002_不運な狂銃士
意識が覚醒する。
目に入る――目……目?
視界? がおかしい。視野が広い。広すぎる。なぜ正面を向いているのに真後ろが見える? 真上も。もちろん真下……あれ?
真下も見えるなら俺の足があるはずだろ?
つか、この視界? はなんかすごい気持ち悪いな。
なにがどうなってるのか分からんが、慣れるしかないのか?
なんか変なスキルにでも目覚めたか? 【広視界】なんてスキルがあるとは聞いたことがあるが、それはスキルでなくとも訓練でできるようになるものだし。確か、サッカー選手なんかは身に着けてるんだっけか? だとしても真後ろや真下を知覚するなんて出来るものじゃない。
「覚醒したようですね。……少々混乱していますか? あぁ、知覚が肉体のそれと違っているからですか。少々お待ちください。……これでどうです?」
お、視界が普通になった。
「ふむ。大丈夫なようですね。
まずはお礼を。ありがとうございました。あなたのおかげでふたつの――いえ、複数の世界が救われました」
……はい?
「世界は……少なくとも地球とオーマは、あの破滅神によって喰らいつくされるところだったのです」
いや、ちょっと待ってくれ。さすがに色々と頭がおいつかないんだが? ……頭、無いみたいだけど。
「あぁ、それは……。そうですね。では、まずあなたの現在の状態からお話します」
そういって俺の前に佇んでいる青いシルエット、あの時「逃げて!」と俺に叫んだ……彼女? は静かに話し始めた。
まぁ、簡単にいうと俺は死んだ。で、現在は魂とそれにくっついた意識体のみの状態とのことだ。
いや、さすがに死んだことは自覚してるさ。あのへんな緑色と俺自身との差がどれほどだったのかってのは、まるっきり理解不能だった時点でどうにもならんと思ったからな。力量差が分からん時点で勝てるわけがない。
逃げる? 無理だ。なら黙って殺される? ふざけんな!
ってことで、窮鼠猫を噛むってのを実践しただけだ。つーか、そもそものところ、俺には“逃げる”なんて選択肢なんかない。
俺の前世での曾爺ちゃんが、時代錯誤にも『逃亡せしは士道不覚悟。死して屍拾う者無し。武士道とは、死ぬこととみつけたり』ってのを実践してたらしいからな。マジで。
なにしろいい歳して長ドス片手に暴力団に殴り込みをしたらしいし。なにがあったのかは知らんけど。しかもガチで人斬っておきながら罪にならんかったってんだから、時代を感じたよ。戦後直後の日本ってどんだけヤバかったんだよ。
なんにせよ、そんな修羅な血筋の一族の英才教育を受けたせいか、俺の死生観はかなり狂っていると自覚している。
だから、どうせ死ぬなら相手の小指の一本でも落としてやろうと思って特攻したんだけどな。
あぁ、俺の左腕? 以前にも似たようなことをやらかして、左腕と相手の命を交換した結果だったりする。
義手にするなら大砲仕込んだれ、って、やっといてよかったわ。こうしてこの……女神様? と話せてるってことは、あのキモイのが死んだってことだろうからな。
さて、あのキモイのがなにかというと、自分の担当する世界を喰らいつくした神だそうだ。そして他の神を殺してその担当世界を奪い喰らう、というのを繰り返していたのだそうだ。
調子に乗ったキモイのは、上位神に喧嘩を売ってボロボロになって逃亡。生まれたばかりで修行中の神を殺し喰らい世界を強奪。神として十二分に力を取り戻したところで、地球の神を喰いにきたのだそうだ。
地球の神というのは強くもなければ弱くもない、普通の神であったのだそうだが、合理主義と云うかことなかれ主義と云うか、喧嘩を売られた時点で上位の神に状況を報せ逃亡。結果。地球の神は急遽代替わりとなり、あのキモいゴロツキ神を討伐すべく上位神である【青】い女神様が遣わされたのだそうだ。
俺はその戦闘の渦中にポイっと放り出されたわけだ。ダンジョン探索中に転移罠に巻き込まれて。
俺は何者かと云うと、元日本人の転生者だ。突然日本に出現したダンジョン、その最初の災禍に巻き込まれて死亡。最期の光景は……多分、オークかな、あれは。背中から槍――というか、細い杭みたいな丸太だな。それで体を貫かれた状態で殺し合いをしている最中に力尽きて人生終了。即死はしなかったが、状況からして助からんと分かったから、死ぬまでオークどもを殺して回ったんだ。ま、それもあって女の子をひとり逃がせたんだから上等な死に方だろう。で、異世界で生まれ変わったようだ。
そこで孤児として教会付属の孤児院で生活していた。物心つく前からだから、なぜ預けられたのかは不明。まだ前世を思い出してもなかったしな。
そして4歳になったとき、男爵の庶子ということで引き取られた。他にもそこらから集められた十数人の4歳児と一緒に。
おかしい? あぁ、その通り。実際、その男爵と俺を含め全員血なんて繋がってはいない。
じゃあ、なんで男爵はそんなことをしたのかというと、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”ってヤツだ。
ゲームでいうところのレアドロ狙い。ほら、基本、ゲームアイテムってレア度の高い装備が強いものだろ。まぁ、コレクション目的のネタ装備もあるが。
つまりだ、有用且つ強力な能力を持ったガキを求めてたってことだ。
子供は5歳になると大神殿で洗礼を受ける。そしてその際に生まれ持った属性を確認することができ、確認したことで属性に付随した能力がまともに扱えるようになる。ま、知らなきゃ鍛えようも使いようもないからな。
それより以前には確認しないのかって? 物心つく前の、分別も何も無いような幼児に能力を自覚させようものなら、事故しか起きないだろ。無邪気な殺人鬼なんてロクなもんじゃない。5歳ともなれば、躾もまともにできるだろうしな。
子供を掻き集めてのレア属性狙い。下級貴族、それもド田舎の男爵であったからこそできたことだ。これが中央貴族とか高位貴族だったら目立ちまくって爵位を剥奪されるような案件だろう。
とにかく。恥知らずな男爵はレア属性持ちを得ようとしていたわけだ。レア属性は有用な能力を持っているのが殆どだ。そうすれば婚姻政策だのなんだの、使い道はいくらでもあるからな。属性によっては、隠して使い潰せばいい。
ん? 外れの子はどうするのかって? そんなもん、もちろん放逐だよ。さすがに売り飛ばすと足がつくからな。おかげであの男爵の市井での評判は最悪だったね。
そして俺はめでたく外れ。ただ、その洗礼でついでに前世も朧気ながらに思い出した。結果、前世の性格の影響も受けて、人殺し上等の頭のイカレタ5歳児が世に放り出されたと云うわけだ。
……考えても見なよ。無表情で淡々と首を刎ねて回る5歳児だぞ。普通に狂ってるだろ? 戦時下でゲリラやってるガキじゃねぇんだからさ。
異世界にもダンジョンはあった。
というか、このふたつの世界にあるダンジョンはあのキモイ緑色が作ったモノで、ダンジョンを用いて力を集めていたらしい。
新米神を喰っただけじゃ回復にはとうてい足りなかったらしく、ダンジョンを使い、魂やらなんやらを集めて糧としたようだ。
ある程度力を取り戻したところで、今度は地球に目をつけた。
そして地球にも作り出されたダンジョン。それが25年前。つまり、それで俺は殺されたわけだ。死んで3年後に転生した先が、あのキモイ緑が支配してやりたい放題していた異世界と。
だから、異世界と地球の双方で、勝手に生まれて育って欲に塗れる人間を、Gホイホイの如きダンジョンを作って捕らえて殺して喰いまくって力を蓄えていたようだ。
その途上で青いお姉さん……女神様がキモ緑を討伐すべく送り込まれ、そしてキモ緑と戦っていたとのこと。
時間にして10年くらいやりあってたらしい。
で、俺だけど、俺は男爵から捨てられた後、記憶を取り戻していたこともあって、生きるためにも「金を稼いだらぁっ!」って調子で5歳からダンジョン潜り(無免許)。免許取得可能な12歳まではダンジョン内でモンスターを食って、死んだ探索者を見つけては使える装備と金を奪う生活をしていた。いわゆる【剥ぎ取り屋】ってやつだ。
12で真っ当に免許を取得して10年。正しく冒険者稼業をしていたわけだ。ダンジョンで生活していた以上、あの世界で他に生きる方法なんざ知らんからな。
そして最後は転移トラップで神様方の殴り合いのど真ん中に放り込まれ、キモイのを殴って死亡したと云うわけだ。
んで、死んでお終いだったハズの俺がこうしているのはなぜだ?
「まず、あなたは我々の戦闘に巻き込まれて死亡しました。これだけでも、死亡させるわけにはいかない案件と成ります。私たちは恥知らずでも恩知らずでもありません」
……ふむ。
「更に、あなたは腐れゴ……失礼。破滅神に打撃を与え、ふたつの世界を救うということに貢献しました。ですが、破滅神に打撃を与え逆流した神気を浴び消滅する際、その魂もまた神気に塗れてしまいました。そのため、魂をそのまま消滅するままに任せ、散逸させるわけにはいかなくなりました。本来ならば、転生せたうえでお礼を――となるはずだったのです」
なんか、大事になっていないか? というか、俺、どうなったの?
怖いんだけど。
「あなたの状況は前例などがないため、あのまま神気塗れの魂の断片が流出などとなったらどうなるか分かったものではありません。
よってあの戦闘の最中、破砕されたあなたの魂は我が影が薄いながらも優秀な部下が見事に全てを回収――いたっ!」
「影は薄くありません」
青いシルエットの側に、なんか翼の生えた白い球が現われ女神様の激突した。……土星みたいな輪っかがあるな。金色の。
「叩かないでよ。まったく。あの時、誰にも気付かれなかったじゃない」
「あれは私の隠遁術です」
「それは影が薄いってことでしょう?」
「違います!」
「どうでもいいわ。あなたの影の薄さの論議はあとでね。とりあえず邪魔」
「そんなー」
「失礼しました」
……い、いや。
「とにかく、あなたの魂の断片を世界に散逸させるわけには行かなかったのです。なにより、あなたは私の手助けをしたのです。礼のひとつもせずに死なせるわけにはまいりません! えぇ、まいりませんとも!!」
お、おぅ。……なんか圧を感じたんだが。
「そんなわけで、あなたは生き返ることとなります。魂の修復も完了し、現在、肉体を生成している最中です。いましばらくお待ちください。
さて、先にもいいましたがあなたの魂は神気に塗れたため、人のモノではなくなりました。現人神、仙人などと呼ばれるような、人間以上、神以下の存在と成ります。ですが、そういった者であることのできるような状態には、あなた自身はありません。
生まれながらの存在たる現人神はともかく、仙人は修練の果てに至るような存在です。そしてあなたはそういった修練もなしにその力を得てしまっているため、現状ではそのまま復活させるわけにはいきません」
「分かりやすく申しますと、胃袋がパンパンになるまでニトログリセリンを詰め込んだような状態で生き返ることになってしまいます。ちょっとした拍子で、ボン! です」
「的確なんだか的確じゃないんだか不明な説明をありがとう、ライラ。で、肉体生成はあとどのくらいで完了するの?」
「はい。あとは皮膚がしっかりと定着すれば完了です。改心の出来です!」
なんで怖い想像しかできない話ばっかりなんだろう……。
「ということで、あなたに定着してしまった神気を安全なレベルになるまで、別の形に変質させ消費することにしました。これが一番手っ取り早いですからね。あなたは彼の世界で冒険者として活動していました。スキルについては知っていることと思います。
あなたに吸収された神気をスキル……この場合は神気由来となりますので、スキルというよりは権能、神通力といった、いわゆるソーマタジーとして得ることになります。
とはいえ、あまりに強力なものとすると、あなたの生活に支障をきたすことになるのは確実ですので、隠蔽しやすいものか、地味な能力にすることをお薦めします」
要は、好きな能力を得られるってことか。それなら望みはひとつだけだ――
俺は神様に願いを云った。