024_APPENDIX:JDEA本部にて、とある課長とその部下の会話_③
■APPENDIX:JDEA本部にて、とある課長とその部下の会話_③
「課長、どうされたんですか?」
「知りたくもない真実を知らされて頭を抱えてる。
これ、どう扱えってんだ……」
「なにがあったんです?」
「ダンジョンの最奥は異世界に続いている……っていうダンジョンパッセージ説を否定された。その上で不確定ながらも異世界へと行く方法を教えられた。神令さん、それのせいで異世界へ放り出されて、12年かけてこっちに戻ってきたそうだ。かなりの無茶をしたらしくて、その結果が馬鹿げたあのレベルだそうだ」
「馬鹿げたレベルといわれましても。神令さん、いくつだったんです? 先ほど奇声をあげている早田課長と温井主任を見ましたよ。不明だった物品の判定ではしゃいでいるみたいでしたけど」
「……あぁ、まだやってんのか。神令さんが鑑定道具を持ってきてくれてな。水曜の時に、鑑定オーブに関してぼやいていたのを聞いただろ?」
「あー……云ってましたね。そんなに凄いんですか?」
「形状が球体ではなくボード状だ。その形状のおかげで、これまで鑑定に難儀していた物品の鑑定が格段にしやすくなった。人の鑑定だと、これまでスキルとされていたモノに加えて、その詳細能力が分かるようになってたな。で、レベルはというと、6桁まで判別可能だ」
「6桁!?」
「神令さん……イオさんは7万超えだ。で、サラさんは3万超え」
「は? え? 鑑定具の不具合とかではなく?」
「間違いない。俺の結果が確かだったからな。もちろん、早田もだ。しかもきちんと項目も表記される。これまでは、ただ名前と【レベル】に【スキル】……じゃなかった【属性】がそのまま表記されるだけだったからな。正直、あれが25年前にあればと思ったよ。自身の“才”がわかるってのは、とんでもないアドバンテージだからな。まぁ、無いのが普通らしいが、無ければ無いで、自由に自身の鍛える方向性を選べるともサラさんは云っていたよ」
「どういうことです?」
「必ずしも“才”……この場合は、【属性】から得られた【能力】か。これが自身の性格、戦い方の好み、方向性っていえばいいか? それと合致するとは限らない。だがあればそれにこだわるだろう? 結果として、強くなりきれないんだそうだ」
「なるほど。納得はできますが、そこまで割り切れる人は少ないでしょう。スキル持ち=ギフテッドと考えている探索者が殆どですから。よほど意味不明なものでもない限り、生かそうとしますよ」
「ま、それについては我々は口だしできんよ。どうするかは個人の自由だ。
でだ、鑑定盤、神令さんたちのレベル、そしてダンジョンパッセージ否定、異世界の存在の確定、これだけでかなり頭を抱えたくなる情報量だが、そこにさらにひとつ追加された」
「なんだか聞くのが怖いんですが」
「異世界からこちらに跳ばされた者がいる可能性がある。ダンジョンで死亡とされているが確認はされていない高レベルの者が数人いるそうだ。もちろん、これは異世界の話でだ。こっちに来ている可能性があると、神令さんがいっていた」
「そ、それって……。先月、オーストラリアでひとりいませんでしたか?」
「確実に異世界人だよなぁ。神令さんが通訳をしてもいいと云ってくれているんだが、どう話を持って行ったものかな」
「通訳できそうな者が見つかったと伝えれば……いえ、神令さんたちは国外に行けるんですか? 立場的に、国が出ないように要請していそうですけど」
「しているらしい。契約関連が終わった後、少しばかり雑談したんだ。その時に聞いた。宮内庁からもなにかしらアプローチがあったようだが、神令家のしきたりに関しては伝えられていないと突っぱねたそうだ。血統はつながっているが、国事に関わることはできないと。
まぁ、彼女たちのことだ、海外に行くことを決めたら、勝手に行くだろう。ほら、山常の件があるだろう?」
「あぁ。ハイランドまでいつの間にか行って、無様な有様で玄関ロビーの隅っこで転がってましたね。サラさんは魔術師ですからね。転移くらいお手の物なんでしょうか?」
「だろうなぁ。それで、そっちはどうなった?」
「神令さんとロージー間の契約は問題なく済みました。ですが、ロージーと我々のほうで少々もめました」
「揉めるって、なにが問題になったんだ?」
「商品の命名です」
「命名って、【アダム】じゃないのか? 神令さんはそう呼んでただろ」
「いえ、あれは通称と云うか、俗称とのことです。イオさんが初めて見た時に、アダムスキー型円盤みたいだ、と云ったところからついたそうです。開発者である小神さんがいうには、あれは単に『マナクラフト』と呼んでいたそうです。ですが『マナクラフト』は商品名ではなく、イオノクラフトと同様に技術的な呼称ですから」
「なるほど。そこで商品としての名前ね。いや、ウチは義理で首を突っ込んでいるような状態なんだから、命名権はロージーにあるんじゃないか? というかだ。製品としてのデザインやらなんやらはロージーなんだから、ウチが口出しするようなことじゃないだろ」
「営業の酒田さんがゴネまして。『思い出激撮くん!』にしましょうと」
「昔、そんな感じの名前のカメラがなかったか?」
「そうなんですか? 私は知りませんが。そもそもあまりカメラにこだわりがあるわけでもありませんし。スマホのカメラで十分ですしね」
「大抵はそうだろうな。まぁ、その命名に関しては営業が折れるだろ。折れなきゃダメだ。あまりに酷ければロージーがウチを弾いてしまえばいいんだからな。EXPのオプション装備、なんてことにされかねん。ま、実川がなんとかするだろ。他には?」
「小神さんがことのついでのように、魔法触媒……いわゆる魔法を使うための杖、ですね。それの販売に関しても提案されました。これはロージーにではなく、JDEAへの打診です。モノがモノですから、きちんと管理をしたほうがよいだろうとのことです」
「それは……魔法使いでなければ必要ないものなんだろう?」
「いえ。魔法自体は才能に関係なく、魔法触媒さえあれば誰でも使えるそうです。それらのざっくりとした説明の動画を預かってきました。なんでも、勝手にJDEAから受注販売されるというようなことをイオさんが云ってしまったため、サイトへのUPは見合わせているそうです」
「つまり、魔法の杖さえあれば、誰でも魔法を使えると?」
「そうなります。ただ、杖に取り付ける魔法辞書に魔法を記さないといけないようですが。要は、ゲーム同様に魔法を買って、魔法辞書に加えれば修行などせずとも呪文ひとつで魔法を使えるということです。こういう魔法使いは、実際には魔法使いではなく、【呪文使い】というそうです」
「そいつは……販売したら確実に売れまくるな。魔法に憧れを持つ者は多いからな。探索者に関わらず」
「銃器同様に規制が必要だろうからと、こちらに話を持ってきたようです。小神さん曰く、火力は銃器で十分な以上、さらに探索者の生存性をあげるとしたら防護や補助方面の拡充が必要だろう、と。そのための魔法と云っていました。もちろん、イオさんが山常との模擬戦でみせた攻撃用の魔法もあるわけですが」
「マジックアイテムと同様の扱いで問題ないだろ。魔法の杖が必須であるならば、それを銃器と同列に扱えばいいだけだ」
「神令さんたちは現状をかなり憂いているようです。でなければ、こんな金の生る木を簡単にこちらに投げ渡してきたりはしませんよ」
「……イオさんの言葉を信じるならば、彼女の常識は異世界のものだ。それと比べると、地球の現状は恐ろしくて仕方がないということなんだろうな。演習場の配信で、小神さんがイオさんの言葉を云っていただろう。探索者として最初の1年でレベル100前後にならないと探索者として一人前になれんと。それが異世界の常識なんだろうさ。実際、こっちじゃトップ層でもいいところ潜れるのは40階層だ。それも無茶をしての話だ。もっとも、神令さんたちはあっさり松戸ダンジョン108層をクリアしてしまったがな。ダンジョンの完全攻略なんて世界初だ」
「ダンジョン庁のほうでも騒ぎになっているみたいですね。もっとも、相手が“神令”であったために、馬鹿な考えは引っ込めたみたいですが」
「お国の為に無償奉仕しろとか云いだしそうだしな、あいつら。もっとも、神令さんのレベルは7万超えだ。冗談じゃなしにひとりで国を落せると思うぞ。イオさんの実戦での立ち回りは黒竜討伐の映像でしか見ていないが、アレ、どう見ても余裕を持って討伐しているしな」
「山常の全力攻撃を態と受けてケロっとしてましたしね。体重が軽いせいもあってか、盛大にとんでましたけど」
「あそこまでレベルが上がると、山常の攻撃も完全に防げるってことなんだろうな。ま、これらをまとめて、WDEAへと放り投げなきゃならんわけだ。もう面倒だからそのまんま投げるか。信じる信じないまで気を回してられん」
「そうですね。うまくすれば、オーストラリアで保護されたジェーンドゥ嬢で信憑性がでますよ」
「そうだな。それを願おう。ところでだ。いま話していてとんでもないことに気がついたんだが」
「なんです?」
「天使について一切話題がでなかった。それも確認しなくちゃならんハズのことだったのにだ」
「……あ」
「そっちも今まで失念してたか。……なるほど。こういうことなのか?」
「なんの話です?」
「イオさんが云っていたんだ。『だから魔術師は怖いんだよ』ってな。サラさんがシャティさんの国籍取得の際に、なにかしらやったらしい。……はは、確かにこいつは怖いな」
「認識の操作的なものでしょうか?」
「どうだろうな……。ただ単に、こっちが失念していただけかもしれんしな。さすがに衝撃が強いことが多過ぎだ。そっちはエルフ、こっちは鑑定盤と異世界情報だ」
「……課長はエルフ、シャティさんの姿を画面越しでしか見ていないんですよね。実際に会うと本当に衝撃的ですよ」
「そうなのか?」
「なんというか、人類とは別種であると、見ただけで分からされます。正直、普通に接しているイオさんたちが信じられないレベルです。下手をするとシャティさんを崇め奉る者が続出するんじゃないか、と心配するレベルですよ」
「彼女の生徒となる連中が心配だな。ロージーはもとより、ウチからも何人か才のある者を生徒に出すことになりそうだからな」
「魔法の杖に関しても、技術をこっちに丸投げされましたからねぇ。錬金術師となるための授業ですが、神令さん宅で行うこととなりました。シャティさんを不用意に電車で移動させるのは問題しかありませんから」
「神令さんほうは大丈夫なのか?」
「問題ないと、小神さんに確認頂いています」
「そうか。……そうだ、張戸、お前も小神さんのところへ出向しろ。正式に専任にしとく」
「え、それは……新人に対する対応として問題にされるのでは?」
「構うもんか。“神令”の名前を出せばみんな納得する。せずとも文句は云えんよ。黒竜の件で、どれだけウチが儲かると思ってんだ。10パーでも軽く億を越えるぞ」
「そうですよねぇ。神令さんの連絡先の問い合わせが酷いようですから」
「チャンネルの方で問い合わせても、けんもほろろな対応だろうからな。まぁ、とにかくだ。神令さんのところで、JDEAとの繋ぎを頼む。まともに連絡も取れんからな。ついでに天使についても確認をしてくれ」
「確認して……どうするんです?」
「どうしたもんかなぁ。そこかしこで目撃情報がではじめているからな。助けられた探索者も少なくない。とはいえ何をしているのか不明なのが問題だからな。そのあたりをなんとか聞き出してくれ」
「……聞いて後悔するような内容だったらどうしましょう?」
「神様の実在が証明されるようなら、聞かなかったことにする。そんなもの公開してみろ。世界が崩壊するぞ」
「宗教戦争とか起きそうですよね。一応、知り得たことは報告します。握り潰すのは課長に任せます。私の責任は報告書を上げるところまでです」
「あまりにも知らない方がいい情報なら握り潰すさ。でなけりゃ――」
「どうするんです?」
「JDEAをすっとばしてWDEAにぶん投げるさ。あっちには戦友が何人かいるからな。連中がどうするか決めるだろ」
「昔のお仲間ですか?」
「いや。支援で向かった際に一緒に戦った現地の連中だよ。一次ダンジョン災害は、日本じゃかなり早く終息したからな。ただ海外じゃそれに乗じて暴動だのなんだのが酷くてモンスター討伐がままならなかったんだ。土地も広いしな」
「なるほど……」
「日本も支援を出せる状況じゃなかったんだが、国際社会の評価を上げるにはいい機会でもあったからな。5年ばかり世界を転戦させられた。おかげで人脈だけは広がったな。成果は政治屋がかっさらってったが」
「あははは……」
「俺のところで握り潰すより、ぶん投げた方が無難かも知れんな。宗教との関りに関しては、日本人は薄いからな。対処のノウハウが微妙だ」
「そうですね。あ、そうだ。課長、ありがとうごさいました」
「ん? なんのことだ?」
「神令さんに絶対に聞かれると云っていたじゃないですか。しっかり聞かれましたよ。他に誰もいないエレベーターの中で」
「なんの内緒話だ?」
「角煮が美味しかったと答えておきました。実際、作って後悔しましたからね。今後、普通の豚の角煮を食べても微妙な気分になりそうです」
「あぁ……それか。こっちは俺ひとりになることはなかったから、聞かれなかったな。俺も食って後悔したからな」
「……美味し過ぎますよね」
「あぁ、まったく。……張戸。もしまだ残っているなら、絶対にパンチェッタは作るな。他の肉を食えなくなるぞ。残ってる分を食べきったら、少なくとも向こう1、2ヶ月は魚生活になりそうだ」
「ご愁傷様です。私もそうなりそうで怖いんですが」
「暫く食べなきゃ落ち着くだろ。張戸、よければパンチェッタをおすそ分けするぞ」
「被害者を増やそうとしないでくださいよ」
「ま、とにかくだ。明日から神令さんの方へ行ってくれ。必要なら部屋を用意するぞ。確か千間坂ダンジョン事務所職員用に押さえてある部屋がまだ空いているハズだ」
「お願いします。通うには片道2時間くらいかかりそうなので」
「交通費の申請も忘れずにしとけよ」
「はい。失礼します」
「さて、WDEAとAUDEA、どっちから始めるかね……」




