026_仮想戦_②
JDEAの演習場にまたしてもやってきた。
麻葉さんたちはここを借りるために、JDEAに来訪していたとのこと。そこでたまたま俺を見かけて声を掛けたのだそうだ。
今回は訓練目的での利用とあってか、先日に訪れた時には閉まっていた場所が開いていた。訓練用の武具のレンタルができるようだ。もちろん無料。というか、施設の使用料に組み込まれているんだろう。
とはいえ、この人数でこのだだっ広い場所を借りるとなると、かなりの割高な気がするな。
そうそう、麻葉さんたちがここを借りることにしたのは、彼女、芦見さんが魔杖を使うためだ。
そらそうか。一般的な道場だのは、魔法に耐えられるように作られているわけじゃないからな。
この施設がどの程度の戦闘を想定して内面を作っているのかは不明だが、それなりに頑丈にできているのは確かだ。
演習場は客席の無い完全なドーム状。埋め込み式の照明が、ドーム内を明るく照らしている。
それじゃ、眼鏡だの貴重品だのをロッカーにしまったら、前回は開いていなかった施設へと行こう。
訓練用の武具を貸出してくれるブースだ。
演習相手のふたりは自前の得物(訓練用。魔杖はどうにもならないため実物)を持ってきているので、ここには来ていない。麻葉さんも木刀を持参している。
でだ、なんかブースの女性職員の顔が真っ青なんだが?
「ぶ、武具はどれに致しましょう?」
女性職員が顔を引き攣らせながら問うてきた。
「いや、そんなに怖がらんでも。もし小宮間のことで思うところがあるのなら、あれはあの女の自業自得だ。誰彼構わず俺は噛みついたりしねーよ。サラを脅して輪して売り飛ばそうなんてするから返り討ちに遇うんだ。たかだかレベル2桁が5桁に敵うわけねーだろ」
云いながら俺はライセンスを渡す。武具を借りるのに必要な手順だ。
女性職員はライセンスを見て、次いで俺に視線を戻すと慌てたように再度ライセンスに視線を向けた。
……なんか、変な音が女性職員からでたぞ。どうやって出したその音、というか声。
「あ、あの……」
「偽造品じゃないぞ。ついさっき更新してもらったばかりの新品のライセンスだ。気になるなら問い合わせして確認してくれー」
職員に答えながら、俺は訓練用の短剣を吟味する。
刃引きしたものから、竹刀に木剣、さらにはウレタン樹脂製……なのか、これ? あと、なんだこれ? エアーソフト? 風船みたいなものか?
……うーん。どれも黄頭を模倣するのに使うには合わんな。安全性が確保される奴は形状に問題がありすぎるし、木剣は事故りそうだしな。刃引きの実剣なんて以ての外だ。いくらこっちが寸止めしたところで、場合によっちゃ向こうが刺さりに来ちまうからな。そんなとこまで気なんぞつかってられん。
きちんとした刀身っぽくて安全なのがない……ん?
「お姉さん、あすこのカレンダー、2枚ばかり貰っても構わないか? まだ1月のままだし、剥がして廃棄するんだろ?」
「え? カレンダーですか? あ……」
背後に下げられているカレンダーを見るや、職員は呻くような声をだした。
「うわぁ……これ去年のカレンダーじゃない」
「廃棄しますよね? 2枚ください」
カレンダーを貰い、それぞれをくるくると丸める。短剣サイズ、それも刃渡り20センチもない程度のものにするわけだから、縦、ではなく横に普通に丸める。
そうしたら柄とする部分を除いて、念動でぺしゃんこに潰す。四角い薄い板みたいになるが、まぁ問題ないだろう。どうせ使う時は表面に念動で覆って形状を維持するし、うっかりバラけることもなかろう。
「あの、本当にそれで?」
「えぇ。そっちのは安全そうですけど、刀身が棒状なんで問題外。刃引きした実剣や木剣だと怪我をさせる可能性がありますからね。紙ならちょっと痛いで済みますし、この厚さならスパッと切ることもないですから」
軽く振ってみる。うん、問題ないな。しっかりと押しつぶしたからな。テープを貰って簡単ながらばらけないように貼っつけたし、大丈夫だろう。
「カードで盗賊団全員を切り殺した知り合いみたいな変態じみたことは、私には真似すら出来ませんので安全です」
アイツ、あのまま順当にダンジョンに潜っていれば“頂点”入りしてたよなぁ。確か、最後に会った時は9000くらいだったし。大道芸で生活していた男装の麗人。俺の知り合いの中でも跳びぬけて変人だったからな。
演習場へと戻る途中、ブンブンと振って感覚を確認する。
さすがにちっとばかり軽いな。が、まぁ、問題ないだろ。
演習場に戻ると、既に3人は着替え終えて待っていた。
「お待たせしました」
「え……神令さん、その得物は――」
「丁度良いものがなかったので、即席ですが拵えてきました。実戦ではありませんから、これで問題はありません」
「確かにそれもそうか。でもそれ、攻撃を受けることは無理なんじゃ」
青年、狩木さんが不安そうな声を出した。
まぁ、俺の見た目がこれだからな。攻撃が当たったらと思うと躊躇するんだろう。
「大丈夫ですよ。受けられる程度には、念動で固めますから」
元々、剣を使う時にはそうやって来たからな。慣れてる。攻撃に使う側はほぼ右手の得物のみだから、そっちはそのまま使えば問題ないだろう。
ということで、模擬戦……というか対イエロキャップ仮想戦の開始だ。
本当なら3対1で行うのだが、相手方が俺の実際の実力を測りかねているため、まずは1対1で行うことになった。
尚、相手をすることになるふたりの自己紹介は、ここに来るまでにされた。もちろん、麻葉さんもだ。
麻葉利人。34歳。刀剣使い。刃物であればなんでもござれらしいが、やはり基本は刀、もしくは刀のようなものだそうだ。つまり、日本刀、フィランギ、シャムシールなんていうものがメインとのこと。斬撃特化の片刃剣ってことだろうな。
青年の方。狩木朗、19歳の体術使い。【同舟会】は道場が集まってできたクランと云うから、柔術系の流れを組んだ短剣使いのようだ。
で、女子高生。芦見和、17歳。彼女はなんというか、珍しい類のクラスのようだ。魔具使いに成るんだろう……な。【Gadgeteer】というそうだ。日本語表記にするなら【機工魔具使い】とでもなるのだろう。
オーマじゃないクラスだ。ただの【魔具使い】それなりにいたが。
というか、この娘、もうちょっと危機管理に関して教え込んだ方がいいな。クラスとか、そう簡単に人に教えていいものじゃない。
いや、それだけこっちの冒険……いやさ探索者の倫理観がしっかりしているともいえるからだろうが。それとも運転免許証的な感覚なんだろうか。
考えてみたら、運転免許証には住所が記載されているわけだから、下手に他者に見せたりするのは不用心だよな。身分証明として扱いはするが、大抵は公的機関や金融、医療機関くらいなもので、それ以外ではホイホイ見せるものじゃないだろう。
そうだとしても、えらく物騒に感じるな。多分、オーマのあの治安の悪さに慣れ切っていたからだろう。
まぁ、こっちでも海外だと治安がいいとはいえないから、日本がおかしいんだろうな。
まぁ、いいや。それじゃ仮想戦開始だ。
まず最初の相手は狩木君。……年下だから君付けいいだろ。
演習場中央で対峙する。芦見さんには、俺の動きをしっかりと見ておいてもらわないとな。彼女が彼らの対黄頭戦の要となるんだ。黄頭とは修行も兼ねて散々狩ったからな。さんざん見て覚えた黄頭の動きは、まさに短剣使いのお手本だ。
おかげでライセンスを取得したばかりの頃は、【ASSAULT ASSASSIN】なんていう、どう考えても暗殺者は強襲なんてしねぇだろ、なんていう突っ込みどころ満載なクラスだったからな。
狩木君は演習用の模擬短剣を順手に持った二刀流。標準的な短剣使いのようだ。
対する俺は足を肩幅に開き、気持腰を落として前傾姿勢。野球でいうところの内野手のような構え。そして得物を逆手に持った左手を前にややだらりと下げ、右手は順手に得物を持ち、そのまま体の脇に垂らす。
互いに相手を見据えたところで、麻葉さんが開始の声を上げた。
と、同時に狩木君が一直線に左手を牽制するように前面に構え突っ込んで来る。
愚直にもとれる突撃だ。
……あぁ、うん。多分これは、俺の見た目が悪い意味で仕事してんなぁ。ガチでやっていいのか躊躇して、真正面からの分かりやすい攻撃としたようだ。
それじゃ、そんな気遣いは無用と分からせるとしようか。
薙ぎ払うように振られて来る右短剣を左手の得物で弾く。念動で防護すると宣言してあるんだから、紙で木剣を弾いても驚かれはしないだろう。
左手を下から振り上げるようにして木剣を弾き、そのまま左腕を戻しはせずにさらに踏み込む。それこそ左得物で狩木君の顔面を攻撃するかのように。
これの目的は攻撃ではなく、視界の妨害だ。
左手で武器を跳ね上げ、そのままの流れで右へ、狩木君からすれば自身の左へと抜けるかのように見せる。
が、実際は視界を塞ぎそう思わせつつ彼の目の前でくるんと反転して、彼の右半身側を抜け、その回転に合わせて逆手に持ち換えた右の得物を狩木君の左腰上に付き込む。――あぁ、いや、小突いた程度に当てたところで止める。
狩木君は驚いた顔で慌てたようにこっちに振り向いた。
「今のは結構単純なフェイントだぞー。防刃布の服でも鎧下にしてりゃ耐えられるだろうが、隙間に差し込まれるわけだから痛くはあるなぁ。ひるんだところ背中に取り付かれたら、首を斬られて終わりだ」
そう云って開始位置へと戻る。
さて、ちょっぴり煽ったがどうだ?
狩木君も開始線に戻り、再び構えを取る。構え自体は変わらないが、顔つきは変わった。
ははっ。いいな。山常の馬鹿なんかとは違うな。俺の煽りに血を昇らせもせず、しっかりと気を入れてきた。これならやりがいも出るってもんだ。
それなら、俺の知る限りの黄頭の戦い方を再現してやろう。
10戦後。本当はこんなに数をこなす予定ではなかったのだが、1戦がことごとく秒殺で終わってしまったため、こんな有様となった。
狩木君は……頭を抱えて座り込んでる。
うん。すまん。ちょっとやり過ぎたかもしれん。とはいってもなぁ、やったことは全部黄頭が好んでやらかす戦い方だからなぁ。一応、鎧で身を護っているという想定で動いたから、首切りでの止めばっかりになったわけだけど。
鎧を着てない相手とかだと、足の腱を切って行動不能にしてから、肝臓を引きずり出したりするからな、あいつ。
で、麻葉さんと芦見さんはというと、麻葉さんはまるで「あちゃー……」といわんばかりに顔に手を当てて俯いているし、芦見さんは顔を真っ赤にして視線があっちこっちに泳いでいた。
「あの……神令さん、急所を狙うのは常套でしょうが、さすがにアレは」
麻葉さんが困ったように俺にいう。
俺は首を傾げた。
あれ? んん? あぁっ!
「あー、誤解されているようですが、別にあれ、金的を狙った攻撃ではないですよ」
俺は麻葉さんに答えた。
そう、最後の10戦目。俺は狩木君の股間へカレンダーダガーをぶち込んだのだ。まったくの真下から突き上げるように。
俺は説明を続ける。
「鎧を来ている相手を想定した攻撃です。鎧の守りが薄い部分というのは、その実少なかったりします。膝裏など無防備のように思えますけど、実のところそうではありません。だから鎧を着込んだ者は転倒すると大変なことになるわけですが。
で、全身鎧を着込んだ者の分かりやすい弱点は、面頬の視野を得るための隙間、脇、そして股間の直下部分となります。特に股間直下部分は守りが薄いですからね」
せいぜいが鎖帷子で覆われている程度だ。防刃には優れているが、打撃には滅法弱いし、刺突に対しても強いとは云い切れない。得物によっては貫通するしな。スティレットやエストックなんかは、それに特化した武器だ。
まぁ、黄頭はそんな得物を使うことはないと思うが。特殊個体といえど所詮はゴブリン。手にする武器はポップ時からもっている鈍らなダガーか、でなければ殺した相手からの戦利品だからな。簡単に折れるエストックなんて使ってる冒険者なんてまず見ないし、スティレットは不人気で使っているのは稀だった。そういやスティレットは、地球だと定規替わり使われたりする有様だっけか。そんなことを聞いたことがあるな、前世で。
「とりあえず彼のショックが抜けるまで、おふたりと模擬戦をしましょうか。芦見さんは容赦なく私を吹っ飛ばしてくださいね。山常の全力の一撃でもかすり傷ひとつ付かないだけの魔力装甲は張れてますから、遠慮は無用です」
そうふたりに云うと、なぜだかふたりは顔を強張らせていた。




