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011_や め な い


 つまらん。


 力任せで単調。脳筋にしても技量が低すぎる。振り回すにしても、ちっとは考えて振り回せや。


 あまりの酷さにため息が出る。


「もういいや」


 起き上がり、俺は云った。


 あの女は驚いたような目をして俺を見ていた。山常に至っては馬鹿みたいに口を開けて俺を見ている。


 起き上がるなんて思ってもなかったんだろう。ましてや、傷ひとつないなどと。


 つか、あの程度の打撃じゃ、レベルで自動展開されてる魔力装甲をまともに抜けねーぞ。そもそもたいした威力もなかったしな。指で突かれた程度だ。まぁ、今は体重がくっそ軽いから派手に吹っ飛んだが。


 首を左右に回す。グキグキと骨が鳴る。


 まったく。とはいえだ、俺が新米だったらこれで死んでる。レベル4桁を超えてやっと実用レベルだからな、魔力装甲は。最低でも3桁にいかないと、せいぜい数%減少するだけの紙っぺらかボール紙だ。


 あぁ、いや、ってことはだ。あれは俺を殺すつもりだった……ってこったな。俺はここにライセンスを取得しに来た新人なわけだし。レベル0じゃダイレクトにダメージを喰らうんだから。


 少しばかり愉快で、且つ不愉快な気分になって歯を剥くような笑みが浮かぶ。


 小宮間とかいう女にもう一度視線をむけると、口元を引き攣らせて後退さった。そしてその隣りで、サラが笑みを浮かべている。だがサラの目に宿っているのは殺意だ。もちろん、向いているのは隣りに立つ女。


 俺はゆるりと小宮間を指差すように手を伸ばす。


「試験は終わりだ、女。失格で構わん」

「そ、それでは、これで終――」

「だから、こっからはただの模擬戦だ。無防備で殴られ続けるなんてことは、ここからは無しだ。そもそも、それに試験としての意味はあったのか?

 あんたもライセンス所持者なんだ。このあとで教授してくれ。

 丸腰で、一切動かず、攻撃もせず、ただただ殴られ続ける。それで試験官を倒す方法っていうのを是非ともな。生憎不勉強でな。そんな状況下で敵を殺す方法なんて知らないんだ」


 追撃も掛けず、驚いたように棒立ちしている山常に視線を戻す。


「俺の知ってる方法ってのは、攻撃をぶち当てて、ただひたすらに蹂躙することだけだからな」


 魔力も十分。っつか、いまの休憩で全快したな。つくづくガキの頃に魔力増幅訓練をしといて良かったと思うわ。おかげで魔力回復速度がおかしいからな、俺。

 あー、いや。前の能力のまんま、新しい体に移植されたことを感謝すべきか。いまや俺はぷにぷにちびっ子ボディだ。


「ここんところ色々とあってな。少しばかりストレスが溜まってるんだ。だからお前、八つ当たりされろ。お前のことも気に入らないしな。丁度いいってもんだ」

「手も足も出なかったガキが、なにを偉そうに云ってやがる。ただの模擬戦だ? 事故っても知らねーぞ」


 そういって山常がニタニタと笑う。


「ちゃんと小便はしてきたか? 神様へのお祈りは。ガタガタ震えて命乞いする準備はOK?

 ふざけたことをぬかしやがったんだ。タダじゃ済まさねーぞ」

「はははは。随分とおめでたいじゃないか」


 【BS(Brink Step)】!


 斜に構えた体勢のまま、一気にヤツの眼前に移動する。前面にだした左半身。左腕は肘を突き出すように折り畳み、その左拳を右掌で抑えるような恰好。


 いわゆる、肘撃を打ち込むような恰好だ。


 山常はいまだ勝ち誇ったようなバカ面のまま。


 俺の左肘と奴の胸の距離はいいとこ10センチ。さぁ、ここから再度【BS】だ。


 【BS】。念動を用いての高速移動をする、俺が長年訓練して魔法をテンプレ化したものだ。いわゆる条件化したスキルというべくものだ。もはやスキル魔法といって良いだろう。


 俺のメインの技ではあるが、こいつは実際の所、ただ移動するだけの魔法ではない。なにせ0から一気に時速300キロ前後で移動するんだ。当然、普通にそんな挙動をすれば、体がもたずに大変なことになる。故に、移動に合わせて体も、内臓からなにから念動で保護するわけだ。加速によるGに耐えられるように。それこそ徹底して強固に。


 レベルの上昇によって防御力は上がる。外骨格のように魔力装甲が体表に張られるからな。だがそれは慣性による影響にはなんの干渉もされない。そこは一般人のままだ。だから、Gに耐える、或いは無効化することは必須であるのだ。


 これに関しては理論だなんだなんて俺の頭じゃ分からんから、とにかく試行錯誤の訓練の繰り返しで、強引に身に着けたようなものだ。


 一応【(Inertia)(Canceler)】なんていう名称をつけているが、これ単体で使うことはないから、あまり意味はないな。


 まぁ、おかげで、やろうと思えば音速を突破することだってできる。が、さすがにそれをやるとピタリと止まることはできずにすっ転ぶから、やらんけど。


 かくして、加減して本来よりずっと遅い移動程度で俺に激突された山常は、宙をほぼ水平に飛んだ。


 いまの俺の体重はかつての半分もない。とはいえこの速度でも当たればかなりの衝撃力となる。


 一般人なら即死し兼ねないだろうが、こいつのレベルは59だ。紙っぺらとはいえ魔力装甲は展開されてる。悪くても骨折程度で済むだろ。多少は加減しているしな。せいぜい軽トラに撥ねられた程度だ。


 山常が身を起こす。もちろんそこへ追撃する。


 膝をついているところへ【BS】。膝蹴りの恰好で直前で止まり、俺の姿を認識させたところで再度【BS】。


 嫌な音と感触。そして山常が吹っ飛んでいく。


 鼻は折れたかな。つか吹っ飛び方がマズいな。首が折れてたらさすがにヤベェ。


 俯せ倒れたまま動かない山常の元へ進む。もちろん、用心は欠かさない。


 はたして、山常は無様に意識を失っていた。首は……痛めてはいるだろうが、折れてはいないようだ。だが鼻は酷い有様だ。


 鼻骨を潰したせいで鼻血が酷い。


 ミスリル銀で造った特製の薬壜をレッグホルダーから取り出す。


 親指でピンッ! と蓋を弾く。もちろん蓋もミスリル製だから、そのまま弾き飛んで失くしたりしないように、チェーンで薬壜本体と繋がっている。


 俺は薬壜をひっくり返し、無様に這いつくばってる男にぶっかけた。


 これで良し。潰れた鼻はそのままだが、傷はしっかり治っただろう。


「おら、起きろ」


 脇腹を蹴飛ばす。


 ……起きねぇな。


 ったく。気付け薬はあったかな。


 ウェストバッグをまさぐり、薬壜をいくつかとりだす。


 お、あった。


 目当ての物だけ残し、他をしまう。蓋を空けて中身をドバっと。


 本来は臭いを嗅がせるだけなんだがな。ま、こいつは造ってもらったものの使わなくて、4、5年物になってるからな。もう廃棄処分でいいだろ。


 そういや、素材搬入元の俺がいなくなって、アイツはちゃんと生活できてんのかな?


 アンモニアのような異臭が立ち込め、山常が咳き込み咽ながら飛び起きた。


「目が覚めたか? とっとと起きろ。もう傷も治っただろう? なにあっさり失神してんだ。近接前衛ならば、腕の一本斬り飛ばされてもしっかり気を張って勇猛に戦って見せろ。それが【戦士】というものだ。そうだろう?

 ほら、とっとと立てよ。続きをやろう。安心しろ。怪我をしたらまた(ポーション)をぶっ掛けてやるよ。

 つーかだ。俺は移動しかしていないんだ。しかも目の前で一時停止までしてやってんだ。避けろよ。お前、盾役(タンク)じゃねーんだろ? ま、ゲームじゃないんだから、タンクなんて実際にやったら命がいくらあっても足んねーがな」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、のそのそと山常が立ち上が――


 起き上がり様に片手で大剣を切り上げる。その軌道は俺を右腰辺りから左肩へと両断するもの。


 だがそんなものは見え見え。オーマじゃ騙し討ちは当たり前。そんなものに引っ掛かる奴は、冒険者を1年とやっていられない。ダンジョンで最も恐ろしいのはモンスターじゃない。同業者だ。それが常識ってもんだ。


 当然の如く、【BS】でそれを躱す。


 俺を見失った山常は慌てて態勢を立て直し、両手で大剣を構え直した。


「おー。まだまだ元気がいいな。がんばれ。がんばれ。いまの奇襲はなかなかだ。ちったぁマシになったぞ。騙し討ちでの冒険者狩りはクズの基本だ。少しは一人前のクズに近づいたな」

「ふざけるなガキぃっ!!」


 俺に向かって駆け込み、山常は肩に担ぐように構えた大剣を振り下ろして来る。


 多少はマシになった。とはいえ大剣はただでさえ隙がでる武器だ。その隙を隙で無くする動きができて一人前への一歩なんだが。


「なんでただ振り回すだけなんだよ。駄々っ子パンチじゃねーんだからさ」


 ひょいと躱し、回り込んで膝裏に回し蹴りを叩き込む。状況としては、いわゆる膝かっくんみたいな感じだ。


 たちまち山常はバランスを崩し、振り回していた大剣に振り回されるように転倒した。


 そんな奴の真上2メートル程上に【BS】。そしてそのまま真下へ同様に【BS】。


 腹に向けての急降下。内蔵のひとつふたつ潰してやろうと思ったんだが、感触が異常に固い。


 すかさず【BS】で退避する。


 そういや腹への攻撃はこれが初めてだな。どうやら胴回りの防具はいいものを使っているようだ。


 つか、まだ寝たまんまだな。


 てっきり、俺の腕なり足なりを引っ掴んで、逃げられないようにでもするかとお思ったんだが。


 ややあって、山常はのそりと起き上がった。


 じっと目を見る。


 ……気持は折れちゃいなさそうだな。


 立ち上がった山常は、俺と対峙してよりはじめて大剣を構えた。


 やっと舐めプをやめるらしい。


 どうにも落ち着かず、刃先をゆらゆらと揺らしている。ああいう動きを意図して行う大剣使いもいるにはいるが、山常は違うな。


 俺をぶちのめしたいが、その方法がまったく見当たらないってところか。


 ここまでの状況を見るに、バカだしな、あいつ。ダメな脳筋の見本そのものだ。


 そういやこいつLv59だったな。ってことは、単純に俺の速度に対応できてないってことか? 速度を落してんだぞ。俺を捕らえる方法なんぞ、いくらでもやりようはあるだろうに。


 ま、どうでもいい。こっちは好き放題殴られて面白くないんだ。俺の気の晴れるまではサンドバッグになってもらおうか。






 体感で10分。たかだが10分。とはいえ、1戦闘としてみれば長期戦だ。


 スポーツでの話になるが、格闘技、柔道やらなんやらの試合に制限時間があるのは、長時間の競技は不能だからだ。


 人間が全力を出してできる肉弾戦など、いいとこ連続5分が限界だ。純粋に全力行動の限界というのもあるが、それ以上に命のやりとりなんていう特大級のストレスが掛かっているんだ。疲労の蓄積速度は半端ない。


 精神論、根性論での限界を無視してできる行動にも、限度ってものがある。そも限界を超えて活動すれば、体は壊れていく一方だ。


 だからトップクラスの冒険者は限界活動なんてしない。戦闘においても、基本、手を抜いているレベルの力加減で、手を抜かずに活動している。


 そうでないと、断続的に続く連戦のダンジョン探索なんぞまともにできやしない。


 実際、ダンジョン探索にもっとも適している人種は、隠密に長けた暗殺者だと俺は思うしな。


 さて、残念な脳筋山常君はどうなったかというと、顔をパンパンに腫れあがらせた状態で、蹲っている。土下座しているように見えなくもない。


 顔があんなありさまになった原因は、激突の仕方を少しばかり変えたからだ。平手を頬にしっかり当たるように【BS】を連打したからな。


 ほかにも散々やりたい放題やったせいか、山常は戦意を投げ捨てたようだ。


 とはいえだ……。


 よし、試してみよう。


 俺は山常の目の前にまで無造作に移動すると、這いつくばる山常を見下ろした。


 手を伸ばせば俺の足を掴むこともできる距離だ。


 怯えたような目で俺を見上げる。その目に光が瞬間的に蘇る。


 【BS】!


 真上に移動。直後、俺のいた場所を山常の左手が空を掴む。


 【GM(Glide Mpve)


 【BS】が実用に耐えるレベルになるまで使っていた移動用魔法だ。いわゆるホバー移動みたいな移動方法といえば想像しやすいだろう。


 ただ、これも【念動】で行っているモノだから、実際にはかなり融通が利く。


 こんな風に上下移動もできるってわけだ。【BS】より遥かに遅いし、魔力もドカ食いする欠点があるけどな。


 それなりの速度で降下し、山常の左腕を踏みつけた。


 もちろん、踏みつけるといっても、無造作に踏んだわけじゃない。ヘタすると自分の足首を痛めるからな。


 ふむ。山常は……ヒビくらいは入ったかな。ま、安静にしてりゃすぐにくっつくだろ。


 ……身を起こして、左腕を掴んで大袈裟に騒いでるけど。


「とりあえず、落第点からは脱したってとこかな」


 山常が俺を睨みつけた。


 よしよし。まだまだ元気じゃないか。


「あー……こんな時はどういうんだっけか? さっきお前も云ってたよな。俺も昔、漫画で読んだんだ。とはいえまったく一緒じゃ芸が無いな。――よし。


『便所には行って来たか? 聖職者(ペテン師)へのお布施(の買収)は? 震えてする命乞いの演技の練習は十分?』


 ははは。覚悟は出来たか? こっからは魔法を使わせてもらうぞ。いい加減飽きたからな。もう終わりにしようぜ」


 ぱちん! と指を鳴らす。


 同時に頭上に青白い光の球が浮かぶ。その数扇状に12。俺が自力で使える唯一の魔法。これを習得するのに10年、実用レベルまでさらに3年掛かったんだ。たまには使わんとな。


「は? ま、魔法!?」

「おう、魔法だ。つっても、俺が使える攻撃魔法なんざ、誰でも使える【魔法弾(マジックバレット)】だけだがな。さっき最弱威力にしたのを散々喰らっだろう。なに安心しろ。【魔法追尾弾(マジックミサイル)】じゃねぇから、追尾はしねーよ。頑張って避けなー」

「バッ!? 誰でも使えるわけねぇだろ! 待て、やめろ。そんなもん喰らったら――」

「大丈夫大丈夫。例えるなら、砲丸を全力で投げつけられる程度の威力しかねーよ。せいぜいゴブリンの頭をパァン! って弾けさせる程度の威力だ」

「や、やめ――」

「や め な い」


 意地の悪い笑みを作り、俺は【魔法弾】をぶっ放した。






 模擬戦が終了し、俺はサラの元へと戻った。


 山常はというと、絶賛、泡を吹いて失神中だ。当てたのは1発だけだっただがな。それも頑丈な鎧にだ。なんで失神するかね? ま、ポーションをぶっかけて怪我は治しておいたから、問題ないだろ。


「姉さん、気が済みましたか?」

「いや。ぜんぜん。それが残ってるし」


 小宮間に視線を向ける。なんか顔色が悪いな。


「ところでだ、サラ」

「なんですか? 姉さん」

「出入り口が騒がしいんだが?」


 体育館でよく目にするような鉄扉が、ガンガンと叩かれている。開けろという声が実に騒がしい。


「配信を見たJDEAの担当部署の上層部が慌ててるみたいですね。

 邪魔されたくはないので、すべての扉は私が魔法で封印中です」

「なにやってんの」

「せっかくですし、できうるかぎり大事にしてやろうと。立てられた煙を煙程度で済ませてしまえば、うやむやにされてしまいます。やるからには大火事にしなくては」


 そういってサラは小宮間に向かって妖しく微笑んだ。


 俺は額に手を当て天を仰いだ。


「可哀想だから開けてやれ」

「まだアレにお仕置きをしていませんが?」

「殺したり壊したりはできねーんだしいーよ。日本はとかく面倒なんだ。それだったら、組織のほうからしっかり詫びを入れてもらおう」

「……それは悪手では?」

「サラだって溜飲はさがってないんだろ?」


 再度意地の悪い笑みを浮かべてみせる。するとたちまちサラは対照的に満面の笑みを浮かべた。


 小宮間は不安そうにこっちと扉とを交互に見つめている。


 あーあ、可哀想に。神様っていうのは、悪魔なんかよりも遥かに残虐なんだぜ。ま、自業自得だ。甘んじて受け入れるがいいさ。


 そんな事を思っていた時、思い切り扉が開きけたたましい音を立てた。


※次回は明後日となります。

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