014_一家の団欒_①
ようやく最寄り駅である【千間坂】にまで戻ってきた。時刻は19時過ぎ。
ダンジョン最寄りの駅ともあって、駅前はダンジョンより上がった探索者で賑わっている……かと思えば、そうでもない。なにせこの駅はダンジョン警戒エリア境界ギリギリにあるため、賑わうどころではないのだ。
なので、賑わっているのは隣りの【七恩田】か【竹那】の方だ。とはいえ、【千間坂】周辺が寂れているというわけでもない。
少々近すぎるダンジョン直近ともあって、駅前には冒険……じゃない、探索者向けの店はいくつも開いている。もっとも、目に入る限りは個人店舗ではなく、大手企業の小売店ばかりだが。
「……慣れるのに時間が掛かりそうだなぁ」
駅から出たところで、思わずぼやいた。
「何がですか?」
「自動改札」
そう。自動改札だ。俺が生きていた2000年時分には、まだ最寄り駅には設置されていなかった。急激に自動化が進み、自動改札の普及が一気に進みだした頃だったからな。
俺としちゃ、駅員さんがカチカチとリズムをとりながら切符にハサミを入れるのが当たり前だったからな。
自動改札はなんだな、面白みがなくなっちまったな。まぁ、確かに人を捌く速度は自動改札の方が圧倒的に早いんだろうが。
あとついでに云えば、いまの体格だと自動改札のカードリーダーの位置がちと高い。
それなりに立派な駅舎東口からでる。
駅前広場はそれなりに整備されてはいるが、賑わっているわけでもない。路線バスもどこの田舎だと思えるほどに、一日の発着本数は少ない。
そして駅前の、いわゆる一等地に軒を連ねている店舗は、その殆どが探索者向けの店となっている。もちろん飲食店もあるが、なんというか、学生向けの安価で量の多い食堂、みたいな感じの店ばかりだ。小洒落たレストラン的な店は見当たらない。
賑わってはないと云ったが、人通りが少ないわけではない。だが道行く者はほぼ探索者だ。その体格、装備、歩き方をしている者ばかりがいるとなると、どうしても治安の悪い場所に思えてしまう。
ま、探索者なんて荒事を専門にしている人種だ。どうしてもそういう“物騒”な雰囲気は滲み出てしまうというものだ。スジ者が真っ当な恰好をしていても、無駄に威圧的な雰囲気を発しているのと一緒だろう。
「ちょっと適当に店を覗いていくか」
「お店ですか?」
「あぁ。今日、茶菓子を食ってて思ったんだよ。まともな菓子を食べるべきだと。まさか最中で泣けてくるとは思わなかった」
「向こうで20年以上も暮らしていたのですから、懐かしく思うのも致し方ないかと」
「あっちじゃ菓子なんて食えなかったからなぁ。甘味と云ったら熟した果物だけだ。まぁ、それも対して甘いもんじゃなかったけどな」
「オーマは……果実関連はほとんどお酒用のものが栽培されていただけですからね。生食にされていたものもほぼ原種ですから、さして美味しくないのも仕方ないでしょう」
サラはオーマの状況にも詳しいようだ。尚、話している内容がオーマに関することだから、オーマで俺が活動していた国家周辺で使われている言語である【フォラゼル語】で話している。
発音の雰囲気はフランス語っぽいものだから、話し声が聞こえた者はそうと誤認するだろう。
「そういえば、姉さんはオーマでどんな暮らしをしていたんです? ダンジョン暮らしとは聞きましたが」
「ライセンスを取得するまでは、基本、夜中にダンジョンで活動だな。昼間はダンジョン外で隠れて寝てた。木の上でなら、うまい具合に隠れられて面倒事を避けられたんだ。まぁ、嵐の日なんかは、モンスターがポップしない玄室で過ごしてたが。で、夜にダンジョンに入って、することは斃れた冒険者探しだ。死体漁りで残ってた装備だのなんだのの回収だな」
「そんな簡単に遺体が見つかるのですか?」
「あぁ。基本的にダンジョンにおける最大の敵は同業者だからな。移動中に闇討ちされるなんてのは茶飯事だ。上層はもう探索されつくされてるからな。人通りの途絶えたエリアなんてのもでてくるんだ。そこへ行けば、大抵、ひとりふたりは殺された冒険者が捨てられてる。さすがに毎日ってわけじゃないが。
で、被害者は殺されて根こそぎ奪われてるかというと、そうでもないんだな。足がつく可能性があるものは放置。大抵は金と、探索で得られたであろう素材だのなんだのを奪っていくだけだ。下手に装備を奪って使うと、『なんでアイツが○○の装備を使ってんだ?』ってことになるからな。冒険者は自身の得物に印を刻むからな。数打ちものでも分かるんだよ。だから残された装備は回収し放題ってわけだ」
そこで、サラは怪訝な顔をした。
「ですが、それではまともに換金処分もできないのでは?」
「そのままじゃ無理だな。足がつく可能性があるのはもちろん、くたびれてもいるし、なにより破損してる場合がほとんだ。だが俺の能力は【位相】だぜ。破損は元より、見た目もどうにでもできる。それも、ごまかしじゃなく、まさに新品同様にだってな。もっとも、孤児の俺じゃまともな店で売れないから、流れの行商人を相手にしてたよ。買い叩かれれはしたが、売れないよりはマシだ」
サラがしげしげとした視線を向けてきた。
「よく生きて来れましたね」
「なにごとも訓練の賜物だよ。出来なきゃ野垂れ死ぬ。それだけだ」
大通りをテクテクとすすんでいく。かつては車通りも多かったのだろうが、いまじゃ一台も走っていやしない。駅前の店舗の商品搬入のためのトラック等が、ほぼ決まった時間に通るくらいだ。
ダンジョン近隣は、俺が思っている以上に忌避されているらしい。
生憎、この辺りには和菓子、洋菓子ともに専門としている店はないようだ。いや、あるにはあったが、すでに閉店していた。
場所が場所だ、恐らくは他所に移ったか、もしくはそのまま閉業してしまったのだろう。あとで近場で、現在も営業している菓子店を調べておこう。
今日はもう仕方がないので、コンビニで間に合わせ的に買って行くことにした。明日こそはまともな菓子店で買うことにしよう。
買ったものはどら焼きと豆大福。なんだかよくわからん奇抜な和菓子もあったが、冒険はしない。とにかく俺は記憶にあるような和菓子を食いたいのだ。土産の最中もあるし、これで十分だろう。
買い物を終え、数分ほど歩いて住まいであるマンションに辿り着いた。
エレベーターに乗り込み、自宅階のボタンを押す。
「そういえば、ここの安全性はどうなってるんだ? 建物の耐久性的な意味で」
いまさらながらにサラに訊いた。
戦力的には俺たちがいるんだから、まったく問題はない。だが建物は別だ。
「問題ありません。試験も兼ねてダンジョンコアを設置しましたので。このマンションとその地盤はダンジョン化していますから、どんな攻撃を受けてもビクともしません」
は?
「ダンジョンコアらしきものなんて無かったんだが?」
「寝室にあるLEDランタンのような置き型照明がダンジョンコアです」
あれか!!
「え、普通に工芸品にしか思えないんだが?」
「ダンジョンコアの形状に決まりはありませんから」
ボール型とかキューブ型の水晶っぽいのしか見たことのない俺としては、驚きでしかないな。感覚的にはカラフルな魔石の塊だと思っていたから、あんな風に……ん?
「もしかして、ランタンの中身がそうなのか?」
「いえ、外側の囲い部分もそうです。ですから、あのランタンそのものすべてがコアとなります。実際の所、ダンジョンにあるコアがそのように形を変えてあった場合はかなり厄介でしたね。幸い、あの破滅神はそのあたりには無頓着であったようで、どこのダンジョンも単なる魔石の塊ですが」
マジか……何度もコアは目にしてきたが、そんなの初めて知ったぞ。
いや、俺も能力であれこれ出来るわけだから、ダンジョンコアの形状が画一されてなくても当然だわな。
エレベーターを降り、自宅――といっても、このフロア全体が自宅なんだが――へと入る。
「ただいまー」
「只今戻りました」
「おー、お帰り―。配信のほうは盛況だったよー。イオちゃんひとりで万単位の視聴者を稼ぐとかさすがだよー」
奥からハクの声が聞こえた。
……幻聴かな? なんかハクがとんでもないことを云ったような気がするんだが。
「万単位ですか? 今日はただの水曜日で祝日でもなんでもないはずなんですが……」
「美幼女効果はすごいねー」
「……止めてくれよ。出歩くのが怖くなるだろ」
中身はこの有様だが、見てくれはどう控えめに云っても美幼女なのだ。しかも
ライラさん会心の傑作であるらしいのだ。それを考えると納得できるだけにとても嫌だ。
靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
「イオちゃんなら性犯罪者なんて簡単に返り討ちにできるでしょ」
「やらかすと面倒なんだよ。この国は犯罪者に優しいからな。愚かしいことに」
「姉さんが以前いた頃とは大分変わっていますよ」
サラの声に、俺は彼女を見上げた。
「そうなのか?」
「ダンジョンが発生して、銃刀法がほぼ撤廃となりましたから。現在は、武装に関しては欧米と同程度の規制になっています。それに伴い犯罪に関してはかなり厳しいものとなっていますし、自衛方面の装備に関しては緩くなっています。ですから過剰防衛というようなものは、ほぼ形骸化していますね。抵抗した結果での殺人となると、多少は厳しく捜査されるでしょうが」
「あー……物騒だからな。それもそうか。まぁ、犯罪者に厳しい世であるのはいいことか」
「お花畑な連中はいまだにいるみたいだけどねー」
弾んだ声で呆れたように云いながら、ハクがお茶の準備を始めた。
テーブルの端に買って来た菓子類の袋を置く。
「ふたりはご飯を食べて来たのかな?」
「いや、コンビニに寄った程度で、食事はせずに帰って来た」
「あの辺りをうろついていたら、面倒事が起こりそうでしたからね。配信が盛況なようでしたから」
「あー……ふたりの見目がそれだからなぁ。そこらのアイドルや女優なんか裸足で逃げ出すレベルだしねぇ。ライラが趣味に走りすぎなんよねぇ。本当かどうか知らんけど、非公式ファンクラブを起ち上げる動きがあるみたいだし」
まて、なんだそれは!?
「ファンクラブ?」
「そう。配信の反響を確認しようと、掲示板の類をあれこれ見て回ったらそんな話がでてたね」
「……趣味が悪いな」
本気でそう思う。
というか、演習場でのアレを見た上でだろう? どっからどうみても戦闘狂な幼女(見た目)だぞ。遠巻きにドン引きするのが普通だろう?
目の前に茶が差し出された。
「本当にそう思う?」
……ヤベェ、反論できねぇ。日本人だしなぁ。いや、考えてみたら、海外でも似たようなもんか。マスメディアが祭り上げれば、犯罪者もヒーロー扱いだもんな。ボニーとクライドがいい例だ。
思わず苦笑が漏れた。
「お茶菓子は食後にしようか。これから4人来るから」
「ん? 来客があるのか?」
「私らの姉妹。ダンジョンコアの入れ替え要員よ。ラミエルとレミエルにゼルエル、それとサマエルね。今日は来ないけど、近くサキエルも来るよ」
「当然のように天使の名前だな。……天使の名前だよな? それ」
俺の知ってる天使の名前なんて、ミカエルとかウリエルなんていう有名どころだけだからな。実際の所、サラの名前のサラカエルなんて天使がいるなんて知らんかったしな。
「そうですね。私たちはMIRシリーズとして生み出された準神ですから、天使とさして変わらないだろうとライラがやらかした結果です」
「は? なんだそれ?」
「神話にもあるでしょ。神様は火から天使をつくり、土から人間をつくった。ってね。ま、私たちは火から造られたわけじゃないけど、神様から造りだされたものではあるのよ。とある目的の為にね。そしてその目的を達せなかった失敗品」
は?
「でもま、サポート役としては十二分の性能があるからって、こうして多数が生産されたのよ」
「ちなみに、姉さんたち4世代型が最終版であったのですが、5世代型として試験的に私が造られました」
ハクとサラを交互に見つめる。
「違いがわからん。4世代と5世代で違いがあるのか?」
「こっちが若干違うなぁ。5世代の方が人間らしい思考になってる感じね」
ハクがつんつんと自分の頭をつつく。
「性能を4世代のまま、自己論理を部分的に3世代に差し戻し調整た上、肉体ありきで造られたのが5世代型ですね」
「簡単にいうと、4世代はかなり機械的な思考論理で動いてる。合理主義ここに極まれり、とまでいかないものの、それに近い感じといえば分かるかな? 共感能力を落としてあるのよ。といってもサイコパスとは違うけれどね。3世代がやらかして全廃棄なんて有様になったからね。その結果4世代はこんな調整をされたのよねー」
そう云ってハクは淹れた緑茶に口を付けた。尚、茶葉はそこらのスーパーで買って来た安物だ。
「はぁ、いずれは安物から高級品まで、いろいろと比べてみたいわね」
「姉さんたちは随分と食に執着していますね」
「とても分かりやすい刺激だからね。私たち4世代までは肉体なんて感覚器は無かったからね。こうして得られる刺激はとても新鮮で興味深く、経験として得難いものよ。トーカ姉様も主である女神様に、強烈なことをされたらしいわ。美味しい不味いの基準がわかならないとか云ったせいで」
「強烈な事ってなんだ?」
興味が湧いて訊ねてみた。
「サルミアッキを食べさせられたそうよ。それが何か知らないけど」
「サルミアッキ?」
「あー……」
サラが首をかしげている。確か、とんでもない味がする飴玉というのは知っている。俺は舐めたことはないが。
「世界一まずい飴、なんて云われてる奴だな」
「世界一まずい……」
「却って興味があるわね。というか市販品でしょ? そんなんで売れるの?」
「売れてるんじゃないか? 土地土地で原産の食品は色々あるわけだし。そもそも味覚は人種民族それぞれで微妙に違うからな。例えば日本なら、クサヤなんかも似たような扱いじゃないか? まぁ、クサヤは味じゃなく、臭いで敬遠されたりしてるが。臭いと云えば、シュールストレミングなんか最たるものだな。たしか兵器扱いにされて飛行機に持ち込み禁止品になってたような気がする」
あと、絶対に屋内での開封は厳禁なんていわれていたはずだ。
「……興味あるわね」
「いっとくが、それ単品で食べるもんじゃないぞ。茹でたジャガイモだのトーストだのと食べるモノらしいから」
どこからかノートパソコンを取り出して検索を始めたハクに、俺はひとこと注意しておいた。
多分、通販で買うつもりだろう。
……開封の際には、ビニール袋で包んだ上で、屋上で開けるようにしっかりと云っておこう。




