015_一家の団欒_②
本日の晩御飯のメインは、コロッケとメンチカツだ。コロッケは極々一般的な、ジャガイモ、タマネギ、挽肉を材料としたものだ。
もちろん、付け合わせはキャベツだ。
主食は米飯、銘柄はあきたこまち。味噌汁はどっしりとした味わいの赤味噌に、具材は豆腐、ワカメ、ネギのシンプルなものだ。
そして忘れちゃいけないお漬物は桜漬け。
正直に云おう。
俺はもう日本に帰ってきて以来、食事が楽しみで楽しみで仕方がない。
オーマにいた頃はロクな食事が出来なかったからな。無駄に強くなりすぎたせいで、絡んでくるヤツがくっそウザかったんだ。そのせいでギルドでの呼び出しでも無けりゃ、店で飲食するなんてしなかったんだ。
どいつもこいつも無駄に絡んできやがって。喧嘩を売る、集る、泣き落としでタダ働きをさせようとする。本当にロクなもんじゃなかった。
若造だから騙くらかせると思ったんだろうがな。
そんなわけだから、ずっと食事はひでぇキャンプ飯だ。肉は焼くだけ。野菜は茹でるだけ。そんなんで生きて来たからな。おかげで金を使うこともなかったから無駄に貯まる一方だ。
装備は自前で造れるし、薬関連は古エルフのクライアントに依頼料代わり造って貰っていたしな。
そんなわけで、コロッケを食べるのはまさに22年ぶりだ。もちろんメンチカツも。こっちにきてから一ヶ月以上も経っているのに22年ぶりなんだよ。まぁ、とんかつとか丼物、寿司とかソバ、あとはピザだのオムライスだのと真っ先に思いつく思い出の味を食べまくってたからな。
メンチカツとコロッケは後回しにしちゃったんだよ。中学の頃、学校帰りにお肉屋さんでコロッケを買い食いしていた頃が懐かしいよ。大学に通ってた頃に、あの肉屋さん閉店しちまったんだよなぁ。
サクりとコロッケを一口齧る。掛けてあるソースはウスターソース。
あぁ……美味いなぁ。なんだか泣けてきた。
そんな感慨深くコロッケを齧っている俺の周りには美女が6人いたりする。何故か俺を上座に、食卓の左右に3人ずつ座って食事中だ。
上座は俺じゃなくてハクの方が相応しいと思うんだが。なんのかんのでこの家庭を仕切っているわけだし。
右隣……というか、右斜め前か。そこに座っているのはサラ。プラチナブロンドをショートヘアにした美女だ。ただ、ややタレ気味の目をしているため、柔和に感じる顔立ちだ。瞳の色は俺と同様に翠色。この辺りはライラさんが俺に合わせて調整したとのことだ。
ハク。フルだとサハクィエル。俺たち同様に色が薄い。ほぼ白のブロンドロングに青目の女性。もちろん美人。人を食ったような性格……というと云い過ぎだが、不意に人を揶揄ってくるような人……じゃない、天使様だ。各種装備……というよりは備品だな。それらの制作と俺たちのサポート要員として来ているとのこと。
レミエルとラミエル。天使としては同一で、単に教会ごとの呼び方の違いだか発音の違いであるらしいんだけれど……なんでふたりになったんだ?
「ライラの気まぐれです」
「面白そうだから、などどほざいたので殴り倒しましたよ。見てくれ自体には文句はありませんが、その動機は許せませんからね」
いかにも不服そうな顔でふたりが答えてくれた。そのふたりは双子なんじゃなかと思うくらいに顔立ちはそっくりだ。違いは髪色くらいか。瞳の色は藤色。髪色はハニーブロンドとシルバーブロンドのショートだ。このふたりは地球でダンジョンコア挿げ替え作業を行う。
サマエル。ロングの赤毛にオレンジ色の瞳という姿の美人さん。肌の色は黄色人種に近いかな? でもさすがにオレンジ色の瞳というのはいないんじゃないか? まぁ、とにかく目立つ容姿をしている。彼女はオーマ担当。
最後にゼルエル。黒髪黒目で完全に日本人的容姿の美人だ。腰まで届くロングに前髪パッツンという、ある種人を選ぶ髪型が異常に嵌っている。……正直さ、ライラさん、いろいろと遊んでないか?
彼女はオーマ担当の予定だったが、諸事情より地球担当に変更となった。代わりに、ラミエルとレミエルが持ち回りでオーマも担当するとのことだ。
……いまにして思うんだが、俺のこの状態って、本当にライラさんがポンコツだったからか?
そんな疑念が頭に浮かぶ。が、それを確かめる術がない。現状、彼女たちのまとめ役をしているのはライラさんだ。その辺りを調べるのは難しいだろう。
可能性があるとしたら、トーカさんか? まだ会ったことはないが。【青】の女神様ではなく、別の神様に仕えているとのことだったな、確か。
もし会う機会があるようなら、是非とも確認してみよう。
それはさておき、この6人だ。彼女たちの外見はライラさんのこだわりもあって皆美人なわけなんだが、食事をしているいまはなんというか、無邪気な子供のように目を輝かせ、満面の笑顔だ。
まさにおかずが大好物ではしゃいでいる子供の様だ。
それを云ったら、多分、俺もそうなんだろうが。
この食卓の状態を見ている者がいたら、なんだこの状況は!? と思うだろうな。
なにせみんな、食べることに夢中でひと言も発せずに、ただ黙々と幸せそうにコロッケ、或いはメンチカツを口に運んでいる有様だからな。
ソース取って、のひと言でさえ、アイコンタクトで済ませている始末だ。
まぁ、“味”に対する執着が落ち着けば、いずれは正しく団欒と云える状態になるだろう。……多分、きっと。
★ ☆ ★
手紙を添えてコロッケとメンチカツ、そして塩むすびを文字通り山盛りでインベントリに送った。
インベントリと云っているが、実際には異空間にある倉庫だ。それもゲーム的なインベントリのようなものではなく、実際にそこで生活しようと思えば出来るような場所だ。
そこで俺たちが放り込んだものを、整理整頓してくれている天使様がいると、いまさらながらにレミエルたちに教えてもらった。
名前はザフキエルというそうだ。そして彼女も受肉しているとのこと。
ふむ。それならば、お世話になっていることだし、これからもお世話になるわけだし、差し入れ的に食事を送ろう。ということで、本日の夕飯のおすそ分けをしたわけだ。
彼女だけに送ると角が立つやもしれんと、量はは少しばかり多いわけだが。ほら、配下の手伝い連中とかもいるだろうし、なにより女神様もいる。そしてもちろん、ついでにライラさんもな
喜んでもらえているといいのだが。
さて、食事も済んで、洗い物も終了し、いまはみんなで食後のお茶の時間だ。お茶請けは帰りにコンビニで買って来た和菓子だ。
当然ながら4人も増えると思っていなかったから、数が足りない。だがその足りない数をダンジョンコアを使ってコピーすることで間に合わせた。
いや、便利なのは分かるんだが……。
「さすがにこんなことは普段からするつもりはないよ。手間の面白さが無くなるからね。この豆大福も今度作ってみようかな。ネットで調べればレシピもすぐに分かるし。地上の情報共有システムはなかなか素晴らしいね」
ハクがそんなことを云いながら豆大福をぱくついている。
他の皆も黙々と茶を啜り、豆大福を堪能しているようだ。……ゼルエルだけ変な知識を得ていたのか、餅のように伸ばそうとして失敗している。
さすがにそれは大福じゃ無理だ。多少は伸びるが。
「そうそう。JDEAから連絡があったよ。黒蒸気竜のことで」
「ん? なにか問題でもあったか?」
「竜の素材であると鑑定できたって。で、結果、JDEAでは買取り不可だそうだよ。というか、買い取れるだけの財源が確保できないって」
「は!?」
なんてこった、さすがにそれは予想外だ。
「下手に安値で買い取ると後々面倒に成り兼ねないって云ってたよ。まぁ、モノがドラゴンだからねぇ。それも地球では初の素材だもの。そうもなるって。
だからからか、オークションとして出品することを提案されたよ。どうする? 手数料は落札額の10パーだって」
「えっと、確か本来ならJDEAが買取り、それを販売するという形ですよね?」
「その辺はオーマと変わらんな。まぁ、あれだ。農協みたいなもんだ」
実際、冗談じゃなしに農協みたいなもんだよな。やってることはまるっきり殺伐としているが。
「オークションに掛けた場合、それが本来の適正な値段で落札されるか不明だから、どうするか? ってことみたいよ。だからどこぞの企業に売っても構わないみたい。いわゆる庭先取引ってやつかな? 本ライセンス取得済みだから、売買に関しては問題ないって。裏取引みたいなことさえしなければ」
「裏取引?」
「売買の事実を秘匿するってことだろ? 脱税とかの違法行為するなってことだな」
「あぁ、なるほど。……いいんじゃないですか、オークションで。企業とのコネもありませんし。地球では初のドラゴンです。本来よりも高値がつくと思いますよ。海外からの入札もあるでしょうしね。アメリカ、ロシア、ヨーロッパ勢、そして中国。バチハチにやり合うのでは? あ、もしかすると宗教関連のほうからも入札があるかもしれませんね。ドラゴンは神話生物ですし」
あー……確かにドラゴンはなぁ。
「とりあえず2頭だすか。1頭は丸ごと。もう1頭は解体して各部位ごとでいいだろ。それなら入札もしやすい筈だ」
入札側の財力の関係で、安くなる可能性はあるだろう。なにより、素材としてなんに使えるのかが、現状、地球では不明な状態だ。入札側からしたらドラゴンであるということだけで、入札はなかば博打といえるだろう。
なに。ダンジョンに潜って、狩って来た魔獣素材を売れば金は入るんだ。これから先、金に困ることはないだろうし、今回の販売で多少損をしても構わんさ。
「それじゃ、JDEAにはオークションでよろしくって返信しとく。あと、ロージーからも連絡が来てる。都合のいい日を教えてくれてってさ」
「ロージーって、なんで?」
ロージー。日本の誇る電機メーカーのひとつだ。今日、俺たちが契約したEXPのメーカーでもある。
「あぁ、それは撮影用ドローンのことですね。姉さんがライセンスを貰いに行っている間に、私が売り込みをしておきました」
俺は済まし顔で茶をすするサラを、胡乱な目で見つめた。
「なんかやらかしたのか?」
「いえ、ただ電話をしただけです。配信サイトのほうにも、商品として動画をあげてありますし」
「なんか再生数がえげつないことになってるんだよねぇ。配信で使ったのもあるけど、実働しているところを見たJDEAの職員がSNSだか掲示板だかで云ったみたい。まぁ、いい宣伝になったかな。
海外企業からも問いあわせがきてるけど、ダメなところは蹴っ飛ばしておいた」
あぁ、技術だけ引っこ抜こうとする連中か。
「向こうの都合に合わせりゃいいだろ。こっちはいくらでも時間は取れるんだし。あ、そうだ。もしいるなら、錬金術の才のあるやつを集めさせておいた方がいいな。工業製品にするなら、工業ロボット代わりの魔法を使えるオートマトンを造らなにゃならんし、そのためにはそれができる技術者が必要になるからな」
「あー。家内制手工業ってわけにもいかないもんねぇ。大企業だし、探せばひとりふたりは社員にいるでしょ」
「問題は、その錬金術の才ある者を教育する教師がいないことですね」
サラの言葉に、俺とハクは思わずサラの顔を見つめた。そんな俺たちを他所に、他の4人は最中に手を出していた。こっちは俺がJDEAで貰って来たものだ。
12個入りだから7人で分けても5個余る。俺は向こうで頂いたから、1個あればいい。だからひとつ足りなくなるわけだが……喧嘩なんかしないよな? まぁ、最悪コピーすりゃいいんだが。
「うーん……ライラに云って、教師役でも送ってもらうか。そうすると、多分名前はラジエルかラツィエルになるかな?」
「こんなことで呼びつけるのもアレだろ。というか、神様のところでの仕事もたくさんあるんだろ? 現状、これだけ抜けてるわけだし。一応、ひとり心当たりはある。オーマのヤツだけど、こっちに連れてきて問題ないか?」
俺が懇意にしていたクライアント。採取素材の状態のこともあってか、俺以外には絶対に依頼を出さなくなった古エルフだ。ついでにいえば、その古エルフの作る錬金薬が入荷できなくなることを怖れたギルドが、依頼を絶対に受けてくれと俺に泣きついてきて気持ち悪かったんだ。
筋骨隆々のハゲ親父が足にしがみついて「お願いだよー。依頼を受けてくれよー」と、婚約者に捨てられ泣きついてる盆暗貴族令息(3男)みたいになってるんだぜ。
勘弁してくれというものだ。
「【青】様に確認してみましょう」
「まぁ、問題ないでしょ。黒蒸気竜の出所に関しても、情報を流すことになるし。異世界の存在は匂わせさせつつも、ダンジョンパッセージ説を否定しなくちゃいけないからね」
ハクの言葉に、俺は幸せそうにどら焼きに齧りついている4人に視線を向けた。
「そういや、あからさまに天使として活動するんだったな」
「輪っかも出せる……」
云うやゼルエルは頭上を指差す。するとそこに天使の輪が現わ……て、天使の輪?
なんか、宗教画にあるような金色の輪っかじゃなくて、赤い幾何学的なのが回ってんだけど。尖がりが4つの星型。正三角形四つの底辺を使って正四角形を造った感じといえばいいだろうか。その四角形に四角形を重ねて八芒星を造り、ずらした方の四角形の辺が十字に成るように縦の線、棒? が飛び出している。見ようによっては、十字架の上部を4つ突き合わせたようにも見える。
そんなのが回ってんだけど。
「それは天使の輪でいいのか?」
「……ライラの無駄なこだわりポイント」
……ライラさんはなにをやってんだよ。
思わず俺は天を仰いだ。




