021_配信をしよう_③
映像内の俺たちがガスマスクを着け、ダンジョン内へと入っていく。
:ガスマスク怖い
:ゾンビの脳を焼くってなに?
:どうしてガスマスクとホッケーマスクは怖いのか
:ペスト医師もな
:というか、何語? 言葉がわからん
ふむ。
「言葉は気にしないでくれ。一種の失言防止策だ。でだ、サラ。やっぱりこの絵面で良かったんじゃないか」
「え?」
「だって画面内の俺たちは、ずっとこの有様だぞ。顔なんぞ見えん」
「そういえば……。いえ、この件については後で話し合いましょう、姉さん」
「なぜあのパペットにそこまでこだわる……」
いっそのことリアルで作ってやるか? 材料さえあれば【位相】でぱぱっと作れるしな。
動画の時間は約1時間にまとめられていると、予め訊いてはいる。その内容は探索より出現するモンスターの紹介に寄っているとも。
そのせいか、流れる絵面はグロすれすれながらも配信の方は好調だ。
:ゾンビがバタバタと倒れていく
:え、どうやってるの?
:魔法すげぇ……けど地味だな
:わーこれならBANされないから安心だ―
:BANって、確かにそうだけど
:完全に見た目は人だしなぁ
まぁ、普通のソンビはともかくも、特殊ゾンビはそうそうお目に掛かれないからな。それに見ることができるにしても、討伐された後のもの。死体……といっていいのか? とにかく小銃で撃たれまくってボロボロになったものだけだ。
一応、すべての特殊ゾンビはダンジョン生成災害時に地上に出現したことがあるため、その姿は記録として残ってはいるものの、不鮮明なものが殆どだ。そして鮮明なものは討伐後のボロボロもの。
そういうわけか、こうして活動している特殊ゾンビの映像は貴重なようだ。
だが、姿は分かっていても不明な特殊ゾンビが一種だけいるようだ。コメントを見るに【バンシー】は確認されていながらも討伐は無し。地上に出現した時も、ダンジョンの入り口がしっかりと生成されるとすぐに引っ込んだそうだ。
まぁ、アレが普通にほかのゾンビと外にでたら、災害どころじゃなくなるよな。他ゾンビを狂乱強化するバッファーで、攻撃力はほぼ皆無であるものの、無敵に近い高耐久に高防御のゾンビだ。それに関してはもっとも怖れられている【バルク】よりも上ってんだから、もう存在が絶望だよな。
あれ? ってことはだ。【バンシー】もロケランに耐えられるのか。さすがに軽いから吹っ飛びはするだろうけど。……そう考えると恐ろしいな。
で、丁度その【バンシー】の紹介となっているんだが。映像に流れているのは発見した1体目ではなく、2体目の方だ。1体目は討伐後に撮影をしたからな。活動中、即ち唄っている最中のものを撮影するため、マナクラフトを先行させて撮影させたんだ。
……たちまちコメントの速度が爆速になったな。
:ゴスロリ美少女来たー
:って、これがバンシー!?
:はじめて見た
:WDEAのデータベースに載ってたっけ?
:酷い画像のが1枚あっただけだ
:ってことは、世界初の映像?
:しかも動いて……歌ぁっ!?
まぁ、【バンシー】、アニメキャラを3次元に還元したような見た目だしな。しかも2体目はどういうわけだか……ゴシックロリータっていうのか? なんか無駄にゴージャスな雰囲気の黒ドレス姿だったし。
おっと、映像の唄ではゾンビどもは強化されないから安心だと云っておかないとマズいな。
それにしても、あのダンジョンの元になった人間の嗜好はなんだったんだろうな。ホラー映画好きにしても、偏りすぎだろ。
つーかだ。25年経ってても人の嗜好は変わんねーなぁ。【バンシー】がここまで人気……っていっていいのか? まぁ、なるとは。
2体目の時は『唄っているところも撮影しましょう』なんてサラが云いだして、階層のゾンビを全滅させてから【バンシー】と接敵したからな。唄ってる状態のバンシーなんて見れるもんじゃないだろう。なにせ見た者はゾンビに群がられて死ぬからな、普通。なんとなしに【バンシー】を【解析】してレベルをみたら5000とかあったしな。それが防御全振りなんだ。そんなのレベル三桁もままならないこっちの冒険者じゃ太刀打ちできねーよ。
攻撃力が皆無なのがせめてもの救いだ。いや、そうでもないか。倒されて跨られて、延々と幼児レベルのパンチなりビンタなりをペチペチ喰らい続けることになったら、魔力装甲で完全防御できるレベルでもなけりゃ普通に死ぬな。
「さて、みなさんお待ちかねの【バルク】ですよ」
「いや、お待ちかねじゃないだろ、こんな化け物」
「筋肉モリモリのマッチョマンは大人気と聞きましたよ?」
「大人気なのは筋肉モリモリのマッチョマン(木こり)の方だからな」
いや、どうしような、本当に。興味を持っていろいろ情報を仕入れるのはいいんだが、なんで微妙にズレるんだよ。ハクは肩をふるわせて笑うのをこらえているし。
:筋肉だるまだー
:木こりwww
:イオちゃんwwww
:マーベラス映画のキャラそのものじゃねぇか!
:顔が怖い
:ピンク色なのに怖い!
:ピンクは関係ないだろwww
まぁ、このあたりまではよかった……のか?
そして1階。ダンジョンとしては100層目の映像で、コメントが止まった。
うん。サラが【天火】を使ったところだな。さすがに規格外の魔法だからな、アレ。あんなもん“頂点”の連中にも使える奴なんていねーよ。
「あれ? コメントが止まりましたね。フリーズしましたか?」
「フリーズしたな。フリーズしたのはそれじゃなくて、見ている視聴者の方だと思うが」
「え?」
「【天火】なんて、それこそ魔術の最高峰を見せられたんだ。驚き過ぎて思考も停止するだろうよ。なにより、【バルク】も一撃で終了してんだぜ。ロケットランチャーの一撃に耐える化け物が。確か、仕留めるのに数発かかったんだろ? そいつが2体黒焦げだ」
「……なるほど。確かにそう考えると、これはびっくりな事態ですね」
「視聴者諸君。この魔法はゲームでいうところの最大破壊呪文みたいなもんだ。こいつを扱えるような奴なんてそうそういないからな! サラがとんでもないってだけだ」
魔法使いになったらこんなことが出来るようになると、安易に思われても困る。
そもそも魔法使いと魔術師は別物だ。
:これが魔法
:えっと、最高峰のひとつってこと?
:完全に神罰とか天罰じゃん
:バルクが黒焦げだ
:うわぁ
:バルクが一撃とか笑えねぇ……
隣りからの視線を感じ、俺はモニターからサラに視線を移した。
「どした?」
「とんでもないとは失敬な。姉さんの方が格段におかしいじゃないですか」
「ん? そりゃそうだ。でなけりゃ5歳から10年以上もダンジョンで暮らすなんて、狂ったことしちゃいねーよ」
あの男爵は証拠隠滅しようとしつこかったからな。
:え、ダンジョン暮らし!?
:10年以上って
:そんなのどこでできるん
:政府だの国のDEAだのが保護するだろ
:どうなってんだ!!
:自己紹介動画だと、スコットランドって云ってなかった?
:スコットランド!?
やべ、ちっと口を滑らせたか。
だがサラは素知らぬ顔で先に進める。
「さて、次は地下駐車場となるのですが――」
「地下一階、101層からはモンスター層が変わる。とはいってもアンデッドなのは一緒だけどな。死体から骨格標本になるぞ」
「スケルトンは地味に面倒臭いんですよね」
「スケルトンは頭をかち割っても活動停止しねーしな」
普通に面倒臭いんだよなぁ、スケルトン。骨を砕かないとダメなんだ。だから半端な攻撃だとバラバラになるだけで、すぐに元に戻りやがるかなら。
そんなスケルトンを、サラは魔法であっさりと片付ける。一応魔法ではあるのだが、見た目は普通に物理攻撃だ。
魔力を固めて作った棍棒で殴って潰す作業だ。あとは、一ヵ所にひしめいているスケルトン共を、マナブレイド、刀身にして3メートル以上の魔力の剣を生み出して振り回す。
たちまちスケルトン共の骨は砕けてバラバラだ。
:魔法?
:え、いまの魔法?
:なんか本から光の剣がでてた
:薙ぎ払いだけでスケルトン全滅とか
「はい、これも魔法ですよ。姉さんが作った魔法ですね」
「いや、俺が作ったというか、こういう魔法を作ってくれって頼んだもんだぞ」
「普通の魔術師は、こんな近接戦闘用の魔法なんて作りませんからね」
「何考えてんだお前、って顔で見られたな。依頼した時」
とはいえ、シャティも面白がってロジックを組んでたけど。
:ん? 依頼?
:依頼?
:え、依頼って誰に?
:サラちゃんじゃないよね
:他に魔法使い? 魔術師? がいるの?
まぁ、気付くよな。あまりにも露骨だったか? だがまぁ、シャティは錬金術師育成のために連れて来たからな。後日、JDEAに連れて行って、どこの何者かをすべて暴露する予定だ。もちろん、俺の事もだ。
とはいっても、ほぼ完全な欺瞞情報になるが。ただ、異世界……オーマに関する情報は開示することになることと、狙って行くことは不可能であるということだ。
ん? シャティはどうやって来たかについてか? それは俺と一緒に来たことにする。俺は帰還、シャティは巻き込まれってことだな。ただ、エルフであるため秘匿していたということだ。
見てくれがエルフである以上、どうあがいても家系を作りあげてとかできないからな。とはいえ、国籍だのの問題がでてくるんだが、そっちはどうにでもできそうだ。
ドラゴンを売りに出した影響はかなり大きいみたいだしな。あとは裏社会の連中と友好的になれたら安泰なんだがな。まぁ、いいか。そうすると面倒事も増えるしな。
場当たり的になるが、どうにでもできるだろう。
※次回は明後日となります。




