからさまに顔をしかめた。
「お嬢、さすがに食べ過ぎです」
「だって、〆に残しておいたのも食べちゃったんだもん!」
狩木が処置無しといわんばかり、海老天を齧りながら肩を竦めている。
麻葉はため息を吐いた。
「お嬢、私のを差し上げます。ですが食事の最後にです。ちゃんと料理を食べてください」
芦見は自身分の料理に視線を向けた、焼き魚に煮物、天ぷらとほぼ数を減らさずに残っている。空になっているのは、茶碗蒸しの器だけだ。
「……わかった。ごめんなさい」
芦見は箸を手に取ると、食事を再開した。
※明日『024_APPENDIX』を投稿します。




