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019_配信をしよう_①

※配信といいつつ、配信前のお話。


「姉さん、今日は配信をしましょう」

「また突然だな」


 朝食のトーストを齧りながら、俺は目の前に座るサラをみつめた。そのサラの隣りの席ではハクが箸でつまんだ目玉焼きの黄身を口に運んでいる。半熟の焼き加減のそれを崩さずにつまんでいる辺り、かなり器用だ。


 レミエルたち4人は、もうすでに仕事に出ている。朝食を食べてから行けばいいものを、朝食前にひと仕事してくる、と云って予定していたダンジョンへと向かってしまった。


「朝飯前っていうじゃない」


 などとサマエルがいっていたが。違う、そうじゃない。


 そして俺の隣では、シャティが幸せそうな笑みを浮かべながらポタージュを飲んでいる。


 錬金術師の助けが要り用であるため、オーマで冒険者稼業を営んでいた際のクライアントである古エルフの彼女を訪ねた結果、この有様だ。


 尚、まったく知らなかったことだが、彼女、名無しであった。いや、あったのかもしれないが、当人がわからない有様……いや、本人は名無しっていってたんだが。


 確かに、ギルドでもエルフの錬金術師としか呼ばれてなかったな。


 まぁ、そんなこともあったところ、ハクが「じゃ、みんなに合わせて天使から名前をとろうか」となって、シャティとなった。天使シャティエルから名を貰ったという感じだ。


 そんな彼女は俺にピッタリ張り付いているわけだ。俺が戻ってこないから心配していたところ、ギルドから死亡の可能性が高いと云われたことでかなりショックを受けていたとのことだ。


 まぁ、質のいい素材が手に入らなくなるからな。


 それが姿がすっかり変わったとはいえ、帰って来たということでこの有様なのだ。


 とはいえおかしいよな。以前はこんなベタベタひっついて来ることはなかったんだが。やっぱり男から幼女に変わった影響なのか? そうは思えなかったが、子供好きなのかもしれん。


 それとも地球の物珍しさが原因か? TVに齧りついてたしな。


 あぁ、いや、そういや故郷では教師みたいなことをしていたと云っていたな。里に教える年頃の子供がいなくなったから、里を出たと。


 まぁ、なにごとにも興味なしな有様で、いつ会っても今にも死にそうな雰囲気だったのが、今は楽しそうに生きているように見えるし、いいことであるのだろう。


「配信するのはいいとして、ネタはあんのか?」

「先日、黒蒸気竜の討伐動画をUPしたじゃないですか。3本ほど」

「あぁ。……は? 3本? 2本じゃないのか? あ、討伐前のダンジョン探索も入れて3本か」

「はい。それに加えて、本日追加でUPします」

「追加? もしかして俺が討伐した残り3回分全部UPするのか?」

「いえ、追加は1本、姉さんのものではありませんよ」


 サラの答えに俺は首を傾げた。


「俺、サラ、誰?」

「小宮間と不愉快な仲間たちです」

「え、あいつら、オーマに連れてったのか!?」


 さすがに驚きなんだが!?


「いえ。幻覚を見せただけです。リアルと変わらない幻影ですので、実際に戦うのと変わりないものです。4戦して3戦死亡。あまりにも酷い有様でしたので、討伐失敗の動画はUPしていません。なにより死んでますからね。なので、4回目のゼル姉さんが助けに入って決着となったものをUPしています」

「幻覚を……撮影したと?」


 え、どうやって撮影したんだ?


「あの試作のアダムは特別性ですから。そして私の邪眼も特別なものです。ですから、連中が見ている幻覚を映像として記録させることも可能なのです」


 ……。


「とんでもねぇな……」

「【青】様よりお預かりした権能ですから、これくらいのこと問題ありません」


 さすがは女神様。


「ですので、配信ではその動画の解説的なものをしようかと」

「ふむ」

「ついでに、あのダンジョンは異世界のものであると」

「……問題じゃね? というか、どうやって行って帰って来た? ってことで面倒事が大量にくると思うが。さすがにあっちに移住とか嫌なんだが」


 背後に隠し持ったナイフをちらつかせながら生きるような人生は、さすがにもうやりたくない。面倒臭いし、なにより人としてまともに生きたい。あと安全に飯を食いたい。安全に。そう、いろんな意味で安全に!


「確かに問題だねぇ。……もう、どっかの僻地に同じダンジョンを拵えておこうか。簡単に攻略できないように、雑魚モンスターも少し強化した方がいいかな? ちょっとダンジョンコアを生成して来るねー」


 トーストを銜えて、ハクがリビングから出ていった。


「さすがに性急過ぎましたかね」

「異世界の話はなぁ……」

「一部は事実を話しても良いのでは?」

「一部って?」

「転移罠で異世界に飛ばされて、向こうでもまた転移罠を踏んだところ、神々の戦いに巻き込まれ、その後、神の温情で地球に戻れたとか。またしても運よくこちらに転移した、というのはさすがにありえない確率ですし」


 俺は頭を抱えた。


「誰も信じねーって」

「そのための姉さんたちですよ」


 は?


「レミエル、ラミエル、サマエル、ゼルエル。どこからどうみても天使です。そしてすでにUPした動画には、ゼルエル姉さんがしっかりと映っています。……ゼルエル姉さんは黒翼ですから、堕天使と思われるかもしれませんが。

 そして本日より姉さんたちは活動を開始しました。それも天使を周知させるため、あえて目撃されるように行動することになっています。

 このように天使の存在があるわけですから、神の存在も自明と云えるでしょう」


 そんなにうまく行くかぁ? つーかさ……。


「上手くいったらいったで、宗教がうるさいぞ」

「それを退けるための私たちの設定です。ディバインボルトは、自称キリスト教の新興教団に滅ぼされましたからね。私たちはその生き残り、即ち原始宗教の神官一族の末裔です。連中にできることは異端審問くらいです」

「バチバチにやりあうってか?」

「姉さんたちが嬉々として脅しに行くと思いますよ」


 ニコニコとしているサラに、なんとも嫌な予感がする。


「行くって、どこへ?」

「もちろん、最高責任者と云える立場の者の元へです。それも、式典などの公の場所で。レミエル姉さんとラミエル姉さんはどう控えめに見ても天使でしかありませんからね。例え信仰心など欠片もない輩でも、姉さんたちをどうにかすることなど出来ませんよ」


 俺は頭を抱えた。


「え、マジでやるの?」

「えぇ、姉さんたち、面白がっていますから。ゼルエル姉さんとサマエル姉さんなどは、レミエル姉さんとラミエル姉さんがやらかしている間、その建物……聖堂になるのでしょうか? その屋上で大鎌でも担いで座っていようとか云っていますし」


 うぉぉぉいっ!!


「ふふふ。目につく宗教すべてにやるとのことです。教団の存在しない宗教でもないかぎり、大変なことになりますね」

「俺の知識にある限りじゃ、教団の存在しない宗教なんて神道くらいしかないぞ。とはいえまとめ役というか、そういう組織はあるが」


 稲荷大社とか、あれは宗教組織ではあるけれど、教団とはちょっと違うからなぁ。なにしろ神道には“教祖”なんてもんが存在していないからな。


 というかだ――


「サラ」

「なんでしょう?」

「配信中止」


 サラが親でも目の前で殺されたような顔になった。


「な、なぜですか!? ライブ配信のテストも兼ねているんですよ!」

「テストならこないだやったろうに。つか、内容的にリスクしかねーし。面倒事はごめんだ。あのダンジョンのレプリカ……って云っていいのか? それを作るのは良しとしてだ、いや、あったほうがいいのは確かだ。だがさすがに異世界に飛ばされて神様と邂逅して帰ってきましたとか、いくらなんでもダメだろ。盛りだくさん過ぎる! つーか、そんなもん公表したらまともに生活できねーぞ。下手するとそこらを歩いてる狂信者が殺しに来る。実際、そういう殺人事件があったからな。そんなイカレポンチをいちいち返り討ちにしてたらまともに生活できん!」

「えぇ……」

「えぇ……じゃない! 却下だ却下。配信するならあれだ、松戸ダンジョンの動画でいーじゃねーか。ドラゴンはいねーが、飢者髑髏なんて見栄えするデカブツがいたんだし」

「むぅ……」


 頬を膨らませてサラは不満気だ。


「わかりました。松戸ダンジョンで妥協しましょう」

「妥協なのかよ……」

「ダンジョンの書き換えの告知はどうしましょう?」

「あー……それ、どうするんだ?」

「現状、地球のダンジョンはどれひとつ攻略されていません」


 あ、そうなんだ。


「不幸にもというか、私たちにとっては幸いにも、小規模浅深度ダンジョンが存在していません。一番小さなものでも、中規模浅深度ダンジョンとなります。全体の広さでみると、松戸ダンジョンより気持ち小さい程度ですね」


 ふむ。となると、一階層の広さが最低でも競技場クラスで、深度はいいとこ50層前後ってところか。いや、松戸より小さいとなると、更に浅いか?


 それが未攻略ってことは、そこまで潜れる探索者がいないか、その最も浅いダンジョンが高難易度かのどっちかということか。


「この地球でもっとも攻略しやすいであろうダンジョンでも、攻略可能レベルはレベル250程度と、ハク姉さんは推定しています」

「あー……そりゃよっぽど運が良くなきゃ無理だな。確か、現在最高レベル探索者で、レベル172だろ?」

「えぇ。ですがすでに引退しています。現役最高レベルは157です。ちなみに、日本の最高レベルは144ですね」


 ダメじゃねぇか。そんなんで挑んだら確実に死ぬぞ。高レベルでの100や200のレベル差は誤差で済ませられるが、低レベルでのレベル差は致命的だからな。


「数の暴力でなら突破できそうですね」

「何人投入する気だよ。ダンジョンはそこまで広くないぞ。まぁ、ボスにもよるか」

「誰もボスに辿り着いていませんから不明ですね。時たま階層の境に配置される中ボス的なモンスターは突破したことがあるようですが。その中ボスはミノタウロス、或いは牛頭鬼とのことです。とにかく牛頭の人型モンスターですね」

「あれ? 種別、判明してないのか?」

「魔物型ですので。ドロップも固有ドロップではなく、装備していたデカい斧がドロップしただけです。その斧の鑑定の結果は、名称がラブリュスであるとだけ判明。神話にも登場している斧ですが、普通に一般的に使われていた両刃の木こり斧です」

「もしかしてJDEA本部のロビーに飾られてたアレか?」

「そうです。人間では到底振り回せない得物ですね。振り回すには大きすぎます」


 そら、柄の直径だけで20センチくらいありそうだったからな。あんなもん、持てても振り回したらすっぽ抜けるわ。


 って、それはどうでもいいんだよ。


「ダンジョンの改変に関してはどうするんだ?」

「これに関しては、天使が行っていることにします。なので、私たちは関与していないということになります。一応、一定以上のレベルがあれば、限定的ではありますが改変はできる仕様になっています。これらに関しては、私たちは周知しないことにします。姉さんのいうとうり、面倒なことになりそうですので」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫です。私たちが変更した後、これ見よがしに天使がダンジョンに侵入する姿をみせますから。また、ダンジョンの改変は最奥から順に時間を掛けて改変していく仕様ですし、モンスターの改変もリポップに合わせてとなりますから、ごまかしも利きます」


 ……なるほど。松戸ダンジョンの仕様変更にしても、俺たちじゃなく、天使がしたってことにするんだな。ってことは、もう誰か松戸ダンジョンに入ったかのように細工したか、もしくは明日あたりラミエルかレミエルあたりが行くのだろう。


「で、その一定以上のレベルってな幾つなんだ?」

「50000以上です。地球では、現状改変できるのは姉さんだけですね。今後も、50000に到達できる者は存在しないでしょう。もちろん、この情報は秘匿します」


 あー……確かに改変できる奴はおらんな。


「オーマのほうはどうするんだ?」


 “頂点”と呼ばれる9人のうちのひとりだ。俺も末席の9番目に数えられていた。


 この“頂点”というのはレベル順ではなく、レベル10000を突破した順、かつ生存している者のことだ。冒険者を引退していたとしても外されることがないのがしきたりだ。


「いえ、あちらはそのままです。なにぶん、ダンジョンの存在期間が非常に長いので、いまさらおかしなことはできません。ですので、魂喰(たまぐ)いシステムの部分のみオミットしたものに挿げ替えます」

「じゃあ、特段問題はないんだな。“頂点”の中には、俺以上に狂った戦闘狂とかいるからな。そんなヤツだから50000を突破してる。もしヤツがそのことを知ったら、ロクでもない仕様のダンジョンが生まれるところだぞ」


 急にサラが表情を強張らせた。


「姉さんも大概と思うのですが、それ以上の方がいるのですか?」

「あのな、俺はイカレタ一族に鍛えられたが、同時にまともな躾もされたんだ。だから社会を無視して我を通そうなんて基本はしない。なんか誤解されてそうだからこうして言葉で云うが。

 あと、イカレタ人間ってのは強い弱いに関わらず一定数存在するぞ。今度、ネットで殺人関連の有名どころの事件の話を探して見ろ。正気の狂人がいくらでも出て来るから。

 つか、その仕様なら周知は必要ないだろ。余計な面倒を引き寄せるだけだから却下だ。

 じゃ、配信の準備をするぞ。なにを準備すればいいのかわからんが」

「いいのですか!?」

「いやだって、もう配信の告知はしてるんだろ? さすがに告知しておいて取り下げるのもなんだろ」

「ありがとうございます! 準備してきます!」


 満面の笑みで礼を云うや、スキップでもしそうな調子でリビングから出ていった。


 気がつかなかったが、サラも他の天使さんたち同様に少々浮れているようだ。


 天使さんたち、肉体を得て、それによって得られる外的刺激に冗談じゃなしに狂乱しているようなものだからな。サマエルに至っては「毒を飲んでみたい」とか云いだしてたし。理由が「毒を司る天使の名を与えられたので」と云っていたが。


 ……あれ? もしかして暴走する彼女たちのストッパーを俺がやらなならんのか? え、嘘だろ?


 ひとりで6人とか無理だぞ!? さすがに。天使さまたち俺より強いんだし止めようがねーよ。






 ……唯一シャティだけが手が掛からないというのが、まさか癒しになろうとは。


 俺は諦めたようにため息をついた。



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