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010_実戦演習開始


■神令サラ


 演習場中央にて、姉さんと試験官が対峙しています。


 試験官の名は山常陽二。21歳の【戦士(Fighter)】でレベルは59。


 年齢、クラス、レベル。3年選手でこれとは実に凡庸ですね。いや、落ちこぼれ……というよりは、怠け者と云うべきでしょう。特にクラスは、戦闘スタイルに合わせて変化するモノです。【剣士(Swordsman)】や【闘士(Grappler)】ではなく、基本の【戦士】のままであるということは、武器の扱いから戦闘スタイルに至るまで、すべてが中途半端であるという証拠です。なにせ彼はもう、新人というわけではないのですからね。


 それに、戦闘に関する才が欠片もないわけではないようですし、単に怠け者という証拠です。


 18で探索者となったのであれば、既にレベルは3桁を突破していなければ無能、というのは姉さんの言です。


 さて、この山常陽二はどうなのでしょう?


 ここは第3地球。難易度にしてオーマよりもみっつ上のハーデスト。この違いは大きいものですが、どれだけの差があるのかは不明です。


 分かっていることは、基礎身体能力に関しては、オーマ人よりも地球人の方が上であるということです。ですが、探索者という特殊な家業の者となれば、その差はないも同然だろうと、姉さんは予測しています。


 事実、姉さんの前世を例とすれば、オーマでの姉さんに掛かっていたレベル分のバフを差し引いた本来の基礎能力は、地球人からしたら虚弱であったでしょうし。


 ……と、それにしても模擬戦がはじまりませんね。


「開始の合図はしないのですか?」


 なぜか私をじっと見つめていた小宮間に問います。


「いいのですか? はじめても」

「えぇ、そのためにここに来たんですよ」

「怪我をしても知りませんよ?」

「それはどちらが?」

「事故もあり得ます」

「事故はつきものでしょう?」


 遠回しに賄賂を求めてきた女。まだ私が諦めきれないと思っているようですね。“彼”……【黒】様の実力を見抜けぬ時点で、所詮は無能。例えレベル37と低レベルでも、差を理解することはできるはずでしょうに。



 “開始しなさい”



 私は【邪眼】に僅かながらにも力を流す。完全に発動させると効果がありすぎますからね。加減が肝要というものです。


「おい、開始の合図くらいはないのか?」


 【黒】様……姉さんがしびれを切らしたのか、不機嫌そうな顔を小宮間に向けて、私と同じセリフを口にします。


 判断力の低下した彼女は、慌てたように試験の開始を宣言しました。


 山常がゆっくりと大剣を構えます。その姿は堂に入るものですが、姉さんを馬鹿にし過ぎです。


 開始の合図と同時に、姉さんは距離を伸ばした【BS】を2回。くの字を描くような軌道ですでに山常のすぐ右隣、およそ20センチほど後方に綺麗に並んでいます。


 あの位置だと丁度死角ですね。頭部にショットガンを突き付けられているというのに、山常はそのことに気付かず、目をパチクリとさせています。


 あぁ……これはもう期待薄どころか、期待外れもいいところですね。


 色々と認識を修正さなくては。歴史がまだ浅いこともあるのでしょうが、Aランクに位置づけられている探索者がこの有様というのは……。


 いえ、それともランク付けにも不正が行われているのでしょうか?


「Bang! いまのでお前は死んだぞ試験官。頼むからちゃんとしてくれ」


 呆れたように姉さんが云います。山常は実に悔しそうに顔を歪めています。そして隣りにいる小宮間はというと、呆気に取られた顏。


 あぁ……姉さんの動きが見えなかったのですね。対峙していた山常はともかく、離れた場所から観察していた私たちからは、姉さんの軌道がしっかり見えたでしょうに。別に空間転移をしたわけではないのですから。


 たかだか静止状態から、時速300キロ以上で移動しただけですよ。


 ……恐ろしいことに、姉さん、本気でやれば音速を超えられると豪語してましたからね。

 もっとも、そんなことをやったら、さすがに反動が酷くて直後に硬直するし、そもそもスッ転ぶから絶対にやらないとも云ってましたけど。


 再度、開始位置へと姉さんが立ちます。


「あぁ、次は撃つぞ。一応云っておくが、こいつは銃じゃなく、銃の形をした魔法触媒だ。威力は最弱にしておいたから、せいぜい素人に殴られた程度の威力しかない。安心しろ」


 もう一挺のショットガンをホルスターから抜き、だらりと両手を下げています。

 すっかり脱力したような立ち姿。


 あの状態から【BS】で高速移動と急制動を繰り返し、その最に生じるの慣性に合わせて銃を振り射撃をする。


 最も、あれは銃の形をした魔法触媒。魔法には雷管を用いた火薬式の銃撃と違い、反動がありません。であるからこそできる挙動といえましょう。


 そういった意味では、姉さんは自身の得物と能力に合わせ特化した戦闘スタイルの持ち主です。恐らくは、他者には一切参考にならないでしょう。


 模擬戦再開。


 アッという間に山常の背後を取り銃撃。いきなり背を撃たれたたらを踏んだ山常は慌てて振り向きますが。が、その動きに合わせ、姉さんは今度はテクテクと歩いて容易に山常の背をとる位置キープしています。そして再度銃撃。


 今度は左右の連射。


 完全に遊んでいますね。あきらかに戦闘の場数の違いが現われています。山常はいまもって姉さんの姿を欠片も捕らえらることができていません。


 いえ、姉さんが完全に山常の動きを把握し、常に死角にその身を置き、つまらなそうに銃撃しているだけです。


 というか、これがAランクの探索者ですか。視覚でしか敵を感知できないとは、酷すぎやしませんかね。


 たいした威力も無いと姉さんは云っていましたが、それが数十発も連続でとなると、たいしたものとなります。


 レベル59程度では、魔力装甲などたかがしれているでしょうしね。


 山常は背に散弾式の【魔法弾】を撃ち込まれ、無様に俯せに倒れました。


「おいおい、しっかりしてくれー。これじゃ試験になんねーじゃねーか。手加減とかいらねーから。本気でやってくれよ」


 這いつくばっている山常の側でしゃがみ込み、姉さんがそう声を掛けると彼は姉さんを睨みつけました。


「ふざけるな! 飛び道具なんて使いやがって!」

「【魔法弾】如きになに云ってんだ。魔法としては初歩の初歩だろうが」

「うるせぇっ! 銃なんて使うんじゃねぇ!」


 姉さんは肩を竦めると、私の所へと戻ってきました。


「やれやれ。得物を使うなだと。なんのための試験なんだかわかんねーな」

「近接武器はなにを使いますか?」


 姉さんがショットガンをアタッシュケースに収めると、そのまま蓋を閉じました。なかに入っていた、“剣”の魔法触媒も、タングステンカーバイド製のナイフも取らずに。


「どーせどんな得物を使っても難癖をつけんだろ。だったら無手でいいよ」

「はい?」

「こうなったら、とことん小馬鹿にしてやろう」


 それが狙いなんだろ? と、姉さんが意地の悪い笑みを見せます。


 見抜かれていますね。少々ふたりの“欲”を刺激してはいますが――危険に関する認識も緩めておいた方がよさそうですね。


 【邪眼】を使い操作。そして再度模擬戦再開。


 勝ち誇ったように山常が笑顔で大剣を振り回しています。もっとも、姉さんには掠りもしませんが。


 しかし、姉さんの容姿を欠片も気にせず攻撃していますね。いえ、探索者としては正解なのですが、これは模擬戦です。殺す勢いでの攻撃はいかがなものなのでしょう?


 あぁ、そういえば、「事故もあり得ます」と小宮間が脅していましたね。


 なるほどなるほど、その点においては正直であったということですか。まぁ、だからといって、彼女と彼に対する評価を変えることはありませんが。


「おいおい、扇風機のつもりかー? あぁ、いや、きちんと風を起こせる分、扇風機のほうが優秀だなー」

「ふざけんなクソガキがぁっ!!」


 凄まじい勢いで大剣が地面に叩きつけられ、砕けた土くれが飛び散っています。いかに固められているとはいえ、地面ですからね。あの勢いでは砕けもしましょう。


 といいますか、【力】のスキルが発動していますね。リミッターが外れていますよ。


「ちょこまかちょこまかと……。動くんじゃねぇっ!!」


 あなたがヘタなだけでしょう。なんで大剣で普通の剣のような扱い方をしてるんですか。大剣は基本、振り下ろし、斬り上げ、左右のぶん回しですよ。長大なリーチと重量による単発威力が売りの大雑把な武器なんですから。


「……ひでぇ注文だな」


 斬り上げを避けたところで姉さんがピタリと止まり――って、姉さん!?


「くたばれガキャァッ!!」


 振り下ろしが直撃し、姉さんの小さな体が地に叩きつけられバウンドし、宙に舞います。そしてそれを狙いすましたようにぶん回し。


 クリーンヒットした野球のボールのように、姉さんが吹き飛んで行きます。


 十数メートルほどで地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がり、仰向けの状態で止まりました。


 ……姉さん、無事ですね。少々汚れましたけど、無傷です。多分、この結果を分かっていてまともに攻撃を受けたのでしょうけど、心臓に悪いのでああいうことは予め云っておいて欲しいものです。


 それはさておいて――


「なかなか斬新な試験ですね。画面(えづら)がとても酷いですよ。丸腰の上、動かず突っ立っているだけを強要され、ただ殴られる。これにどんな意味があるのです?」


 小宮間が真っ青になっています。


「と……止めないと!」

「止める? いまさら? なぜ? まだ試験は終わっていませんよ? 試験官は戦闘を続けているではないですか」


 私は首をかしげてみせました。すると何故か小宮間は狼狽えています。


「そういえば、免許が欲しければ誠意をみせろと何度も云っていましたね。これこそが誠意ですよ。する必要のない実戦試験。本来なれば、引率の探索者と共に難易度の低いダンジョンの浅層で実地訓練を行い、そこで戦闘適正の確認を行うのでしょう? あまりにもモンスターを駆除することに忌避感を覚える者を、そこで弾くために。

 ですがそれを無視し、免許の交付を妨げたのはあなたですよ、小宮間さん。


 そして誠意をみせろといったのもあなたですよ、小宮間さん。


 だからこそ、こうして実戦試験を提案し、行っているのです。姉がどれだけ戦えるのかを示すために。これをあなたに対する誠意と云わず、なんというのです?」

「こんなのはもう模擬戦じゃない!」

「なにをいまさら。武器を使うなと命じられ、さらには動くなとの強要。姉さんがそれを受け入れても、あなたは続行させたじゃありませんか」


 私が小宮間を責めていると、姉さんの失望したような声が聞こえてきました。


「やれやれ、こんな程度か。つまんね。勝ち誇ってねーで、頭を叩き潰しにくるくらいしろよ。止めを刺すのは基本中の基本だろ」


 殴られ、叩きつけられ、吹き飛ばされてひっくり返っていた姉さんが、なにごともなかったかのように起き上がります。


 起き上がり、盛大なため息をつきつつ、パタパタと体についた土ぼこりを払いはじめました。


 その様子に、山常は唖然としていました。


 まぁ、それも仕方ないでしょう。全力の攻撃を連続で叩き込んだのです。生きていられるハズがないのです。少なくとも彼の経験上ではそうだったのでしょう。


 もっとも、皮が爆ぜ、肉が裂け、骨が砕け、血が飛び散ることもない状況がおかしいと感じなかった山常はおめでたいとしか言いようがありませんが。


 ですが、こうして無傷で起き上がる姉さんの姿には驚愕しているハズです。


 恐らくはきっと、レベル(いつ)桁……自身の1000倍以上のレベルの者となど、模擬戦などしたことはないでしょうから。


「もういいや」


 埃を払い終えた姉さんが、ガリガリと頭を掻きながら不機嫌そうにいいました。


 小宮間は山常と同様に、驚いたような目で姉さんを見ています。


 彼女もまさか起き上がるなんて思ってもいなかったのでしょう。ましてや、傷ひとつないなどと。


 姉さんがジロリとこちらに視線を向けました。


 小宮間が顔を引き攣らせジリッと後退ります。


 なるほど。殺気を感じるくらいはできるようです。なぜか助けを求めるように私を見ていますから、にっこりと笑顔を返しておきましょう。


 もちろん、私も殺気を沿えて。


 えぇ、あなたはカモにしようとした獲物を間違えたのですよ。


「試験は終わりだ、女。失格で構わん」

「そ、それでは、これで終――」

「だから、こっからはただの模擬戦だ。無防備で殴られ続けるなんてことは、ここからは無しだ。そもそも、ソレに試験としての意味はあったのか?

 あんたもライセンス所持者なんだ。このあとで教授してくれ。

 丸腰で、一切動かず、攻撃もせず、ただただ殴られ続ける。それで試験官を倒す方法っていうのを是非ともな。生憎不勉強でな。そんな状況下で敵を殺す方法なんて知らないんだ」


 そういって姉さんが笑みを浮かべました。


「俺の知ってる方法ってのは、攻撃をぶち当てて、ただひたすらに蹂躙することだけだからな」


 まるで、凶悪な肉食獣のように。


※次回は明後日となります。

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