027_仮想戦_③
慣れないスマホを片手に電話を掛ける。
EXP? あっちはダンジョンに入る時だけというか、仕事用とでもいうような感じで使っている。
まぁ、俺が探索者として電話を使うようなことはほぼないだろうが。基本、そういったことはサラとハクがすべて処理しているからな。
つか、ほんと慣れんな。まぁ、前世じゃ携帯なんて使ってなかったからなぁ。
呼び出し音が2回鳴ったところで相手が出た。
『もしもーし』
「ハク、そっちはどうなってる?」
『いまはJDEAとロージーとで細かいところを決めてる途中。私たちの方は終わってるよ』
「じゃあ、降りてこれるか? シャティに頼みたいことがあるんだが」
『はいよー。いまどこ? 玄関ホール?』
「いや、演習場」
『は? なんで? いや、いいか。いまから行くから。……サラはもうちょっと掛かりそうね。伝えとく』
「よろしく頼む」
電話を切り、貸しロッカーへと入れて鍵を掛ける。ロッカーに入れてあるものは、上着と眼鏡、財布、そしてスマホとそれだけだ。
演習はまだ終わってはいない。にも関わらずなぜハク……というかシャティを呼んだかと云うと――
演習場では頭を抱えている人物がふたりに増えていた。
ひとりはいまだに立ち直れない狩木君。そして追加されたのが芦見さん。
別に芦見さんは狩木君みたいに股間に攻撃を受けた結果の有様というわけではない。
単に、魔杖の魔力を使い切ってしまったことで頭を抱えているのだ。成果のひとつでも出ればよかったのだが、なにも良いところが無く、目的としていた黄頭の動きを止めるためのコツとでもいうような取っ掛かりさえも出せなかったためだ。
動きが限定されなきゃ、例え面攻撃系の魔法でも避けることは難しくはないからな。範囲も3×3m程度のものだし。
そんなこんなで10戦。放たれた魔法【空衝】は12発。
魔杖が魔力切れを起こしてしまった以上、もう訓練はできない。魔力は自然にチャージされる自己充填型であるため、時間さえ立てば使えるようになるが、一発分のチャージに2時間くらいかかるのだ。そのため、実質訓練は不能といえる。
魔杖が現状地球では貴重品で、同舟会では他に同様の効果の魔杖を所持していない。いや、オーマでも魔力自動充填型の魔道具は希少だ。基本は使い捨て、或いは専門職の者に充填してもらうものだからな。
そんなわけで、成果もあげられずに演習続行不能状態になってしまったため、彼女は自身の不甲斐なさを嘆きあの有様なのだ。
とはいえだ。報酬を受ける形で俺が首を突っ込んでいるというのに、なんの成果もなしで終了なんて云うのは赦す訳にはいかない。
死んだことになってはいるが、俺は“頂点”の一角であったのだ。それが手を貸して成果無しとかあり得てはならない。オーマで築き上げたちっぽけな俺のプライドだ。
ってことでだ。折角だから芦見さんには“呪文使い”もどきになってもらおう。魔法ひとつだけを刻んだ魔法触媒を持ってもらい、魔法をバンバン撃ってもらうのだ。
大丈夫。魔力が尽きても瞬時に回復する薬があるからな。あんまり連続して使い過ぎると障害がでることがあるが、シャティ謹製の薬ならそんなリスクなぞ皆無に等しいからな。問題ないだろう。
「麻葉さん、もうちょっと待ってくださいね。いま連れがこっちに来ますから。そうしたら準備をし直して、演習を再開しましょう」
「神令さん、なにを?」
「ウチの装備担当を呼びましたから。私とは別口の案件でJDEAに来ているんですよ。
芦見さーん」
俺は真っ青な顔で頭を抱えている彼女を呼んだ。
いや、そんな傍目に分かる程にビクっと震え上がらんでも。
「ななななんでしょうか!? あぁ、いえっ! せっかく相手をしてくださったというのに、あまりにも不甲斐なくてすみません!!」
「いや、落ち着こうな。正直なところ、かなり無茶なことをやってるんだから。君らレベル2桁だろ? それが3、4倍差を相手にすることになってんだ。そう簡単にあしらえるようにはならないだろ」
「「4倍!?」」
狩木君と路見さんが綺麗に声をハモらせた。
「そんなに差がありますか」
麻葉さんが苦い顔をしている。
「えぇ。ふたりのレベルは50くらいでしょう? 黄頭のレベルはだいたい200くらいです。もっともその戦い方のせいで、実質500相当くらいですかね」
いくら強い特殊個体といっても、雑魚のゴブリンであることには変わりない。レベルだけでみれば、ゴブリン騎士くらいの強さだ。ちなみに、ゴブリンでレベル的に一番高い個体となると、女王か覇者となるだろう。2000を突破した歴戦個体を見たことがあるからな。
「レベル200くらいのモンスター単体が相手ならば、レベル50くらいの4~6人パーティで当たれば十分倒せます。さした被害も受けないでしょう。普通なら。ですが特殊個体は一芸に秀でているため、レベル詐欺ともいえるモンスターです。イエローキャップはそんな特殊個体のうえ、更には亜種ときています。となれば、どれだけ厄介か想像つくでしょう?」
そういうと麻葉さんは深くため息をついた。
「あー……だからか。どうしてウチに依頼が来たのかいまひとつ腑に落ちなかったんですよ。レベル50代のパーティが複数、安定して活動できているのはウチくらいですからね。他所はエースともいえるパーティが突出して活動し、低レベルパーティがその支援のための物資集めに終始しているのが殆どですから」
「JDEAのモンスター研究室の連中はレベルしかみてないって証拠だろ。連中、上位鑑定持ちが情報を持ち帰るようになってから、それを整理するだけの事務屋に成り下がってるって云われてるし」
ダメじゃねぇか。
「部署によっては完全にお役所仕事になってんのか……使えねぇな」
「確かに、鑑定持ちが入ってから、仕事が杜撰になったと話には聞いていますね」
「サイコメトリー能力と元は一緒だからなぁ。その手の才能持ちがダンジョンに関われば、能力も開花するわな。その場合は人格なんてお構いなしだから、鑑定持ちだなんて推測も出来んよ。大抵は好奇心旺盛なヤツに発現する能力だしなぁ。稀に属性無しでもでて来るし」
そんなことを話していると、急に抱きすくめられて持ち上げられた。
「クロウ。来た」
「シャティ、気軽にテレポートとかすんな」
俺の頭に顎を載せているシャティに注意をする。が、多分、まともに聞いちゃいないんだろうなぁ。
3人がびっくりした顔をしているし。
「シャティ、急に転移しない! びっくりするじゃないのさ! それでイオちゃん、なにかあったのかな?」
ハクが慌てたように走ってきた。恐らくは側にいたであろうシャティが急にテレポートなんてしたんだ、慌てもしよう。
「いや、シャティに頼みごとがあるんだが、ひとりで出歩かせるわけにもいかないだろ」
「あぁ、なるほど」
「クロウ、なにをすればいい?」
なんか、妙に気合が入ってるな。いつものダウナーな雰囲気はどこにいったんだ? ……あぁ、そうか。久しぶりの教師業だからな。教え甲斐のある生徒がいたんだろう。
「その前に紹介だけを互いにするぞ。このままじゃ礼儀も何もなってねぇ」
俺はシャティの手を剥がして降りると、ふたりを3人に紹介した。
そして――
「状況はこんな感じだ」
「なるほど。それでシャティが必要ってことは、魔杖でも作るの?」
さすがハク、話が早い。そしてシャティは話を聞いているのかいないのかがわからん。俺にひっついてるし。
「マジックアイテムは即席で作れないだろ。だから魔法触媒を作る。魔法ひとつ刻むだけの代物なら5分とかからん。素体に関しちゃ、シャティが暇つぶしに作った杖を大量に持ってるからな」
「わかった。刻む魔法と発動呪文はどうする?」
亜空間収納から魔石と杖を取り出したシャティが、大好きなおやつを目に前に置かれた子供みたいな顔をしていた。
「魔法は……必要魔力を考えると【追尾魔法矢】でいいか。呪文は標準でいいよ。『我は射貫く~』ではじまるヤツな。初心者用だしな」
「分かった。すぐに仕上げる。コモンアーティクルだから簡単」
いうや、シャティは作業を始めた。
杖と魔石が左右にフワフワと浮かび、呪文を刻む魔法辞書用魔石のみ胸元に掲げた両手の間で光を発している。
魔力を鑿の様に使い、魔石の内部に魔法を刻む際に発せられる光だ。
「芦見さん、あなたに魔法触媒を貸与します。なんだったら実戦に持って行っても構いませんし、もし買取りを希望されるなら応じます。こちらの条件を呑んでいただけるのなら、お値段の方は勉強しましょう!」
「イオちゃん。その言い種は酷くないかい? ペテン師みたい」
ペテン師はなかろうよ、ハク!
「……条件と云うのは?」
「宣伝をお願いします。
ハク、アダムの汎用型の試作機あるんだろ? 麻葉さんたちに貸し出して、黄頭討伐の映像を撮ってもらおうぜ。そこで【呪文使い】の実戦を撮影してもらえば、宣伝にそれを使って、なおかつ効果もバッチリだ。JDEAから依頼を任されるくらい信用と名の通ってるクランメンバーがその宣伝をしてるとなれば、詐欺と思われることもないしな」
「確かに魔法触媒の販売についても話はだしたけどさ。そちらさんとJDEA間の契約はどうすんの? 魔法触媒は、しばらくはJDEA専売だよ」
「今回こちらの麻葉さん……【同舟会】さんに任された依頼内容には情報不備が満載でな。【同舟会】さんに少なくない被害がでてるんだ。それこそ誠意を見せてもらわんと」
「誠意って……なにもここでやり返さなくても。他にも頷かせる手段はあるでしょ。脅さなくても大丈夫だって」
「だが無駄に時間がかかるだろ? よし、それじゃ神令の名前を使おう。どうせこういう時くらいにしか役に立たん! それで即時解決だ!」
麻葉さんたちは顔を青くし、ハクは呆れ、そしてシャティは出来上がったステッキサイズの魔法触媒を掲げた。
「ということで、芦見さん、演習再開だ。これは魔法触媒。魔法を使うための杖だ。記録してある魔法は【追尾魔法矢】。発動呪文は『我は射貫く、放つは光矢』。一度発動してしまえば、あとは『光矢』と云えば連射できる。
あ、ホーミング機能だが、これ、人力だ。集中して射撃対象に視線を向け、狙い続けないとただ真っすぐ飛ぶだけになるからな。
これで時間の許す限り、いくらでも演習できるぞ。たとえ魔力が尽きても魔力回復薬があるから大丈夫だ」
シャティから受け取った魔法触媒と、ついでに魔力回復薬の薬壜を2本、芦見さんに押し付ける。
芦見さんは目を白黒とさせていた。
「さぁ、演習を続けよう。
シャティ、魔法の扱いの助言を適宜してやってくれ」
「わかった。任せて」
「それじゃ、私はJDEAに電話するよ。……えっと、誰に掛ければいいんだ?」
「広報の実川さん。いまサラがドラゴン搬入の細かい打ち合わせしてる。……そういや冷蔵倉庫? 食品会社が持ってるような施設ってJDEAにあるのかね?」
ドラゴンのサイズは報せてあるし、きっと大丈夫なんだろう。
俺はそんなことを考えながら演習場中央に敷かれた開始線に立った。
こっからは3対1かな。今度は【魔法追尾矢】だから少しばかり難易度があがるな。さて、どのくらいい変わるかな?
そんなことを考えながら、俺は3人が対峙するのを待った。
※クロウはイオのオーマでの名前となります。




