025_仮想戦_①
やったぜ。
これで美味しい和菓子屋さんの情報は手に入った。丸志摩さんというそうだ。あとは米菓のお店と、洋菓子店を押さえておきたいところだ。
微かな加重を感じた後、電子音が箱が止まることを報せる。
扉が開き、俺はエレベーターから降りる。
さて、これから丸志摩さんへ行こうと思うんだが、問題がひとつある。
俺は道に迷う。
方向音痴、というのとは少々違う。未踏の地に放り出されても、ちゃんと人里へと真っすぐ戻ることはできる。
――のだが、なぜか街中で住所を頼りに目的地へと向かうとなると、道に迷う、というか正しい道を見失うのだ。
5歳になるまではこんなことは無かったんだ。前世を思いだしたらこの有様だ。
スマホのナビを使えばいいって?
無茶いうなよ。俺の中ではいまだ2000年で技術が止まってんだ。スマホにしたって電話以外は使っていない。その電話さえも殆ど利用しないから、もはや無駄にデカい懐中時計モドキの有様だ。
玄関ホールにまで辿り着いた。さて、どうしようか。勝野さんには「すぐそこですよ」と云われたが、“未知”である以上、その“道”は俺にはとてつもなく遠い。
無鉄砲に進んでみてもいいが、ただウロウロとしただけでここに戻って来るのはいただけない。よし、受付のお姉さんに道筋をしっかりと教えてもらおう。
エレベーター前から玄関ホールへと進むと、ちょうど受付には1グループが受付嬢と話していた。
中年の強面……って程でもないな。やや厳つい精悍な顔つきの男性。その2メートルはありそうな長身の彼に付き従うように、細身の青年と少女。見た感じ大学生と高校生という感じだ。
ふむ。
なんだか面白そうな感じだな。あの男性は地球基準でかなり強いと見た。それ以上に面白そうなのが後ろの女子高生っぽい子だな。呪文使いっぽい雰囲気だが、現状、公式的には魔法系のクラスはいないらしいしな。多分、それに準ずるようなクラスだろう。
属性魔法使いか?
もうひとりの青年は、完全に軽戦士系の体形だなぁ。体術主体、いわゆる軽業師的な方向かな。まさかと思うが、フィクション方向での忍者とかじゃないだろうな。実在したらそれはそれで興味深いが。
実在の忍者なんて実際の所は諜報員だからな。
眼鏡も掛けてるし鑑定したいところだが、さすがに敵対しているわけでもないのに、そんな不躾な真似をするわけにはいかなないしな。
そんなことを考えながら受付が空くの待っていると、受付嬢と話していた男性が不意にこちらを向いた。
俺が見ていたことに気付いた、というわけではなく、単にこちらに向かって進もうとしただけなのだが、思い切り目が合ってしまった。しかも綺麗に二度見されたぞ。
ん? こっち来た。
「失礼、お嬢さん。ちょっと話をしてもよいだろうか?」
「なんです?」
「先ずはこちらを」
そういって男性は名刺を差し出してきた。
背丈の差が1メートル近くある状態での名刺交換など、傍から見たら珍妙な光景だろう。
つか、俺、名刺なんかないんだが。
「ご丁寧にありがとうございます。私は名刺を持っておりませんので、無礼で申し訳ありませんが……」
「いえ、お気になさらず」
「『同舟会代表 麻葉利人』。……任侠の方ですか?」
「いえ、【同舟会】というのは、町道場が集まって作られた組織ですよ。民間による対魔物組織として起ち上げられたものです。ギルドとかクランというようなものですよ、神令さん」
「あぁ、これは失礼を。名乗っていませんでしたね。神令イオと申します。恥ずかしながら、英国はディバインボルト家から日本に戻ってきた神令の血を引くものです。とはいえ、神令のしきたりなどは一切継承していませんので、ただ血を引いているだけの者ですが」
お、微妙に表情が強張ったな。ってことは【神令】を知っているってことだ。考えてみたら、ライラさん、ふわっとしか教えてくれてないから、どこまで情報操作されてるのか分かんねーんだよな。
後ろのふたりは怪訝な顔だな。となると、一定以上の年齢層に情報を植え付けてある――と仮定しておこう。
「それで私に何用です? なにぶん私はこの見てくれです。にも関わらずこうして真っ当に相対しているわけですから、なにかしらあるのでしょう?」
「先日配信されていた、山常との模擬戦を視聴させて頂きました。下衆な輩とは言え、戦士としてはそれなりに腕の立つ者です。それを神令さんは子猫をあやすかのような調子で手玉に取っていた。実際、こうして直に前に立ち、話しているというのに貴女の底が知れずにいます。
その貴女の力を見込んで、初対面で不躾ながらもお願いしたいことがあります」
ふむ……。
「具体的にはなにを?」
「模擬戦を……いえ、後ろのふたりに稽古をつけては頂けないでしょうか?」
「稽古?」
「実は、現在討伐に手古摺っているモンスターが1体いまして。おそらくはワンダリングボスと思うのですが、その動きがあまりに素早くトリッキーであるため、対処できずに被害が出る一方なのです。JDEAより討伐を依頼されたのですが、情けない話、相対したものの逃げ帰る羽目になりましてね。対策は立てたものの、それを実行する実力がないため、促成でもそれができるように鍛えなくてはならないありさまでして」
あー……なるほどなるほど。
「動きで翻弄する、というのなら、あの馬鹿との対戦映像の私であれば正に打ってつけの相手でしょうね。で、そのモンスターってなんです?」
問うと、麻葉さんは苦々しい顔で答えた。
「ゴブリンです」
ゴブリン。
地球では“小鬼”などとも呼ばれる妖魔種だ。
なんだかフィクションだと人類と交配可能で、なぜか生まれて来る子は純血種のゴブリンとかいう、わけのわからない話が出回っているようだが。
いや、遺伝子的に交配不能だからな、ゴブリン。たとえ子ができたとしても、それは生殖不能な個体となる。あれだ、ライオンとトラの交雑種、レオポンとかライガーと一緒だ。
さて、このゴブリンだが、困ったことに人類とほぼ同様といっていい。
即ち、繁殖力による数と知恵による暴力が主体の生物ということだ。
実際の所、同じスタートラインで人類とゴブリンとで生存競争を行った場合、負けるのは人類だ。
それくらいにゴブリンは厄介なモンスターなのだ。
ゴブリンは社会を持つ種だ。ハチやアリと同様に、役割に合わせた形態を持ち、統率の取れた活動を行う。
働きアリたるゴブリン。
兵隊アリたるホブゴブリン。
もちろん女王も王もいるし、更には戦争師に将軍、騎士、属性術師なんていうのも標準仕様でいる。それに加えて特殊個体なんてのがちらほらいるという有様だ。
それがそれなりに統率の取れた部隊として活動するんだから、面倒な事この上ない。
オーマでは、ダンジョンからでた魔獣型が繁殖などしないよう、最優先殲滅対象にされていた。
んで、麻葉さんがいうゴブリンはと云うと――多分、アレだろう。ワンダリングボスというが、まぁ、ボスともいえるか。特殊個体はレベル詐欺な強さをしているのが殆どだからな。
「帽子、被ってました?」
「え? えぇ、バンダナともベレー帽とも見える、緑褐色の帽子を被っていましたね」
あー。確定だ。
「また厄介なのが相手ですねぇ」
「ご存じなので?」
「ゴブリン種で“レッドキャップ”って呼ばれている特殊個体群って知ってます? いうなればエリート軍人小隊とでもいう、最低でも6体からなるゴブリン部隊なんですけど」
「聞いたことがありますね。米国と欧州のいくつかのダンジョンにいた筈です」
「みなさんが遭遇したのは、それの亜種です。レッドキャップが血で染めた帽子を被っているように、そいつは胆汁で染めた帽子を被っているゴブリンです。イエローキャップというゴブリンですが、帽子の色は実際のところ、黄色と云うよりは黄褐色、場合によっては緑色っぽくなっていたりするやつですね。単独行動を好み、その戦い方はフィクションに登場するようなトンデモ忍者です。もっとも忍法なんて呼ばれる妖術じみたものは一切使えず、体術のみですが」
麻葉さんは後ろのふたりに視線を向けた。ふたりは互いに顔を見合わせて、納得したように頷いている。
「あー、おふたりが遭遇したんですか。よく生きてましたね」
「私が魔法の短杖で味方もろとも吹っ飛ばしたので」
「他にふたりいたんだが、ひとり重症を負っていまは入院中。もうひとりも自宅療養中だ」
お、死者は無しか。レベルは二桁だろうに、運がいいな。
「うまく吹き飛ばしたことで引き剥がすことに成功し、どうにか撤退できたようです。撤退する際にも、短杖の力を使って吹き飛ばせたこともありますが、なにより狭い通路へと逃げ込めたので、それを外さなかったことが大きかったのでしょう」
「なるほど。というと、その魔杖は面制圧ができるタイプの魔法が封じられてる代物ですか。となると、彼女が安定して黄頭に魔法をぶち当てて、動きを止めることができるようになるための訓練。要は、私が黄頭役、ということであってます?」
うん。模擬戦、というよりは仮想戦といったところか。黄頭役が欲しいといったところだろう。あ、だから軽戦士っぽい彼がいるわけか。とはいえ背丈がデカすぎるけどな。
「はい。初対面で不躾ですが、お願いできますでしょうか?」
「構いませんよ。とはいえその見返りに、お願いしたいことがありますが」
俺は引き受けることにした。時間もあるしな。とはいえタダとはいかない。
「聞きましょう」
少々表情をこわばらせた麻葉さんの目をしっかりと見据えながら、俺は真面目腐った顔を取り繕って要求した。
「おいしいお煎餅のお店と、品ぞろえのいいお茶屋さんを教えてくださいな」
俺の言葉を聞いた3人は、まさに“鳩が豆鉄砲をくらった”というような顔をしていた。




