003_俺は日本へ帰りたい
「異世界間転移、ですか?」
そうだ。俺は日本に帰りたい。それだけだ。
「……」
帰りたい理由ならいくらでも語れるぞ。はっきりいうが、あっちは不便なんだよ。これでもかってくらいに。なんで魔法があれだけ発展してんのに生活に生かしていないんだよ。
衛生面が地球の中世ヨーロッパみたいな有様なんだぞ。路地裏なんて歩いてたら上から糞尿が――
「いえ、大丈夫、大丈夫ですから落ち着いてください。あなたは双方の世界を知っていますからね。さほど問題はありません。大規模な貿易などをされない限りは。直接の転移ではなく、異世界間を繋ぐ門を一時的に開く形としましょう」
それは構わないが……問題があるのか?
「直接の場合、転移場所に何かしら障害物があった際、局所的な核融合爆発が起こる――」
も、問題ない! その門をつくる方で頼む! なんだその恐ろしい事態は!?
「転移というのはそういうリスクを孕むのですよ。いくつかパターンがありますが。もちろん、この場所にも門を繋ぐことはできますよ」
お、おぅ。なにやら圧を感じたが。……これは、たまには来いということだろうか?
それで神気とやらの問題は解決できるのか?
「異世界間を繋ぐレベルですから、かなりの神気を消費しましたが……まだ余っていますね。もうひとつふたつ適当な神通力をつけて、確実に安全なレベルにまで消費したいところです」
それなら、オートルートとかできないか?
「オートルート?」
戦利品の自動取得のことなんだが。いちいち拾う面倒を省くやつだ。前世でやってたゲームのMODだとそう云ってたんだが。自動などといってはいるが、勝手に回収するのではなく、俺が意識した時だけのがありがたいな。
「それなら問題ありません。ですが、場合によっては他者が倒したモンスターのドロップも回収することになりますので、そこは注意してください」
問題ない。どうせ俺はソロでしか活動しない。他者と共闘なんて恐ろしくてできるか。
「ふむ。まだ多少危なっかしいレベルですね。せっかくですし、この自動取得と先の転移を紐づけた、異空間収納も追加しましょう。ゲームでいうところのアイテムボックスとかインベントリというものです。この場所を倉庫とします。ここを無駄に遊ばせておく必要もありませんしね。
自動回収したもの、並びに収納しようとする任意のものをこの場所に転移できるようにします。
あなたとしても、そのほうが便利でしょう?」
そりゃ助かるが、問題ないのか?
「問題ありませんよ。この場はあの破滅神が神を喰らうために造り上げた場ともあって、無駄に強固で安定した空間となっていますからね。本来なら廃棄すべきなのですが、その廃棄にかかる労力がバカにならないため、その余裕ができるまで放置が決定です。まぁ、千年万年先となるでしょうし、その頃には忘れてそうですが。
あぁ、こちらに送り込まれた物品に関しては、完全な状態保存をしますのでご安心を。いわゆる時間停止的なものとなります。
ただ、もう2度とないとは思いますが、ここで戦闘行動を行いますと、それらの物品は被害を受ける可能性があります。また、生物をここに生きたまま転送するのはやめてください。一定以上の知能のある生物への時間停止はできませんので。好き勝手に暴れられても困りますし、収めた物品が被害を受けかねません」
了解した。大丈夫、無用な手間を掛けるようなことはしないさ。
俺は改めて周囲を確認する。ただ真っ平な平地が地平線? まで続くような場所だ。改めて神の持つ力に恐れ入るというものだ。……知らなかったとはいえ、よくもまぁ、俺はそんな存在と殴り合いをやらかしたな。
チーン♪
「肉体生成完了しましたー」
その電子レンジのお知らせ音みたいなのはなんだ?
「それでは、あなたを新たな体に移植しましょう。意識を失いますが安心ください。せいぜい半年程度です」
そういうや【青】い女神が右手を軽く振り、パチンと指を鳴らした。
★ ☆ ★
あれからどのくらい時間が経過したのだろう? 意識を失う直前には半年程度と聞いたが、実際にはどれほどだ?
意識を取り戻した俺は顔を顰めていた。
多分、かなりの仏頂面となっているに違いない。
いや、なんというかな。思っていたのと違うんだ。
まずは確認だ。
「質問があるんだが、いいか?」
「質問ですか? なんでしょう?」
どう聞いたものかな……。
ほんの一呼吸の間だけ悩み、ひとつ目を問うた。
「なんで子供なんだ? それも幼児……だよな、これ」
視線がえらく低いし、手なんかプニプニなんだが?
「え? 元の年齢から推定した体を用意したのですが? ライラ?」
「あれ? ……えっと、年齢は22歳、でしたよね? 自転公転共に地球とオーマはほぼ一緒ですから、年齢的な誤差は多くとも1年以内で収まっているハズですが」
「正確には不明だが、それで間違いないはずだ。5歳で受けた洗礼の日を基準に数えたからな」
「22……だったら幼児よね?」
「そうですね」
「いやいやいや。待ってくれ、普通に大人だ。オーマじゃ12で大人扱いだぞ」
「え?」
「は?」
「えっと……30までは幼児、50までが少女、100で成人なのでは?」
「どこのエルフだ!? いや、エルフの認識がそうなのかどうかは知らんが。というか、どうやれば幼児が神様の喧嘩に乱入して殴りとばせるんだよ!」
オーマにいたエルフのクライアントは普通に300歳以上とかだったし。つか、あいつらの寿命ってあるのか? 最終的には生きるのに飽きて眠ったまま目覚めず死ぬなんて聞いたが。
「た、確かに! ライラ、確認」
「はいぃっ!」
「それともひとつ」
「なんでしょう? 正直なところ、なにかしらの情報齟齬が起きており、大分失敗している気がするのですが」
いや、まぁ、確かにそうなんだろうな。だがまぁ、こうしてまた生きているんだから、そこは感謝しているんだ。ただ、状況をしっかりと確認だけはしておきたい。正直、かなり狼狽えてる。
「えーっとだな。なんで女になってるんだ? ひとことでいえば幼女になってるんだが?」
「……女?」
「あぁ」
女神は首を傾げたようだ。
って、まさか。俺、女神って云ってるけど、シルエット的にそう見えるだけだ。もしかして性別の概念がなかったりするのか!?
いや、あり得る。確か神様って、神話によっては性別ないって聞くし。天使に至っては性別無しがデフォルトみたいなはずだ。そもそも人型ですらないんじゃなかったか!?
某アニメの化け物じみた天使が、実際の神話の天使の姿をよく表現しているってきいたことがあるし。
そこを確認する。するとその推測通りだった。
なんてこった! えぇ……。
でもなんで女で体が造られたんだ?
「そこは、DNAから生物発生に準じて生成しましたので」
ライラと呼ばれていた……天使なのか? が答えてくれた。
あー。そういえば子供って、受精後まず女で発生して、成長過程で男化するって聞いたことがあるな。だから妊娠初期に過度のストレスだのを受けたりすると、胎児にも影響がでて男性化し切れず、半陰陽で生まれて来るとかなんとか。
確かに、XX染色体がXY染色体に変わるのは簡単そうだしな。その逆だと増えなくちゃいけないし。いや、素人考えなんだがな。
「申し訳ありません!」
金の輪っかの羽根付き土星が俺の前で傾いている。多分、頭を下げているんだろう。もしかしたら土下座をしているのかもしれん。
「……いや、まぁ、いいよ。やっちまったもんは仕方ないし。生きてるだけめっけもんだろうし。で、俺ってどんな見てくれになってんの?」
「こんな感じですね」
目の前に鏡のようなものが現われた。そしてそこに映る全裸の幼女。って、まんまエルフじゃねぇか! プラチナブロンドに翠眼って。すげぇ目立たないか?
「これって、前の姿にできたりしない?」
試しに聞いてみた。
「無理です。……無理よね? ライラ」
「はい。申し訳ないです。現人神化している魂に合わせて調整しましたし、既に完全に魂は定着しています。それでも強引にするというのなら、一度殺害して作り直しとなるわけですが、どんな影響がでるか不明ですのでお薦めできません。“死”は魂に多大なストレスを与えますし、なによりあなたの魂は継ぎ接ぎしたばかりですから。
……というか、会心の出来なので廃棄するような真似はしたくないです」
まぁ、そうか。そうなるよな。
「確認だけれど、これ、エルフってことでいいんだよな?」
「はい。エルフになります。精霊寄りのエルフの方が、現状のあなたの魂に合わせるのが容易でしたので」
「ん。了解した。感謝する。どうせ死んだわけだし、また転生したと考えればいいだけだしな。ところで、耳をどうにかできないか? 尖がり耳はさすがに地球じゃ目立ちすぎる」
「あ、それくらいなら調整できます。少々お待ちを」
ということで、外見上は人間のエルフという、やたらと目立つ姿となった。
……まぁ、なんとかなるだろ。容姿による厄介事が酷いようなら、オーマで認識阻害系の装飾品でも手に入れてくればいいしな。ギルドに預けてある荷物を回収できれば、確かひとつふたつ持ってたんだがな。
さすがに四六時中【隠密】とかやってられん。
「この体の身体能力はどうなってるんだ? 見た目相応だろうか?」
「いえ、先の戦闘から凡その身体能力は測定できましたので、それに準拠しています。筋力などは見た目不相応となりますが、以前通りとなります。ただ肉体の持久性は一般的なエルフの範疇となりますが、耐久性は自身のパワーに耐えるに十分なものとなっています。鍛えたエルフという感じになります。……見た目不相応ですが。
尚、体格が大分変わってしまっているでしょうから、体捌き等の確認をしたほうがよろしいかと」
なるほど。仙人仕様の超人になった、というわけじゃないんだな。その方が無自覚にやらかすこともないからいいだろう。まぁ、幼女らしからぬ動きとか腕力握力ってことだろうが。とはいえ、鍛えた成人男性並程度だろうから、そこまで問題はないだろう。唯一の問題は、スタミナがないってことくらいか。
ま、これまで通りの生活でよさそうだ。というか、前世の生活をきちんと思い出さないと。前世の記憶なんて一部以外は部分的にしか思い出せんかったしな。なんで家族のイカレ具合とゲームのことばっかり思いだせたんだか……。
我ながらどんだけゲーマーだったんだよ。
思わず、恐らくは今の姿形からはまったく似合わないだろう苦笑を浮かべる。
こうして、俺の3度目の人生がはじまった。
「あ。地球での身分とかを作らないといけませんね!」
「お任せください。人ひとりでっち上げる情報操作など造作もありません! なにせ25年前と3年前のダンジョン生成災害でかなりの情報消失が起きていますからね。一族をひとつ丸ごと作って世界に組み込むくらい簡単です!」
……大丈夫か? これ。